「お局さま」の愛に感謝《週刊READING LIFE Vol.238「この言葉って、そういう意味だったんだ!」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/11/6/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「それ、そういう意味じゃないのよ」
「えっ?」
「何、どういうこと?」
「青天の霹靂」とか、「頭が真っ白になった」という言葉は、きっとこういうシーンで使うんだろうな、と頭のどこかで思いながら、私は動きが止まってしまった。
もう、恥ずかしいとかの領域は、とうに超えてしまっていて、逆にこれまで、その言葉をずっと違った意味で使って来た過去の方が恥ずかしくなってきて、私は20代後半になって人生で忘れることが出来ないような衝撃を受けたのだ。
しかも、そんな指摘をしてくれたのは、その時代、会社で当時言われ始めていた「お局さま」と呼ばれる存在の先輩だったのだ。
大阪の短大を卒業後、新卒で入社した総合商社。
世はバブルの時代を迎えた頃で、20代の私も、会社も、キラッキラしていた印象でしかない。
入社後の懇親会、取締役も交えての立食パーティーがあった際、同期の女性とそのころちょうどリリースされた、松田聖子の「ロックンルージュ」を歌ったことを思い出す。
何も怖いものがないというか、ハツラツとしていたというか、そんな時期だった。
入社後、最初に配属されたのが、いわゆる経理部だった。
毎日、数字ばかりを追って、そうしているうちに日が暮れてしまうような、そんな印象しかない部署だった。
それから半年ほどして、私は総務部へと移動になった。
そこは、父くらいの年齢の上司や、長年勤めている女性の先輩、とにかく、私よりも年上ばかりの環境だった。
そのおかげか、周りからはとても可愛がってもらって、他部署からは一目置かれている、いわゆる「お局さま」と呼ばれる先輩からも、とてもよくしてもらった。
アフターファイブには、食事に連れて行ってもらったり、好きなアーティストのコンサートにも行ったり。
当時、一番良く行動を共にしてもらった記憶があるくらいだ。
今から思うと、当時の先輩はきっと40代前半くらいだった。
いつも、ちょっと高価なブランドの洋服を着て、派手過ぎないアクセサリーをしていたところに憧れを感じていた。
ゴールドの指輪が特に印象的で、お茶室でお茶を飲んだ後、お茶碗についた口紅を指でサッと拭う際に、カチャっと指輪が当たる音が、なんとも大人に感じ、密かに憧れるくらいだった。
そんな先輩と、ある時、仕事中にちょっとした雑談をしていた。
私が、「机の中から、ガバッとおもむろに取り出したんです」と言った時だった。
「それ、使い方間違っているわよ」
「え? 何の?」
私は、何を指摘されたのかが、最初は全くわからなかった。
「おもむろに、って、そういう意味じゃないのよ」
その当時、20代後半だったが、それまでの人生で、ずっと「おもむろに」という言葉は、「急に、突然、ガバッと、びっくりさせるような」という意味だと信じて使っていたのだ。
「えっ、違うの……」
「おもむろに、って、ゆっくりとって意味で使うのよ」
私は、指摘されたことが恥ずかしいというよりも、これまでの人生で使って来た過去のことの方が気になったのだ。
ずっと、そういう意味でしか使っていなかった。
どれくらいたくさんの人の前で、堂々とそう表現してきたことだろう。
えっ、ちょっと待って、それじゃあこれまで私の間違った「おもむろに」は、どう思ったんだろう。
「あっ、間違って使ってる」
と、心の中で思いながらスルーされてきたんだろうか。
それとも、その相手の人も、私と同じように「おもむろに」とは、「急に、突然、ガバッと、びっくりさせるような」と思っていたのだろうか。
今となっては、それらを確認することもできないのだが。
そんなことを思い出して、今回、あらためて「おもむろに」の正しい意味を調べてみた。
「広辞苑 第7版」(平成30年・岩波書店)
おもむろに【徐に】〈副〉
落ち着いて事を始めるさま。ゆるやかに。おもぶるに。「―口を開く」「―に手帳を開く」
「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)
おもむろに【徐に】〈副〉
