週刊READING LIFE vol.251

金曜日の夜更け、至高の読書タイム《週刊READING LIFE Vol.251 夜ふかしの相棒》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/2/26/公開
記事:Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あなたは、どこで本を読みますか?
 
お気に入りの椅子?
公園のベンチ?
カフェのソファー?
 
私が本を読む場所は、「お風呂」だ。
 
びっくりしたそこのあなた。
お風呂で過ごす至高の読書タイムをまだ味わっていないなんて、なんて勿体無いんでしょう。
 
 
金曜日の夜、帰宅した私は絶対に座らない。
座ってスマホをいじり始めたら最後、二時間は動けないとみて良い。
だから、私はそのままお風呂に向かう。
 
バスタブを軽く擦って流し、お湯を張る。
待っている間に、お気に入りの入浴剤を選ぶ。
特に気に入っているのは、世界各地の塩の入浴剤。
死海の塩、ヒマラヤの岩塩、南極からつながる南オーストラリアの海の塩など、かなりワールドワイドなラインナップ。
この入浴剤を通して、地球の大自然が育んだ世界各地のミネラルを取り込んでいるのかも、と思うと壮大な気持ちになれて好きなのだ。
 
塩をお風呂に入れると体がより温まり発汗作用が増すほか、塩に含まれるマグネシウムが筋肉をほぐして肩こりも和らぐと聞く。
お清めや盛り塩にも使われているように、邪気を払うという効能もある。
精神的にも肉体的にも、金曜日の溜まった疲れをとるのに塩を入れたお風呂ほど適したものはない。
 
「お風呂が沸きました」が聞こえたら、マイクロファイバーでできた超吸水タオルに、本をくるんで持ち込む。
100均で購入したワイヤーネットをバスタブの上に渡して、浴槽の上に本を置ける場所を作った。
軽く掛け湯をしたら、湯船に深々と身を沈める。
体の表面に張った薄い緊張の膜が溶け出して、筋肉の一本一本がほぐれていく。
後頭部をバスタブの縁にあずけて、深く息をつく。
電球に照らされた湯気を見上げると一粒一粒が見えそうな気がする。
画面を見すぎて固まった眼球の奥が緩む。
 
そして、手の水分を吸水タオルで拭き取り、本をめくる。
金曜日の夜ふけにバスタブで読む、至高の読書タイムの始まりだ。
 
 
今日は最近激ハマりしている川上未映子さんの小説を持ち込んだ。
彼女の言葉の奔流に、飲み込まれるのは気持ちいい。
大阪弁が心地よく脳の中を駆け巡っていく。
 
体の感覚を鮮やかに描く彼女の小説ほど、お風呂で読むのに適した小説はない。
「乳と卵」という作品では、豊胸したいと言い出す姉と生理が始まった姪との3人で過ごす夏の日を鮮烈に描いている。
女性の体に生まれた不思議。
この小説にも描かれたその不思議は、お風呂に入ると否応もなく感じる。
 
「おっぱいは脂肪だから浮くんだよ」
いつだったか、友人が興奮したように話していた。
全然胸がない彼女は、豊満な留学生たちを銭湯に案内した時に、みんなのおっぱいが湯船に浮いていることに驚愕したそう。
 
意識したくなくても、意識してしまう自分の体。
死ぬまで離れられないその体は、自分の意思とは関係なく否応なく変化していく。
この事実は、いたたまれないような、無茶苦茶にしたいような、ヒリヒリする生の感情を孕んでいる。
「乳と卵」のラストシーンは、それを鮮やかに描いている。
 
 
ページをめくっているうちに、じわじわと汗が背中をつたい始め、まつ毛からもボタボタ垂れ落ちる。
普段は基本的に冷えている爪先に血液が巡り始め、軽い痒みにも似たピリピリした感覚。
こんな時のために、キンキンに冷えたアセロラドリンクをお風呂に持ち込んでおいた。
一口飲んだだけで、体に水分がぐんぐん沁みるのがわかる。
人の体の70パーセントは水でできているというのは、どうやら本当だった。
 
水分と同じように、文章も脳みそにぐんぐん入っていく感じがする。
それは、普通に本を読むのとはちょっと違う感覚だ。
 
この不思議な現象は、おそらく近くにスマホがないことに起因していると私は考えている。
例えスマホをいじっていなかったとしても、近くにスマホがあるだけで集中力は阻害されるから。
 
スマホの存在は、いつでも私の意識を「ここではないどこか」に向けてくれる。
そのおかげで会社の昼休みは気分を切り替えられるし、通勤中は爽やかな音楽で気分を上げられる。
でも、「いつでもどこかと繋がれる」ということ自体が、目の前のことや自分の感覚に意識を向けることを難しくしているような気がする。
実際、スマホを持ち始めた大学生の時、活字が読みにくいと感じたことがあった。
情報だけを拾うような本の読み方ならばそれで十分なのだが、感覚や感情を味わう小説の楽しみ方をしようと思うと、少しもの足りない。
 
