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滝桜のある町


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:井上今朝(ライティング・ゼミ、2026年1月開講、通信、4ヶ月コース)

 

この時期になると思い出す風景がある。

雪を冠した滝桜。

樹齢1000年といわれ、四方に伸びるあまたの腕のような枝から滴る桜の花々が、見る人を包み込むように揺れている。

地面に根を張って、凛と立つその姿に、あのときは勇気をもらった。

 

福島県にある三春町。

梅と桃と桜が同時に咲く町に赴任してきたのは、その日の2年前だった。

伊達政宗に嫁いだお姫さまのお膝元で、こじんまりした町だけど品がある感じがした。

愛姫の育った三春城が、別名舞鶴城といわれていたことにちなみ、三角揚げという鶴を模した油揚が名物で、季節の味噌を乗せて出すお店があった。

隣町には「あぶくま」という美味しいお酒を醸す酒蔵があった。

私はその町が好きになった。

 

勤務先の病院は坂の途中にあった。三春は坂が多い。

専門医の研修期間の最後の2年間をそこで過ごすことになっていた。

三春町の病院は、公設民営といって、町立病院ではあるが、経営は三春町から車で20分ほどの都市にある親病院が行っていた。

医師5人ほどの小さな病院で、50歳半ばの院長と、40代の中堅医師、そして私を含めた専門医研修中の医師が3人。その他に非常勤の医師が何人かいた。

病院の規模が小さく、地元出身のスタッフが多いため、皆アットホームな雰囲気で働きやすかった。

 

その日は、専門医研修が修了する3月の初めだった。

もうすぐ研修が終わるんだなあと感慨深く、いつものように敷地内にある特別養護老人ホームへ回診に向かった。

広い食堂の隅で施設の看護師から、病状に変化のある入所者がいないか報告を聞いていたが、幸いその日は穏やかで、特に具合が悪い人もいなかった。

しかし、突然ゴゴゴゴゴ……と地鳴りがして、突き上げるような強い振動を足の下に感じた。それから振り落とされるような強い揺れがあり、立っていられずに思わずその場にしゃがみ込んだ。

私の記憶のある中で一番大きな地震で、建物が壊れるのではないかと思った。

食堂にいた、ふだんは賑やかな入所者たちは静まり返っている。

揺れはしばらく続き、いったんおさまった。その瞬間、看護師や職員がキビキビと入所者たちを避難口へ誘導し始めた。

「先生、病院の方は大丈夫ですか? こっちは大丈夫なので行ってきてください」といわれ、病院へ走った。

 

病院に戻ると、職員や患者さんたちがテレビを見ながら、「震度5だって。すごい地震だったね」と話しているものの、内部の被害はそれほどないようだった。

揺れは強かったけれど、坂の多い昔ながらの城下町は地盤が安定していた。

状況は一変したのは夕方だ。

親病院が被災し、建物の一部が崩落したという連絡が病院の事務に届いた。これから三春病院へ入院患者を移送してくるというのだ。しかし、地震で通信手段が立たれ、連絡を取り合っている途中から電話もつながらなくなった。

「手術中に地震がきて、手術終わったばかりの人がいるらしいよ」

「何人来るかもわからないんだって」

情報がない中、正面玄関の近くに職員が集まり、ホワイトボードの前でトリアージ(緊急度・重症度の高い患者の治療の優先順位を決定する)の準備をする。

私もみんなの輪の端に加わり、これからどうなるのだろうという不安な気持ちを抱えながら、自分の役割を果たさなければ、と気を引き締めていた。

皆、不安と緊張の入り混じった顔をしていた。

なかなかそれらしい車は現れない。

陽は沈み、玄関の外には雪が舞って光っていた。

暗がりの中にライトが見え、構内に入ってきたのは物流トラックだった。

救急車じゃないの? 

親病院の中にいた患者たちを輸送する手段に困り、隣接していた物流センターのトラックを急遽借り、車椅子や担架ごと運んできたのだった。

次から次へトラックから患者たちと職員が降りてきて、氏名、生年月日、病状の確認をすると、それぞれの場所へ移動していく。

入院できるベッドは限られており、床に敷かれたブルーシートもすぐに人でいっぱいになった。

普段の業務とは明らかに違うスピードで情報が行き交い、皆黙々と作業に徹し、手術後の人や入院したばかりの不安定な人の状態を確認していく。

気づいたら深夜になっていた。

余震で揺れる病院の中で空いている場所を見つけて横になった。いつ揺れが終わるんだろう……。寝たような、寝ていないような時間だった。

 

次の日には福島第一原子力発電所が爆発した。

原子力発電所の爆発が意味することは、当初よくわからなかったけど、「チェルノブイリ」「被爆」というニュースを聞きながら、漠然とした不安を感じた。

薬がなくなるという、病院に来られない患者さんのために、車を運転して薬を届けに行った。雨が降っていた。大気中の放射性物質が雨によって地面に落ちると聞いて、私はもう子どもを産めないのかも、とも思った(今は元気な息子が生まれているけど)。

 

先行きを不安に感じている中、患者や職員のためにお米を寄付してくれる人もいた。

病院の管理栄養士と栄養科の人たちはみんなが楽しめるように、毎日工夫して違った味のおにぎりを作ってくれていた。おかかとチーズ、梅干し、わかめ。私はおにぎりを楽しみに頑張っていた。

 

その後は原発避難区域から避難してきた人たちの受け入れや、今まで使っていなかった病院の手術室を使って、親病院の医師たちが手術をしたり、特殊な状況は続いた。

 

滝桜を見に行ったのは4月下旬だった。

「地震で枝の一部が折れたらしいですよ」

そんな話を聞きながら、季節外れの雪を枝に乗せて、満開の花を咲かせる三春の滝桜をみていた。

倒れることなく立っている。

こんなに日常が変わったのに、変わらずに美しくあるもの。

爛漫の桜に包まれた腕を広げて大丈夫だよ、と言っているように見えた。

今年ももうすぐ花が咲くだろう。

 

三春町立三春病院は今年3月末で休院するそうだ。

15年前、私があの病院のチームの一員として、戸惑いながらも共に頑張った日々のこと、忘れないでいたい。

 

≪終わり≫

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