絵本は絵と言葉が織りなす愛の結晶だった《週刊READING LIFE Vol.202 結婚》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/1/30/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
「おかえりなさーい」
息子を迎えに保育園に行く。
「そういえば、今日は懇談でしたね」
「はい、宜しくお願いします」
「そうちゃん、もうすぐ来るのでお待ちくださいね」
「はい」
今日は年に1度の懇談の日。
保育園での様子と家での様子、困りごとなどを先生と話す日。
しばらくすると担任の先生と一緒に、水筒を手に持った息子がやってきた。
「お母さん、今日は宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
そして3人で職員室へと入っていった。
椅子に一緒に座ったものの、ただ座っているだけでは2歳児はつまらない。
「そうちゃん、絵本持ってこようね」
と先生が数冊の本を持ってきた。
オムライスが出来るまでの工程を描いた絵本と、“パンダ銭湯“というパンダだけしか入ることが出来ないという銭湯のお話の絵本、そして電車の絵本の3冊を持ってきてくれた。
見るなり息子が、
「パンダ!」
と嬉しそうに叫んで“パンダ銭湯”を手に取る。
一瞬驚いた。
表紙の漢字から明らかに文字ばっかりなんじゃないかな?
2歳児には難しいんじゃないかな?
家ではずっと電車の動画を見て、特にJR西日本管轄のパンダ列車が出てくると嬉しそうに見ているからパンダには馴染みがあるのかな。
そんな母の心配をよそに息子は嬉しそうにページをめくっていく。
「この絵本、みんな大好きなんですよ」
「なんかお話が難しそうな感じもするんですけど」
「私もそう思ってたんですけどね、これ絵とお話が絶妙で」
そう言われて一緒に読んでみる。
「……確かに」
懇談を忘れてつい見入ってしまった。
パンダの親子がパンダだけしか利用することが出来ないという銭湯に行く話なのだが、何とも言えない楽しさ。
ページをめくるたびに、
(え、どうなるの? どうなっちゃうの?)
とワクワクしてしまう。
「やだ、この絵本、めっちゃ面白い!」
「そうでしょう! お母さん」
と懇談そっちのけで保育士さんと絵本談議で盛り上がってしまった。
子供が出来てから絵本はどんどん増えていった。
今住んでいるのが賃貸マンションということもあって、あまり増やしちゃいけないなと思いつつも。
息子に自我が芽生え始めてからは自分の意志で
「この本が欲しい」
と主張するようになり絵本はどんどん増えていく。
息子の成長に合わせて私も絵本の雑誌を購入することも増えた。
最初の1冊はエリックカールさんの“はらぺこあおむし”だった。
彼は色の魔術師とも呼ばれているのだが、何とも言えない色彩に私は心を鷲掴みにされた。
不思議なことに小さい頃から、息子に見せると物凄く喜んでいた。
泣きわめいてどうにもならない時に、付属のDVDや動画を見せたり、歌を聴かせるとすーっと落ち着き、泣き止んだことも多々あった。
色んな事を理解できるようになってきたかなと思えば、それはそれで大変だった。
何度も何度も読み聞かせるようせがまれる。
だが大人が読むペースでは読ませてくれない。
ページをめくろうとしたら戻されたり、進められたり。
最後まで読み切ったかと思えば、
「もっかい!」
とまた最初から読むようせがまれる。
小学生の頃の国語の授業であれだけ文章を丸暗記することは苦手だったのに、もう本の文章を見なくても話せるようになってしまっていた。
同時にそれだけ声に出して読んでいると、話の中身の奥深さに心打たれるようになっていた。
ちっぽけな“あおむし”が少しずつ成長していき、さなぎになって蝶になる。
一見すると単純なことなのだが、成長するということへの希望が詰まっている。
なんていい話なんだろう。
それだけいい話だから、息子にはちゃんと聞かせてあげたい。
親の勝手なエゴであることは重々わかってはいる。
そんな私の気持ちとは裏腹にお構いなしにページをめくっていく息子。
文章を順番に読んでいこうと戻そうとすると
「それは違う!」
と言わんばかりに盛大に怒る。
うまく読んであげられないことにモヤモヤとしていた。
私は読み聞かせるのが下手なのではないかと悩んでもいた。
「子供って文章はほとんど読んでないみたいですよ」
「そうなんですか?」
そんな頃、当時の担任だった保育士の先生に絵本の読み方について相談した。
「大人は文章を読みながら絵を見せていく読み方をするんですけど、子供たちは絵を見て次! 次! っていく読み方をするんです」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。 私も保育士になってから知ったんですけどね。 園で読み聞かせをするときも文章より子供たちがめくりにきちゃう時があるんですけどその時はもう流れに身を任せてます」
「へぇー」
「でも子供たちはちゃんと絵で楽しんでいるので大丈夫です。 でもやっぱりあおむしは大人気だからみんなおとなしく聞いてくれますね。 やられる時はやられちゃいますけど」
「でも確かに、絵本ですもんね」
そう絵本なのだ。
本の主たる内容は絵で描かれている。
絵でも十分内容はわかるようになっているのだが、そこに文章が加わることで絵がより際立つ。
そんな本なのだ。
“はらぺこあおむし”も絵だけで小さな“あおむし”が卵から生まれ、成長していき、やがて蝶になっていく話であることは理解できる。
そこに文章が加わることでより話に深みが出ている。
とはいえ、絵本は無数にある。