お風呂でスマホと離れた上に、湯船に浸かることで自分の体がほぐれて感覚が開く。
「お風呂で読書」は、小説の描く感覚や感情を余すことなく味わいたい人にとって、最高なのだ。

 

 

 

ここまで読んで、「お風呂で読書っていいじゃん」と思ったそこのあなた。
気をつけて欲しいことがある。
 
実はわたくし、本をバスタブの中に落としたことがございます。
それも図書館で借りてきたやつを。
 
 
落としたのは、よしもとばななさんの「まぼろしハワイ」。
ハワイにまつわる短編小説が3つ収録された本だ。
ばななさんの、南国を舞台にした小説が本当に好きで好きでたまらない。
サイパンを舞台にした「アムリタ」は、人生を歩むうえで大切だと思うような金言があちらこちらに散りばめられていて、何度も何度も読み返した。
息を呑むほど美しいサイパンの景色を、主人公と一緒に味わいながら。
 
「まぼろしハワイ」も、ハワイの暖かく甘やかな空気感とともに、生きることの哀しさが描かれている。
その絶妙なバランス感たるや、さすがだった。
父を亡くして傷心中の娘が、継母とハワイに行きフラを教えているマサコと関わり、ハワイの美しい自然の中で徐々に前を向けるようになっていく。
ばななさんの紡ぐ言葉が胸に染み入り、人生の美しさと哀しさが両方胸に込み上げた。
気づくと涙が頬を伝っている。
 
お風呂で読書をすると良いことは、思い切り泣けることだ。
汗と涙と思い切り出し切ると、お風呂から出たとき信じられないくらいスッキリする。
これはきっと、「カタルシス」の極致であろう。
物語によって引き起こされる様々な感情は、日頃心の中に押し殺した感情を浄化するということは、古代ギリシャ時代から言われていることだ。
お風呂に入ることは「心の洗濯」というけれど、そこに最高の読書体験が加わると、本当に洗い立てのタオル以上にまっさらな心になれる。
 
あまりにも感動しすぎたからなのだろうか。
お風呂からあがろうとした時、ふっと本が手から離れた。
ぼちゃん、と鈍い音が浴室に響いた。
 
「やっちまった」
慌てて拾い上げて、お風呂から走り出た。
一枚一枚タオルで拭き取り素早くドライヤーをかけるも、ぜんぜん水分が飛んでいかない。
スキンケアもせずにお風呂から走り出た私の肌は、みるみるうちに乾いていくというのに。
波浪警報が出そうなほど波打ったページを見て、やっちまった感が再び込み上げてきた。
なんとか紙が伸びないかと期待して、大学の重い教科書を乗せてみるも無力であった。
 
罪悪感を抱えながら、本を持って図書館に向かう。
カウンターの中の職員さんのうち一番優しそうだと踏んで、初老の小柄な女性に声をかける。
 
「あのー、ちょっと濡らしてしまいまして」
お風呂で読んだとはとても言えなかった。
 
「これは変形してしまっていますね、新しく買って持ってきてもらえます?」
特に驚いた風もなくテキパキと弁償の手続きの説明をする職員さんに、心から安心した。
 
必要書類に住所と名前を書き込んで、買って持ってきます、と頭を下げる。
目の前に、「まぼろしハワイ」が差し出された。
 
「こちらの本は不要なので、よかったら引き取ってください」
こうして、「まぼろしハワイ」は私の手元に残ることになり、今でも、辛い時ふと手に取っては読み返している。
 
「もしかして、この本は私のところに来る運命だったのかも」
そんなことを思いながら、一生懸命乾かした波波のページを今もめくっている。
 
もちろん、図書館の本をバスタブで読むことは、それ以降二度としていない。
自分で購入した本だけ、お風呂に持ち込んでいる。
本屋さんに行ってお風呂に連れていく本を選ぶ時間はとても楽しい。
1週間頑張ったご褒美に飲みに出かけるのもいいけれど、本屋さんに行って読みたい本を思い切り買うのもまた、最高の華金の過ごし方だ。
 
金曜日の夜更け、たっぷり本を読んだ私は、ホカホカの体と洗い立ての心を布団に包んで幸せに眠りにつくのでした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール

愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月開講のライティングゼミ、同年10月開講のライターズ倶楽部に参加。 食べることと、読書が大好き。 料理をするときは、レシピの配合を条件検討してアレンジするのが好きな理系女子。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。

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2024-02-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.251

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