バズりたい。でも燃えたくない。――タイムラインという焚き火の前で考えたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:小林 こば。(ライティング・ゼミ 名古屋コース )
夜、SNSのタイムラインを眺めていると、なぜか焚き火を思い出す。
僕はIT業界に身を置いて20年以上になる。
インターネットが「未来」だった頃から、この世界を見てきた。
いつしか掲示板が流行り、ブログが生まれ、SNSが当たり前になった。
技術は進化し続けているけれど、人が集まる構図は、驚くほど変わらない。
誰かの投稿が火種になる。最初は小さな炎だ。
人が集まり、言葉が重なり、やがて大きくなる。画面の中に、熱がこもる。
怖い、と思うと同時に、目が離せない。
勢いを感じる。どこかへ突き抜けていく力だ。
先日、同業のエンジニアとそんな話をした。
「炎上ってさ、なんで見ちゃうんだろうな」
「火ってさ、危ないけど、きれいだろう?」
と僕が言うと、彼はうなずいた。
「確かに。火は、遠くから見るときれいだな」
小さな焚き火は心地よいけれど、燃え広がればただの火事だ。
火に近づけば、やけどする。
ただ、たとえ火事であっても、安全な場所からだと美しく見えたりする。
僕は一度、友人の炎上を間近で見たことがある。
ある夜、彼の記事の一部が切り取られて拡散された。
その一行だけが、まるで彼の主張のすべてであるかのように広がっていった。
タイムラインには、次々とコメントが流れた。
「これはひどい」
「こういう考え方の人なんだ」
「前から思ってたけど、この人おかしいよね」
文脈を知らない人たちの言葉が、次々と流れていく。
やがて大手ニュースサイトが取り上げ、影響力のあるブロガーが煽るように紹介した。
火はあっという間に広がった。
僕のタイムラインは一気に騒がしくなった。
「確かに炎上しそうなタイトルではある。でも、悪意はないと思うけど」
友人のことを知る僕は、そう思った。
だが世間はそうは思わない。
言葉は文脈を失い、その言葉だけが独り歩きした。
ほんの一行。
冗談のつもりで書いたのかもしれない。
だが炎は燃え広がっていく。
火はしばらく消えなかった。
スマートフォンの画面には、通知の数字が増え続けていた。
僕はその様子を、少し離れた場所から見ていた。
不謹慎かもしれないが、怖さと同じくらい、ワクワクした。
巨大な力が動いている、高揚感があった。
得体の知れない力がうごめき、爆発しそうなエネルギーがあった。
そして同時に、その炎のそばに自分がいなくてよかったと、どこかで安堵していた。
「炎上、大変でしたね」
久しぶりに会った友人にそう言うと、彼は少し笑った。
「何がつらいって、炎上そのものよりさ」
ビールを一口飲んでから続けた。
「今まで友達だと思っていた人たちが、一緒になって批判してきたことだよ。ああ、誰も守ってくれないんだなって。悲しかった」
影響力のない僕には、ビールを飲みながら愚痴を聞くことしかできなかった。
「とにかく、人間不信になった」
彼はそう言って、また笑った。その笑いは、少し乾いていたように思う。
端から見ているだけなら、どこか遠い騒ぎのようでもある。
だが当事者にとっては、逃げ場がない。
タイムラインは、もはや焚き火ではなかった。
普段、僕が見ているタイムラインは、穏やかだ。
フォロワーたちの投稿は温かい。
焚き火のように、ぼんやり眺めることができる。
たとえどこかで炎上が起きていても、遠い出来事のように思える距離がある。
僕はこの距離が好きだ。
炎上は、できれば見たくない。もちろん、経験もしたくない。
たとえそれでお金が稼げても、有名になれたとしても、その方法は違う気がする。
「それでいいのか?」と先のエンジニアは言った。
「何が?」
「もっと強いことを言えば、フォロワーも増えるだろ」
僕は少し考える。
「伸びるだろうね。でも……」
「炎上は効率がいいぞ」と彼は笑った。
正直に言えば、僕だってバズりたい。たくさん読まれたい。
通知が止まらない夜を、一度くらい味わってみたい。
でも、燃えたくはない。
バズりたい気持ちと、炎上を避けたい気持ち。
その間には、思っているよりも深い溝がある。
一歩踏み出せば超えられそうだけれど、一度超えると元には戻れない気がする。
怖さにつつまれて、僕はまだ躊躇している。
書き上げた文章を眺めながら、僕はまた立ち止まる。
バズりたい。でも燃えたくはない。
今日もその迷いの中で、少しだけ弱い言葉を選んでいる。
火は今日もどこかで燃え広がっている。
僕はまだ、タイムラインという焚き火の前で、その距離を測り続けている。
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