メディアグランプリ

書くことの意味、楽しさ


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:井上今朝(ライティング・ゼミ、2026年1月開講、通信、4ヶ月コース)

 

この4ヶ月間の「書く」という作業は、古いアルバムをめくるような、昔読んだ本を読み返すような感覚だった。

 

仕事上、文書を書く機会はけっこうある。

働き始めたときに、医師の仕事って意外と書類仕事が多いんだよ、と先輩に言われたことがある。

地味だからテレビドラマなどで描かれることはないけど、毎日のように私の書類ボックスには、患者さんたちの保険会社に提出する診断書や介護保険の意見書、訪問看護指示書などが入っている。

今の職場には、クラークと呼ばれる、医療事務作業補助の人がいるから下書きを書いてくれていて、私は目を通して加筆修正すれば良いけど、小さな診療所に勤めていたときは自分でやっていた。

患者さんが退院して別な病院へ移るとき、専門的な治療のために紹介するときなどは、それまで自分が行ってきた診療を、次に診療する医師へ伝える義務があるから、診療情報提供書(いわゆる紹介状)を書く。

患者さんが退院するときには、入院経過をまとめた「サマリー」といわれる入退院要約を書いてカルテに残す。

書類の名前を並べるだけでも、なんだか漢字が多くてかたくるしい。

書く内容は、事実と自分の医師としての思考回路。

 

そして、もうひとつある。

専門医を取るため、維持するための、レポートだ。

日々の業務に必要な書類とちがって、自分が専門医であると認めてもらうための書類になる。

通常は、自分が診療した患者さんについて、症状と経過、どのように病気を診断して治療したのか、その結果がどうだったかを記載する。

そして、文献的な裏付け、というか、公表されているガイドラインや標準とされる診断・治療の方法に照らして、自分の診療がいかに適切であったのかを示さないといけない。

これも事実を述べて、客観的に自分の診療を医学的な側面から振り返って妥当性を検証するような内容だ。

 

でも、私の専門とする総合診療・家庭医療の領域では、この専門医の取得・更新において、ちょっと独特なレポートがある。

専門医取得には、現在、21領域から16領域の項目を選んでレポートを書くことが必要とされる。

その中に「長期的な全人的関係に基づくケア」という項目がある。

なんのことか、わかりにくい。

これは、長い間、継続して、ある患者さんと関わる中で、その人の新たな側面や変化に気づき、医師がケアに繋げることができる、という内容になる。

たぶん、他の専門領域にはないレポートだと思う。

他にもそういう項目がいくつかある。

 

「長期的な全人的関係に基づくケア」を端的に表した、私がとても好きな、オーストラリアの家庭医療の動画がある。

若い男性医師と、若い女性の患者が夫と一緒に診察室にいる。

“You have a baby. (妊娠していますよ)” 

そこから始まる、医師と患者の診察室での対話。

次の場面では、産後うつのように見える患者に対して

“You should keep talking what you are feeling. (あなたの感じていることを話して)”

と声をかける。そして、双子を妊娠。

“You have twins. (双子ですよ)”

次の瞬間には、小学生くらいに成長した可愛い双子の女の子たちと、お兄ちゃん、そして本人、夫が診察室に同席しており、

”You have nits. You all have nits. (みんな、毛ジラミがいますよ)” (え……!) 

少し年を取った容貌になり、医師と患者のみが診察室にいる。

“You have a breast cancer. (乳がんです)”

ショックを受けた様子で、しばらく黙っている女性。

次の場面では、髪をボブからショートにした女性が夫と座っている。

“You have excellent results.  (経過は良好です)”

ほっとした表情で夫と顔を見合わせる。

次の場面では、夫に対して繰り返し、

“You have to stop smoking. (タバコをやめなさい)” 

と話す医師。その次には、

“You have lost a great man. (大切な人を亡くしましたね)”

と医師に声をかけられて、涙ぐむ女性。

最後は、孫と思われる赤ちゃんを抱っこして、歳を重ねた女性が座っている。

息子夫妻も一緒だ。

”We have quite the journey ahead of us. (まだまだ先は長いですね)”

と笑い合って終わる。

この、たった2分間の動画に、医師と患者の長年にわたるジャーニーが凝縮されている。

もちろん、映らない場所でもっとたくさんのやりとりがあっただろう(フィクションだけど)。

そこには、戦友関係のような、お互いへの信頼がある。

 

患者さんと長い人生を共に生きていくとき、医師自身もその人生の一部になる。

医師は、さまざまな試練を患者さんと一緒に乗り越える中で、その人の人となりを理解し、どのような強みを活かせるのかを共に考えていく。

こういった内容をレポートにまとめるには、必然的に医師自身の内面や患者さんとの心理的なやりとりも書き込んでいく必要がある。

試験ではあるので、一定の理論に則って考察する必要はあり、継続的に患者さんを診療することが、どのような効果があると言われているのか、先人の研究結果などを調べて自身の実践を検討しないといけないのだけど。

 

この感情を含めたやり取りを記録することが、今回のライティングと似ていた。

私が選んだ内容がエッセイだったからかもしれない。

もしテーマを提示してもらっていたら、それについて考えたのかもしれないけれど、今回テーマはフリーだった。

一番最初の講義で、強い印象に残っていることを題材にしたら良いと思いますとアドバイスをもらった。

結果、私は自分の過去の出来事を題材にした。

後半はオンゴーイングで書くこともあったけど、初期の文章は自分の記憶の中にあったものたち。

書き出す中で引っ張り出されてくる、その時の感情や情景。

オンゴーイングであっても、文章にするときには過去になっている。

追体験しながら、私はこれまでの経験の意味をもう一度考え直すことができたように思う。

それが古いアルバムを見るような感覚になっていた気がする。

確かにこんなことがあったな。

記憶に埋もれているわけではなくて、誰かと話をすれば話題に上がること。

だけど、文章を書くという行為によって、自分の中で、その経験に改めて意味を見出すことができる。

昔読んだ本を読み返すと、当時気づかなかったものが見えることがある。

はじめに読んだときと、歳を重ねた今と、同じ本を読んでいるのに、見えるものが違う。

そういう感覚だった。

それは楽しい時間だった。

 

参加したとき、本当は、仕事で出会った人たちのことを、なんらかの形で残しておきたい気持ちがあった。

でもどう書いていいか、わからなかった。

今度は物語という形で書けたらいいな。

一緒に学んだ人たちの文章を読むのは毎回楽しみで刺激的だった。

また、学びに来てみたい。

 

≪終わり≫

 

 

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