森のレジェンドと交わしたたった1つの約束《週刊READING LIFE Vol.258 美しい仕事》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2024/4/22/公開
記事:録林者(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
足跡は小判なり。かつてある地域ではそう言われていた。ノコとナタと食料を持って、山の手入れをする。その様子は撫育とも言われ、手塩をかけて山を育てる。そして、丁寧に育てられた樹木は、やがて伐られ、丸太になり、筏を組んで河川で都市部に流され、建築物の材料となる。コンクリートなどがなかった時代、建築物には木材が必要だったからこそ、丸太は高値で取引されていた。良質な丸太を生産するには、日々山に通い手入れする。その証拠が山に通った足跡だったわけだ。
林業はとても時間のかかる産業だ。IT産業のように一夜にしてあるサービス・商品が登場して時代を一変させるようなことはなく、50年、100 年、200年先を見据えて動く産業になる。また、同じ土地を相手にする第1次産業の農業とも時間に対するスタンスは真逆ともいってもいいほど違う。それは言ってしまえば遷移に対する違いとも言ってもいい。遷移とはなにか。栄養はあるが何も生えていない土壌がある土地を思い浮かべられるだろうか。その土地に風や鳥などが種子を運び、いずれその種子が芽吹くようになる。はじめは雑草とはいわれるような低い植物が生えるようになるが、時が進むにつれて樹木などの背が高い植物も生えるようになる。そうして最後には白神山地やアマゾンのような樹木が支配する土地になる。つまり、遷移というのは土地の成長のようなものだ。農業は農地という形で植物の成長を留めるが、林業は植物の成長を促すことが大事になってくる。
いくら成長を促すといっても、植物の成長や自然の変化は、人間の時間軸からみると遅い。住宅に必要な柱や土台などが取れるようになるには少なくとも40年以上かかり、飲食店にある一枚板は100年以上のものが使われていることが多い。
1つの商品をつくるのに、それだけの時間を費やす産業はほかにあるだろうか。おそらくはあまりないだろう。もしかしたら石油や鉄鋼などを思い浮かべるかもしれないが、これらは自然からの奪取が基本であり、林業のように人間が投資し原料である自然を成長させることはない。だから彼・彼女らの仕事への哲学には長期的な視点が入っている。
と彼・彼女らの哲学を紹介する前に、長期的な視点の難しさを紹介したい。
あなたは花粉症だろうか。今や国民の2人に1人が罹っているといわれる花粉症。政府は昨年度に花粉症対策として、花粉が少ない苗木に植え替えていくような政策を発表した。たしかに現代において花粉症は国民病ともいうべきもので対処が必要だ。しかし、今、国土の約7割を占め、そのうちの4割を占める人が植えた人工林に生えているスギやヒノキは、元々花粉を多くだす品種が植えられたというエピソードがある。
「えっ?」と思うかもしれない。だが、当時の状況を鑑みれば当然だ。昔といってもそれほど昔ではない。戦後、日本の山々ははげ山だった。それは戦争や戦後の復興のために、山々の木々を伐り倒したからだ。はげ山になれば何が起きるか、台風や豪雨によって、山々から土壌が流れ出し、土石流ともなりうる。当然、山の麓にいる住民は被災する。4つのプレートがぶつかって隆起しえ誕生した日本列島にて急峻な山々は古来よりあるし、いつの時代も為政者ははげ山にさせないために決まりをつくっていた。だから植えるだけではなく、自然の力も借りてはげ山を減らそうと思ったら花粉が多い品種を植えるのは当然だ。なぜなら人命は重いのだから。
商品をつくる間に市場・世間からのニーズが変化する。それも計画段階からの途中変更は基本できないというのが林業だったりする。
私が初めて長期的な視点が腑に落ちたのは、大学時代の実習の晩にあった飲み会だったりする。
ある先輩が「銅像はなんのためにあるのか?」という話をしだした。大学構内にある銅像だ。その銅像で間違っていない。たとえば、ある森林のつくり方を計画したとする。その計画が上手くいけば銅像を称え学べいいし、失敗すれば銅像を貶し、失敗例から学べばいい。そのようなことを言った。飲みの場だからもっと尖っていた気もするが、大事なのは計画を実行し、チェックするのは、計画した当人ではなく、ずっと後の世代の人間ということだ。それこそ孫の世代だったりする。