幼児や児童向けのものが多い印象だが、大人が読んでも読み応えがある絵本もあるし、大人を対象にした絵本もある。
良い絵本とはどんなものなのか。
ふたりはともだちの絵本作家、アーノルド・ローベル。
タイトルを聞いてもピンとこないことが多いが、“がまくん”と“かえるくん”は知っている人も多いと思う。
本人は大真面目なのだが、傍から見るとおかしな行動に突っ走ってしまいがちな“がまくん”と、自分と正反対の性格の“がまくん”を見守る、良い人に見えてすこしずるいところがある“かえるくん”の2匹の話。
小学校の国語の教科書にも掲載されている話だ。
作者である彼は、こんな言葉を残している
『1960年代、私が初めて子供の本を作り始めた頃は、作者が絵を描くということはまずありえないことでした。 しかし、作者が絵も描くのは、もっともなことです。 理想的な絵本では、ことばと絵が美しく溶け合って“幸せな結婚”をしていますから、テキストと絵とが同じ人間の想像力によって生み出されるのが一番自然なのかもしれません』
と。
絵本はまさに夫婦だ。
絵には絵の良さがあり、言葉には言葉の良さがある。
お互いに良い所と、足りないところがある。
それを補いあう、まさに幸せな結婚生活を送っているではないか。
絵本で夫婦と言えばと、私はとある児童文学を思い出した。
“おさるのジョージ”である。
アフリカからニューヨークへやってきた好奇心旺盛な子猿の物語は、絵本はもちろん映画化もアニメ化もされファンも多い。
何気なく行った“おさるのジョージ”の原画展で原作者が夫婦であることを初めて知った。
夫のハンスが絵を、妻のマーガレットが文章を主に担当した。
絵本はアメリカで出版されたが、夫妻はユダヤ系ドイツ人。
ヒトラーの迫害を逃れるために米国へと辿り着いた移民なのだ。
1940年、ナチスドイツがフランスに侵攻する。
当時パリに滞在していた夫妻は、国外へ脱出することを決意。
この時、2人は未発表だった「おさるのジョージ」の原画を、荷物の中に入れて持ち出した。
だが国境を超えるにも移動手段がない。
2人は自転車で調達してパリの駅まで移動。
乗ってきた自転車を売り、そのお金で列車の切符を買いスペインへ。
そしてポルトガル、ブラジルを経てアメリカに辿り着き、翌年に“おさるのジョージ”をニューヨークでようやく出版することとなった。
だがこの鉄道に乗るにも困難が待ち受けていた。
ユダヤ人であることを疑われたのだ。
鉄道で身柄を拘束されそうになった時、身体検査を受けて出てきたのが、ジョージの原画。
係員は読みふけった。
「これは後世に残さなければならない作品だ」
係員はそう言って原画を返して身柄の拘束を解き、二人は最終的に列車に乗ることができた。
「ジョージに救われたね」
と夫妻は話していたそうだ。
脱出する際に夫妻が荷物に原画を入れていなければ、“おさるのジョージ”は世に出回ることもなかった。
係員の目に留まった時、絵と言葉がちぐはぐだったら夫妻はそのまま拘束されていたのかもしれない。
夫妻と同じく、絵と言葉が幸せな結婚を果たしたからこそ、係員だけでなくたくさんの人の心をつかみ、今なお大人から子供まで幅広い世代に愛されているのだろう。
“おさるのジョージ”に限った話ではない。
そう考えると絵本はまさに、絵と言葉という夫婦が織りなす究極の愛の結晶だ。
懇談も終わり、帰る準備を始める。
「よし、おうちに帰ろう。 絵本を先生に渡してね」
「そうそう、お母さん。 そうちゃんは絵本の絵の細かい所を見つけるのが得意なんですよ」
「そうなんですか?」
「このパンダのところとかもね、1番に反応するんです」
そう言われて絵を見ると確かにと納得がいった。
「あ! これ!」
と横で反応する息子。
私は絵を見ているようで文字に頼っていたが、対する息子はしっかり絵を見ていた。
子供は大人以上にしっかり絵本を堪能しているではないか。
息子に絵本を読み聞かせるようになって気づいたことはたくさんある。
声に出して読んでみると改めてわかることも多い。
読みやすい絵本の言葉は歯切れもいいし、リズム感や力強さがある。
歌っているつもりはないのにいつの間にか歌になっている絵本もある。
また文章自体は短いのにわかりやすい。
1人で黙って読んでいる時にはわからなかったが、声を出して一緒に読むことで奥深さに気づいた作品もある。
“はらぺこあおむし”も子供からすれば、“あおむし”が成長して美しい蝶になる話かもしれない。
ただ大人になった私は、最初はちっぽけでも少しずつ少しずつ成長して、時には食べ過ぎて失敗したりもするけれど確実に最初よりも大きくなっている。
そして最終的に蝶になり羽ばたいていく。
なんだか人の成長そのものじゃないか。
そう感じてしまう。
人によっても年齢によっても受け取り方が変わってくるのも、絵本の一つの魅力なのだとも思う。
話から何を感じ取るかは読み手の自由だ。
ただ子供が読むことを想定して書かれた絵本は、絵や言葉がわかりやすいものが多く、その分突き刺さるものも多い。
時には涙してしまうこともある。
帰宅して早速息子は絵本を手に取ってきた。
“はらぺこあおむし”はもう何回読んだかわからない。
もう文章も暗記してしまった。
自分で読むのも楽しいが、1冊の絵本を誰かと共有する幸せな時間。
きっとこれは絵本という幸せな結婚を果たした夫婦がくれる、幸せのお裾分けなのかもしれない。
□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとして独立起業。クライアントに寄り添う日々を過ごしている。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。
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