環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅

【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第13回:もしも片手でトイレットペーパーを気持ちよく切れたなら――ありそうでなかったモノをつくる町工場の挑戦(有限会社東海樹脂加工)


*この記事は、天狼院書店のライティング・ゼミを卒業され、現在「READING LIFE編集部」の公認ライターであるお客様に書いていただいた記事です。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2025/1/20/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

もしもトイレットペーパーを片手で気持ちよくスパっと切れたら……。あなたは、そんな風に思ったことはあるだろうか。1日に数回以上行うトイレットペーパーを切るという動作。なんでもないことに思えるが、毎回大変な思いをしている人もいる。

介護の必要な人の介助をしている人。
ケガや病気で片手しか使えない人。
じっとしていない子どものトイレに付き添う人。

片手で切ろうとすると、変なところで紙がちぎれてしまう。トイレットペーパーの残量が少ないとなかなか切ることができない。そんな「不便だけれど仕方がないから我慢していること」を解消し、困っている人たちの「こんなのが欲しかった」を実現する商品を開発したのが、三重県松阪市にある有限会社東海樹脂加工だ。

ずっとものづくりの現場を裏方として支えてきた小さな町工場の生き残りをかけた新たな挑戦は、静かに、でも確実にムーブメントを起こしている。
「最近ようやく皆さんに当社の製品を見つけてもらえるようになってきたかなと思います」

代表取締役の梅本 祐希さんは、自身が感じている手ごたえについて、こう話してくれた。

お客様の要望に応え、膨大な量の試作を繰り返し、ありそうでなかった商品を生み出した原動力は何か。東海樹脂加工のものづくりにかける思いを取材した。

(写真左)梅本 和彦さん
有限会社東海樹脂加工 取締役会長
(写真右)梅本 祐希さん
有限会社東海樹脂加工 代表取締役

開発のきっかけは子どものトイレトレーニング中の悩みだった


「トイレットペーパーを片手で切れたら、どれほど楽になるだろう」
そう思ったきっかけは、私の子どものトイレトレーニングのときでした。子どもは用を済ませると、早くテレビを見に行きたくて、おしりを拭く前にトイレから出ようとするのです。出ていこうとする子どもを片手で抱えながら、もう片方の手でトイレットペーパーを切ろうとしても、なかなかうまく切れません。

そこで、現会長の父に「この問題、何とかならないだろうか」と相談したところ、「片手で簡単にペーパーを切れるホルダーを自分たちでつくってみようじゃないか」ということになりました。

開発を進めてみてわかったのは、片手で切れるワンハンドカット機能付きのトイレットペーパーホルダーは、すでに世の中に存在していたことでした。けれども、「シングル紙でないとダメ」「ミシン目のあるトイレットペーパーでなければダメ」というような課題があったのです。トイレットペーパー売り場を見ると、ものすごく多くの種類があることに気づきませんか。シングル、2枚重ね、3枚重ねだけでなく、4枚重ねまであります。紙質もやわらかいものから硬めのものまで、さまざま。その中でできる限り多くのトイレットペーパーに対応できることを意識してホルダーを開発しました。

トイレットペーパーを切るときには、片手でホルダーを押さえて切りますよね。この「紙を押さえる」役割をホルダーの蓋に持たせるわけです。具体的には、「てこの原理」を利用して、紙を引っ張り上げたときに蓋に働く力でトイレットペーパー本体を押さえるようにしました。ところが、なかなか簡単にはいきませんでした。

ただ押さえるだけだと紙がすべってしまうのです。逆に強く押さえてしまうと紙が破れてしまいます。どう制御したらよいか、試行錯誤を重ねました。

カッターの刃も、工夫が必要でした。切れ味がよく、なおかつ触れても痛くなく、ケガをしないものでなければなりません。刃の形状はどのようにしたらよいのか、最初は彫刻刀をつかって、ギザギザをつくっていました。

そうしてなんとか片手で切れるところまではできましたが、ちょうどその頃は新型コロナウィルス感染症が拡大していた時期でした。公共施設など、不特定多数の人が利用するトイレのペーパーホルダーに触りたくないという話がありました。ホルダーの蓋に触らず片手で紙を切ることができるだけでなく、ペーパーを交換するときもホルダーに触れずにすむためにはどうしたらよいか。そういったところにまでこだわって、開発を進めてきました。

開発してみてわかった「困っていても我慢していた人たち」の存在


試作品ができると、知人にモニター利用してもらったり、クラウドファンディングを活用してテストマーケティングをしました。すると、予想以上に大きな反響がありました。「片手で切れるのは嬉しい」という感想をいただき、「こんなに困っている人がいたのだ」とわかりました。メディアで取り上げていただくことも増えました。テレビを見て、「片手が不自由になってしまった知人にプレゼントしたい」と買いに来てくださったお客様もいらっしゃいました。

また、脳卒中で半身不随になってしまった父親を介護している女性から、「この片手で切れるペーパーホルダ―を使うようになってから、お父さんがひとりでトイレに行けるようになり喜んでいる」という声をいただきました。それまでは「娘にトイレについてきてもらうのは嫌だ」と言っていたそうです。

自分でトイレまで行けて、自分で排泄できても、片手しか使えないとあごや額でペーパーホルダーを押さえて紙を切るしかない。だから介助が必要になっていたという話をたびたび聞きました。