物事の起こり方がゆっくりとしているさま。「―ポケットから煙草たばこを取り出した」[注意]突然・不意に,の意で使うのは誤り。
やっぱり、当時の「お局さま」が指摘してくれたように、「ゆっくりと」という意味なのだ。
どこで、どうしてそう覚えてしまったんだろう。
しかも、真逆の意味になってしまっていたじゃないか。
そこで、私と同じように、「おもむろに」という言葉を理解している人っているのかなと思い、少し調べてみた。
平成26年度の「国語に関する世論調査」で,「おもむろに席を立った」という例文を挙げて,「おもむろに」の意味を尋ねた結果は、「ゆっくりと」と答えた人が、44.5%で、「不意に」などと私と同じような理解をしていた人が、40.8%だったそうだ。
正しい意味を理解している人の方が多いとはいえ、それとやや同じくらいの割合で、間違った解釈をしている人がいるという事実。
やっぱり、間違っている人も多いのだ。
それをさらに年代別に調べてみると、どうやら60代、70代では7割以上の人が正しい意味を理解しているが、50代以下では、それが逆転してしまっているようだ。
特に、10代、20代では、「おもむろに」を「不意に」という意味と理解している人の方が圧倒的に多くなっているのだ。
なぜ、そんな間違いが起こってしまうのかについて、こちらでも書かれている。
小内おない 一はじめ編「てにをは辞典」(平成22年 三省堂)
「てにをは辞典」によれば,「おもむろに」という副詞は,静止状態から動き始めようとするときや,ある動作から別の動作に移るときに多く使われている。
動き始める時なので、表現としては「不意に」「突然」という意味と捉えたくなるからなのだろうか。
いずれにしても、間違えて使う人が多い理由もわかるような気もする。
ただ、私としては間違う理由はわかったとして、これまで使って来た過去のことが気になって仕方がない。
「おもむろに」を、どう考えても間違って理解しているのに、調子よくしゃべっている私を不憫に思ったのか。
はたまた、大人になってそんなことを注意するのは失礼だったり、恥ずかしい思いをさせたりすると気遣ってくれたのだろうか。
それとも、私と全く同じ理解をしていて、何の違和感も抱かず、スムーズに受け取ってくれていたのだろうか。
過去のことをいくら考えあぐねても、どうにも変えようはないのだけれど。
そんなことはちゃんと理解しているのだが、「おもむろに」の使い方をきっかけに、私はそれまでの人生の人間関係までもいぶかしく思ってしまいそうになったのだ。
あの、20代の後半で、会社の先輩から指摘された「おもむろに」の表現の間違い。
その時は、ちょっとショックにも似た衝撃を受けたのだが、その先輩のことをさらに尊敬するきっかけともなったのだ。
このような理解を間違って使っている言葉を指摘するのって、ある意味勇気が要ると思うのだ。
過去の人間関係を云々する私も、いざ逆の立場だったら、この先輩のように相手に指摘出来ただろうか。
そう思うと、私はこの先輩の言葉が非常に有難いと思えたのだ。
だって、その時から私は正しい「おもむろに」を使える人に変わってゆけたのだから。
今から30年以上も前に、私が指摘された「おもむろに」という表現の間違い。
あの時以来、「おもむろに」を使う際には、私はとても慎重になっている。
これで、合っているよね?
いつもよりも、その言葉を使う時には状況をしっかりと判断して、間違いないと確信してから使っている。
こんなにも気を遣うフレーズは、他にはないと思う。
この、今では笑い話にもなるような経験は、言葉の意味を正しく教えてもらったことに加えて、相手に指摘をするというハードルは、その人間関係において明らかな信頼関係の上に成り立っていることも学べたのだ。
きっと、あの素敵な「お局さま」は、20歳ほど年下の私を、大切に思ってくれていたのだろう。
だから、そんな私が今後、他の人たちの前で恥ずかしい思いをしなくていいように、自分がそのイヤな役割を引き受けてくれたのかもしれない。
そして、もちろん、その「お局さま」との関係は、そのことがあった後も全く変わらず、バブル期のOL時代の私のエピソードの中にしっかりと存在してくれる大切な人として残っている。
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。
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