「だから僕らの仕事や研究には次世代に責任があるんだ」と続けたのを今でも覚えている。
では実際にどうするのか。
例えば近畿地方のある地域では、あることをきっかけにカエデやナラなどの広葉樹を植えるにようになった。もちろん彼らにとって初めての挑戦だ。もっというと、日本の戦後の林業はスギ、ヒノキ、マツなどの針葉樹がメインで動いており、その観点で見ても彼らの取り組みはかなり挑戦的な試みだ。
彼らに理由を問うと、「未来の暮らしを考えた時に針葉樹一辺倒ではいかんと思った。新たな試みとして広葉樹を植えるのもはじめていかないといけないだろう」と話す。
「それならば実際に見せてください」とお願いすると、「良いぞ。ほら車に乗って」と言われ、実際に行っている現場を見せてもらった。
それこには多種多様な広葉樹が生えている様子が広がっていた。思わず「本当に森になっている。すごいですね!」と私の口から声が出た。それを聞いた彼らは満足げな表情で、「これを読んでみ」と資料を渡してきた。そこは、彼らが描いた森の設計図でどういった配置で植物を植えるのか、時間が経つとどのように森林が変化するかが記されていた。
「どうしてここまで設計できるのですか」と訊くと、「俺たちが何年現場を歩いていると思っている。もう40年になるんだぞ。毎日のように歩いていればどのように植物が成長し、自然が変化すれかはわかる」と彼はぶっきらぼうに返答した。案内してくれた彼は、その地で20代の時に山岳ガイドとして仕事を始め、以来、職を変えながらも同じ森林をフィールドとして仕事をしてきた。同時に山岳救助隊として活躍し、知る人ぞ知る、この地域のレジェンドだったりする。
レジェンドの言葉は私からすると信じられなかった。先ほども書いたように日本の林業はほとんど針葉樹の林業で広葉樹のこの字も見当たらないのが実情だったりする。だから、いくら歩いたからといって、そんな答えを知っているかのような設計図が出てきても違和感しかない。
その違和感を伝えたら「君は勘違いしている。俺が歩いてきたのはほら後ろ。あの奥山だよ」と指をさした。指した先にあるのは、日本を代表する渓谷だ。「あそこが俺らの師匠だよ」と続けた。彼は自然が師匠だとそういった。
その渓谷には生えたての苗から300年以上生きたと言われる大木などが生えている。翌日、「君の歩き方は無駄が多すぎる」など、道中小言をもらいながら、彼らの師匠に逢いに行った。
そこはただただ美しい光景が広がっていた。川の水を水底が見えるほど透き通っており、飲めばミネラル豊富な味だと舌が喜ぶ。視線を空に向ければ大人5人でようやく囲えるような大木が枝を伸ばしており、その枝に鳥がとまっていたりする。空気を思いっきり吸えば、生き返るかのような美味しい空気がある。
「ああ……綺麗ですね」と自然と口から溢れる。
それを聞いたレジェンドは、「せやろ。この光景を色んな人や未来の子どもたちに見せたいんだと」と笑みを浮かべた。
新しいことに取り組む。それも自分のためではなく将来世代を考えて、それは挑戦の連続だろう。将来を考えたらどうなっているかわからない以上、妥協ラインは自分で決められない。
もちろん、植える樹種を変えれば、当然、売り先やビジネスモデルの変化も必要になる。世代を超える以上、後輩への指導も技術的なものだけではなく、その森の方向性を定める哲学も重要になってくる。それでも彼ら楽しそうだ。美しい森をつくる。その目標に向かって彼らは取り組んでいた。レジェンドとの別れ際に、彼に「私があなたの年齢になった時にももう一度来たいです」といった。そしたら彼は「バカをいえ。毎年のように観にきなさい」といった。その後、コロナもあったりして彼との約束はあまり果たせずにいる。でも次の夏にでも訪ねてみたいと思う。だって、未来への約束が長期的な視点が必要な林業にも必要だからと思っているからだ。
□ライターズプロフィール
録林者(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
森林や木材、山の風景などをこよなく愛する旅人。普段は出版社にいながら取材活動に取り組む。AIなどにも興味関心がある。
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