排泄に関する悩みは、なかなか人には言いづらいことですよね。皆さん困っていても我慢していたのでしょう。もともとは自分の子どものトイレトレーニングでの悩みから出発した商品開発でしたが、こんなにも必要としている人がいたのだということを知りました。

「ティッシュのように使えるロールペーパーホルダー」で文化を変えたい


お客様からいただくアンケートやコメントの中で多かったのが、「トイレットペーパーって、トイレだけで使っているわけじゃないんです」「片手で切れる卓上用のペーパーホルダーがあると嬉しい」という声でした。

製紙会社の調べによると、日本は世界一ティッシュを消費する国だそうです。ちょっと汚れをふき取るときも、ティッシュを使っていませんか。

ティッシュはトイレットペーパーと比べると値段が高いため、ティッシュの代わりにトイレットペーパーを使っているという人もいます。でも、むき出しのままだと見た目が悪いし、ほこりや水滴がついてしまう可能性もあります。卓上用のホルダーも市販されていますが、トイレットペーパーを収納する「カバー」としての役割だけで、紙を使うときは両手で引きちぎらないといけません。

「ティッシュのようにトイレットペーパーを使いたい」というお客様からの要望を受け、片手で切れるトイレットペーパーホルダーで開発した「痛くないのに切れるカッター」を応用して卓上用のホルダーを開発しました。

300台製作し、「2カ月で売れたらいいな」と思ってクラウドファンディングに出したところ、約4時間で完売してしまいました。追加しても次の日には売り切れてしまうという状況が続き、ものすごい反響がありました。

トイレットペーパーは、ティッシュと違って必要な分だけ取り出すことができます。また、油をよく吸うので、食器を洗う前に油汚れをふき取るのにも使えます。キッチンペーパーを使うよりも経済的です。

赤ちゃんのいるご家庭ではリビングでおむつを替えるときに、ペットを飼っているご家庭ではペットのトイレ掃除などで、ティッシュのようにトイレットペーパーを使えて重宝しているというお声をいただいています。

加工の手間やコストの問題などを解消するため、さらなる改良を進めている途中ではありますが、今後量産して、新たな事業の柱にしていきたいなと思っています。そして、トイレで使うだけでなく、リビングや仕事のデスクにもトイレットペーパーが普通に置かれてティッシュのように使われている。いや、トイレットペーパーという名前自体が別の名前に変わっている。そんな風に文化を変えていきたいですね。

お客様から直接「ありがとう」を言われることが原動力


もともと当社は工場の生産で使われる治具関係のパーツ製作を主にやっていました。「治具」というのは、工場で製品を加工したり、組立や検査などを行う際に、いつも同じ位置で加工できるようにしたり、人によってばらつきが出ないようにするために使われます。作業を簡単にしたり、作業時間を減らしたり、品質を安定させるなど、生産をサポートする役割を持っています。

ただ、自分たちがつくったパーツでできた治具がお客様のところでどう使われているのかを見る機会はあまりありませんでしたし、お客様から「ありがとう」と直接言ってもらったことはありません。請求書を出したらお金が振り込まれてきて、それで終わりです。

また、こうした仕事はお客様の生産状況に大きく左右されます。取引していたお客様が生産撤退してしまい、毎月何百万といただいていた仕事がゼロになってしまったこともあります。さらに、今は物価高の影響で原価が上がっているのに、どこも皆仕事がないので、安い値段でも仕事を請け負ってしまい、つくればつくるほど赤字という負のスパイラルに陥っています。

そんな状況で、仕事を待っていてもどうにもなりません。これからは自分たちで切り拓いていかなければと考えています。

今回初めて、最終製品を自分たちでつくり、自分たちで販売しましたが、お客様からの「ありがとうの距離感」をものすごく近くに感じました。「困っている人のためにペーパーホルダーを贈りたい」という話を聞くと、「ただで差し上げたい」という気持ちになりますし、「ずっと使っているよ」と言われると嬉しいですね。お客様から直接生の声をいただけるので、やりがいを感じます。

片手で切れるペーパーホルダーやティッシュのように使えるペーパーホルダーの開発には5年くらいかかりました。試作した量は数知れません。それでも、お客様から直接いただく「ありがとう」の言葉や「こんな製品が欲しい」という言葉が原動力になって、ここまでこられたと思います。

お客様との共創で、ありそうでなかったモノとコトをつくりたい


コロナ禍のときにパーティションがものすごく売れていたので、私たちもパーティションをつくろうかと考えたことがありました。でも、ただ板を切るだけの仕事にワクワクしませんでした。同じ材料を使うなら、トイレットペーパーホルダーをつくるほうが面白いと思いました。初めてのことばかりでしたが、挑戦したから身に着いたものがたくさんあります。

やらされているだけの仕事、誰でもできることをやっていても面白くありません。

当社は小さな町工場ですが、小さいからこそ小回りがきくという強みがあります。思いついたことはすぐに試作して、翌日には形にできて検証できます。お客様に要望されたものを、1個からでもつくることができます。お客様とともに考え、お客様の要望と当社の技術と経験をかけあわせて、今までありそうでなかったモノやコトを創る。そんなものづくりを続けていきたいと考えています。

有限会社 東海樹脂加工

所 在 地:三重県松阪市東久保町407-3
ホームページ:https://toukai14.com/
オンラインストア:https://katatekose40.thebase.in/

写真提供:有限会社東海樹脂加工
文:深谷百合子  写真:三宅篤志(RQ Works)

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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