お気に入り反面教師ベスト3 他人の人生はありがたい《週刊READING LIFE Vol.211 お気に入り〇〇ベスト3》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/4/4/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「お気に入り反面教師」がいるならば、当然ながら「お気に入らない反面教師」もいるわけだが、しかしその話はまた別の機会とする。起きたことの整理が私の中でまだついていなかったり、笑い飛ばせるほどには過去のものになっていなかったりするからだ。
そこでここでは「お気に入り反面教師」を、「当時の私は憤慨したり激怒したり、『踏んだり蹴ったりだよ、トホホだよ』とそれなりにダメージを食らわされたりしたものの、あとから振り返ってみれば『私のためにいいネタ提供してくれて礼を言うわ。ありがとな!』と、そこそこ感謝できるくらいの反面教師」と定義する。
まずはこれまでの人生を時系列に沿って①学校生活編、②職場編、③子育て編に分け、厳選に厳選を重ねてセレクトした。そしてそれぞれの時期の反面教師第一位をさらに比較してみたところ、第三位は学校生活編の反面教師Mさんだった。
あれは中国からの帰国を控えたある年の初夏のできごとだった。
中国の新学期は9月に始まるので、夏休みは留学生がごっそり帰国する時期でもある。当時、彼の国での生活は今よりかなり不便だったこともあって、留学生寮である程度の時間を過ごした留学生の間には、苦楽を共にした者同士ならではの連帯感やシンパシーのようなものが生まれる。それでこの時期には、別れを惜しんで連日のように寮の屋上でダンスパーティが開かれるのである。
あいにく私はその夜は体調が優れず、パーティーには参加せずに部屋で休んでいた。
あくる朝ドアを開けると小さく折った紙が床に落ちた。拾い上げると何やら手紙のようである。広げるとそこには中国語で、
「親愛なる前田へ
昨日のパーティーであなたの彼氏が他の女の子に手を出していた。彼女はとても嫌がっていたが、彼はなおもしつこく彼女に付きまとっていた。あの男はろくなもんじゃない。あなたは彼のやったことをちゃんと知っておいた方がいい。 友より」
てなことが書かれていた。
ほほう。
これを読んで瞬間湯沸かし器さながらに「アンタアタシがいない間になにやってんのよウキー!」と怒り狂って彼氏の胸ぐらをつかむほど私は単純ではないし、少なくとも彼が二股をかけるようなタイプの男ではないことにも確信があった。
だから読後の最初の感想は、なんだこいつ、きしょっ! だった。まったく見当もつかない相手から、善意を装った悪意ある手紙を受け取るのはただただ気持ちが悪いし、ここに書かれていることが事実であろうがなかろうが、匿名という時点で「オメーアタシの友達じゃねーだろ」と思ったからだ。
そして手紙自体にも不審な点が多々あることに気が付いた。
まず、文字のヘタクソ加減と文章の中国語レベルの高さがミスマッチだ。
アルファベットの国の留学生が書く漢字には独特の特徴があって、ああこれは中国語を習い始めて日が浅い人の書いた字だなとか、この人はかなり長い間中国語を勉強しているんだなといったことが筆跡に現れる。そして文字のうまい下手はその人の中国語レベルに比例するので(日本人だともともと漢字が書けるので、下手な中国語を上手な字で書くことができる)、こんなヘッタクソな文字の人が文法的に正しくてこなれた文章を書くことは、まずありえないのだ。
それによく見ると、冒頭の「亲爱的前田(親愛なる前田へ)」と最後の「友(友より)」の部分だけは、下手な字を装ってはいるものの、しっかりと止め・はね・払いができていて、まさしく漢字の国の人の字だと思われた。
この二点から考えられるのは、この手紙は少なくとも二人で書かれたものであるということ。そして一人は流暢に中国語を使える漢字圏の人、もう一人は留学期間が短い横文字言語の人だということだ。
ここまで推理してから、
「こんなものがドアに挟まってたんだけど」
と彼氏に手紙を見せた。
すると彼は、
「あ~……ハハハ」
と苦笑すると、Mとその彼氏だな、これを書いたのはと即答した。心当たりがあったんかーい!
