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ステキなオバちゃんへの道


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:木藤奈音(ライティング・ゼミ25年11月開講コース)

 洋裁の趣味友であるA子さんは、推定年齢60代後半の立派なオバちゃんだ。初めて会ったのは10年以上前、ある型紙ショップのオフ会の席だ。聞くと、最初のオフ会は洋裁経験がないのに参加したらしい。すでにただ者でない。

 オフ会では自己紹介や、新作パターンの試作品を試着したりと趣向がこっている。

なかでも外せないのは参加者が自作した服のお披露目会である。表から鑑賞、技術の差が出る裏地をめくって鑑賞、そしてお互いに作品を交換し試着。

彼女の第一声はいまでもよく覚えている。私が正味1か月かけたテーラードジャケットを撫でまわしたあとだ。

「うーん、よく縫えているわね。前立てのアイロンがピシッと決まっていて、カッコいいジャケットよ。お・似・合・い」

 ウィンクとサムズアップつきである。当時彼女は50代、私との年齢差は10歳以上あったと思う。距離感の近さに正直びっくりして、『洋裁クラスタ』とはこのノリでつきあうことになるのかとやや不安になった。

 その後、グループで布を買いに日暮里繊維街に行ったり、文化服装学院の地下に布を買いに行ったりする機会ごとに親しくなった。

A子さんは一番参加率が高く、必ず新作を着て現れた。

 私と同年代か年下が中心のグループだったが、A子さんはまったく年齢差を感じさせなかった。洋裁の話は世代を超越するということあるが、何よりも彼女の感性がフレッシュで、いろんなことを面白がることができるからだと思う。

 カラー診断や骨格診断を取り入れるのも早かった。

「私のカラータイプ『春』はね、パステルカラーがお似合いなの。だから、ババァくさい煮詰めた茶色とか全然似合わないわけ。今まで買い貯めた布は処分しちゃったわよ」

 こんな調子で色々ぶっ飛んだ方である。

カラー診断以降、彼女の服はお花畑のような色合いに変わった。グリーンのパンツ、レモンイエローのブラウス、サーモンピンクのコート……。

ことごとく似合う。

洋裁仲間は、彼女の布選びのセンスと文化服装学院仕込みのテクニックにため息をつく。彼女はグループの最年長ながら、洋裁コミュニティのムードメーカー的な存在だった。

 引き出しも多い。若い頃は事業をしていたとかで、私が知らないお店をたくさん教えてくれた。緊急事態宣言が解除されるや、行きつけの寿司屋に連れていってくれたこともあった。

「ねえ、ねえ。あなた今月誕生月でしょ、お店の人に言って、ハッピーバースデイを歌ってもらいましょうよ。ほかのお客さんも盛り上がるわよ」

 私は恐縮して、大将に話そうとする彼女をとめる。何のことはない、本当はうれしいけど、自分が俗っぽく思えて恥ずかしいだけなのだ。

 私にとって、A子さんはロールモデルの一人になった。

当時、年齢を重ねることが怖かった。若さ、体力、容貌、馬力、記憶力。現在進行形で、日々衰えている。そして更年期の崖がやってくる。老いた自分がどうなってしまうのか想像もつかず、漠然と不安に感じていた。

それが少しだけ和らいだ。遠慮も物怖じもせず、好奇心の赴くままに突き進む彼女を見ていると、年をとるのも悪くないなと思えた。一緒にいて、元気が出るような存在になりたいなと思った。

 そして現在。私は日々の雑事に追われて、数年間ミシンを触らなくなっていた。洋裁の集まりからも足が遠のいていたが、A子さんとは少人数で定期的に会っていた。

A子さんは病気にかかり、治療のために定期的に入退院を繰り返すことになった。

 友人と話して、年末年始にクリスマス会と新年会を開くことにした。料理上手でもある彼女は、手作りのケーキや鶏モツ煮をもってきてくれた。介護ベッドを入れることが決まり、寝室の壁を友人に塗ってもらったと話していた。かわいらしい手編みの帽子を室内で外すことはなかった。

 これからも毎月イベントを企画できればよいな、と思った矢先だった。

 彼女が亡くなったという一報がはいった。

 私は遠方で知らせを受け取った。ちょうど日本中が大雪で騒いでいたころだ。交通事情を踏まえて、葬儀への参加は見送った。代わりに、後日自宅を訪問しお線香をあげることにした。洋裁仲間が形見分けで訪問するので合流することにした。

 駅で10数年ぶりに洋裁仲間と再会した。大きな戸建てが並ぶ住宅街をてくてく歩き、目指すマンションに到着した。

出迎えたご主人は、A子さんの寝室兼洋裁部屋に案内してくれた。3畳ほどの部屋の壁は白いが、一面だけ青みがかったグリーンで塗られている。センスの良さを感じさせた。

反対の壁側にはミシン2台と美しくディスプレイされた糸巻き。もう少し見ていたかったが、今日はこの部屋に家じゅうの洋裁道具をまとめて整理しなければならない。我々は行動に移った。

 本棚の一角を占領する型紙たちをボックスファイルごと移動しまとめる。押入れに点在する布や毛糸を移動しまとめる。洋裁部屋の机や棚をチェックする。編み棒、ボタン、レースなどを発掘し、床に並べる。3畳の床は、ほどなく4分の3程度見えなくなった。

 ミシン3台をどうするか、トルソは、アイロンとアイロン台は。LINEも駆使しながら、てきぱきと行き先を決めていく。持ち帰る形見をキャリーバッグに詰め替え、ゴミを処分した。

 形見分けは2日間の予定だ。明日来る後続組のために型紙や布や小物を整理し直し、本日の作業は終了した。

 不思議な共同作業だった。10年以上会っていない人たちと、あうんの呼吸で作業を進めることができた。みんなA子さんのことが好きで、モノを見つけるたびに思い出話に花が咲いた。

 ご主人が淹れたコーヒーをいただきながら、持参したお菓子をモグモグと食す。

「若いころ、一緒にバックパッカーだったんです。世界中を旅してね。子供ができたあとは、なかなか行けなくなっちゃった」

 問わず語りにご主人がスマホをモニタにつなげる。大量のサムネイルが映り、若い女性の画像に変わった。ゆるく波打った黒髪。ヨーロッパ風の街角で大きなリュックを背負っている。若いころのA子さんだ!

 ロンドン、イタリア、スペイン、インド、スリランカ、パキスタン、ネパール……。

 いろんな国に、彼女がいた。現地の人と話し込んでいる写真が多かった。

ときには、なじみすぎて現地の人と間違われることもあったらしい。容貌こそ若かったが、私たちが知るA子さんだった。

「昔から、初対面でもすぐに仲良くなれるひとだったんだね」

 誰かがつぶやいた。

 そうだ。

 A子さんは昔からああだった。外国でも外国人が相手でも遠慮も物怖じもせず、好奇心の赴くまま突き進んでいたのだ。そんな時間が積もり積もって、私の時間とつながる。A子さんは私を元気にしようなんて思ってない。彼女と一緒にいる私が、勝手に元気になっていただけなのだ。

 形見として、布や型紙と一緒にミシンをもらった。海外の長期滞在時にお供した大切なミシンだ。そして、たくさん大事な何かを引き継いだ気がする。

 今や私が立派なオバちゃんである。すてきなオバちゃんになろう。洋裁を再開しよう。形見の布を服に変えることから始めよう。

≪終わり≫

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