Mさんは彼の以前の彼女である。念のため断っておくが、私たちが付き合いだしたのはMさんと彼が別れてだいぶたってからで、私が彼女から彼を奪ったわけではない。そこんとこヨロシク。
二人の間に何があったか知らないが、彼が言うには、
「Mは俺のことを恨んでいるので、帰国する前日にこんな嫌がらせをしていったんだろう」
とのことだった。
「Mさんはいつ帰国?」
「もういないよ。今朝早くに退寮してアメリカ人の彼氏と一緒に北京に向かったはずだ」
へぇぇぇぇ~!
だったらあの手紙の本文を書いたのはその彼だろう。だとしたら私の推理はいいところを突いていたじゃないか。
それにしても不可解だ。
寮生活の最後の夜にわざわざ置き土産をしていくほどムカついていたのに、私と彼が大喧嘩して破局するかもしれないシーンは見ずに発ったということか。
そこ、一番気になるトコロじゃないの? てか、それを見なくて満足だったの? そこが見どころだろ!?
でも考えてみれば、手紙の件は帰国の前日にパーティーで突発的に思いついてやったのだろうし、駅までのタクシーの予約は済んでいたはずだから、どうしてもその日の早朝に出発しなければならなかったのだろう。もっとも、残っていたところで目当ての結末は見られなかったのだが。
こんなカッコ悪いことは私には死んでもできないと思ってはいるが、もしうっかり今後愛憎入り乱れるようなことが誰かとの間に起きたとしても、ある程度の分別だけは保っておこうと思った次第である。
第二位は職場の噂好きの同僚だ。
中国から帰国して入った会社は小さなメーカーだったが、入社早々から何だか変な雰囲気を感じていた。何がどうとははっきりと言語化できないが、とにかく周囲から私に注がれる視線や私に対する質問の数々に、何となくおかしな空気を感じていた。そして、私が社長とやりとりしているときや、社内親睦会で私が社長の奥さんと話しているときに、その好奇な視線は一層強くなった。
もしかして私、社長の愛人だとか思われてる?
突拍子もない発想と思われるかもしれないが、そう疑うだけの理由があった。というのも、私は人事部長も求人広告も入社試験も面接も何もかもすっ飛ばして、社長の独断で入社した「とても怪しい」新入社員だったからだ。
種明かしをすると、私はその前に違う会社の面接を受けて「女はいらんわ」と落とされたのだが、そこの社長がうちの社長に「中国語ができる子が来たで」と私の話をしてくれたという経緯があった。中国に合弁会社を立ち上げるために以前から中国語が話せる人材を探していたうちの社長は、それを聞いて「その子うちにくれ」とノリノリになり、双方の間で勝手に話が成立して、お声がかかったというだけのことである。
そんなわけで入社してしばらくは好奇の視線にさらされ、居心地の悪いことこのうえなかった。それでも会社を辞めなかったのは、バブル崩壊直後の就職難の時期で、ここをやめたら後がないと思っていたからだ。
だが同じ会社で仕事をするうち、「この子、愛人ちゃうやろ」と周囲の目が変わり、一年もたたないうちに変な空気はなくなった。
そしてまたしばらくたったあとで経理のおばさん従業員に、
「今だから言うけど、前田っちは最初、社長の愛人やって言われててんで」
と笑いながら明かされたのだった。
そのときには「は? そう言ってたのはオメーもだろ!?」とさすがに腹が立って、
「はい、知ってました。みなさんそういう目で見ているなというのは感じてましたんで。めっちゃ居心地悪かったです」
と一矢報いるつもりでこう切り返した。
しかし返ってきた答えは「ごめんな」でも「悪かったなあ」でもなく、
「せやかて、みんなそう言うててんもん。しゃあないわあ」
だった。
えええっ! そこは素直に謝っとこうぜ? 何なら口先だけでも。いい大人として!
自分は噂話を信じただけだと言いたかったのだろうが、この厚かましさは年齢故のことなのだろうか。だったら私はおばさんになっても、根拠のないことを「みんなが言っていた」というただそれだけの理由で事実であると決めつけるのだけはすまいと、心に誓ったのだった。
それにしても、誰も実際の不倫現場など見ていないのに(していないのだから当然だ)、根も葉もない噂が立つことって本当にあるんだな。作り話みたいな陳腐な話なのに。
人生で大切な教訓と、フィクションみたいな実話を体験させてくれたこの人と他の同僚に、感謝して……もよい。
さて、栄えある第一位は子育て編のNさんだ。
かいつまんで言うと、長女が小学一年生のときに、三つほど年上の男の子から執拗にいじめを受けた。娘は当時、その子と同じスキー団体に所属していて毎週末スキー場で練習していたのだが、滑っていたら後ろからストックで背中を突かれたり叩かれたり、服の中に雪玉を入れられたり悪口を言われたりするのだと長女は言った。私の夫が本人に直接注意してもまったく効果はなかったが、近所の女の子が学校の先生に「ひどすぎて見ていられない」と相談したことで事態が急転した。スキー場だけでなく学校でもいじめられていたのだ。そこでその子の母親が、先生からの連絡を受けて謝罪の電話をかけてきた。それがNさんだった。
Nさんの説明によると、いじめの原因はスクールバスの中で娘が前の座席を蹴っているのをNさんの息子が注意したが、蹴るのを止めなかったから、というものだった。行き過ぎた正義感のようなものが怒りになって、いじめに姿を変えたのかもしれない。とにもかくにもNさんがいじめの件を知ったことで、娘がその子からいじめられることはなくなった。Nさんは「とにかく、息子にちゃんと言って聞かせるから」と電話口の向こうで繰り返していた。
ここまでなら、あってはならないことだけれども、似たようなことがどこでも起きていそうな話ではある。
しかしこの件で我が家はNさんの恨みを買ったらしかった。恨みたいのはこっちだろ! と思うのだが、Nさんはそれより一年以上前に地元の小学校から別の学校に転校した私の息子について、「あの子が転校したのは、地元の学校にいられなくなるようなとても悪いことをしたからだ」と触れ回り始めたというのだ。えー! どうしてそうなった!
「この間、Nさんが仲良しのママ友にこう言っているのをたまたま横で聞いてしまって……伝えようかどうしようか迷ったんだけど……」
と遠慮がちにこのことを教えてくれた人の顔をボーっと見ながら、今度会ったら「うちの息子が何やらしでかして学校にいられなくなったと触れ回っておられるそうですが、親の私も何をやらかしたのか知らないんで、教えてもらえますか?」と聞いてやろうなどと思っていたが、バカバカしくなってやめた。息子の転校の経緯は秘密でもなんでもなかったから、こんな陳腐な嘘を信じる人もいないだろうと思ったし、同じ土俵に上がって相手をすることでもないと思ったからだ。
しかしそれから数日後にNさんと偶然顔を合わせた際、彼女が私の手を取って「本当にゴメンね、許してね」と、私の顔をまっすぐ見ながら言ったのには心の底から驚いた。人間ってすごいな。この人は一体、いくつの顔を持っているのだろう。
留学時代のMさんにせよ、会社員時代の同僚にせよこのNさんにせよ、こうはならないようにしようねと私に教えてくれる反面教師でもあるのだが、同時に人の心の中にあるどうしようもない部分、理屈ではケリをつけられない暗い部分、善悪や常識では御しがたい部分を見せてくれる、ありがたい存在でもある。そして私は彼女たちの行動原理を自分の実感として理解はできないが、きっとそれは私の中にも確かにあるのだ。彼女たちのそれと同じ形や、色や、においをしていないだけで、理不尽かつ不可解な部分が。
私の人生はすべて、私以外の人とのかかわりによってできている。
だとしたら、私という人間は、私以外のものからできている。私の中にある知識や経験、感情やひらめきはすべて、誰かと関わらなければ存在しなかったものだからだ。
そして、他人が生きている人生は私にとってはすべて、私が自分の人生では成し得ないこと、経験できないことを、私の代わりに体験してくれ、「ほら、こんな生き方もあるのですよ」と私に見せてくれているのだとも思っている。本人にそのつもりはまったくないだろうが、本や映画だって人の人生の蓄積なのだ。だから、解釈としてあながち間違ってはいないだろう。
他人の人生はありがたい。
□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。
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