2023年の夏に卒業したこと《週刊READING LIFE:テーマ:「たぶん、あれが最後だった。」で始まる文章》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
たぶん、あれが最後だった。
「だから自分は駄目なんだ。もっと頑張らなければ」と、呪文のように自分に言い聞かせるのは。
それまでの私は、上手くいかないことがあると「だってしょうがないじゃない。自分には才能も運もないのだから」と、諦めていた。今では自分はどう在りたいのか、そのために自分に足りないことは何か、理想の自分に近づくためにできることは何かを考えて行動するようになった。
自分責めを卒業するきっかけをくれたのは、弓道だった。
「趣味はなに?」と聞かれると、弓道と答えている。高校の部活で始め、社会人になって再開し、通算20年程続けている。20年もやっていればさぞかし上手いだろうと思われるかもしれないが、まぁなんとも言えないところではある。それでも続けているのは、好きだからだ。
弓道が好きな理由は「単純であり複雑」だからだ。どういうことだ、と思われるかもしれない。
弓道にはいくつか流派があり、矢を離すまでの行程や型にいくつか違いはあるものの、動作としては同じだ。
左手に弓を、右手に矢を持ち、体半身ほど足を開き下半身を安定させた後、矢をつがえる。弓の中腹あたりにある握る部分を左の手のひらで包み込み、右手に付けたカケと呼ばれる手袋の親指の付け根にあるひっかかりに弦をかける。両肩を回転させるようにしながら腕を上げ、そして肩甲骨の動きを意識しながら矢が頬につくまで引き分ける。矢が頬についた後も両方の肩甲骨を近づける動きを止めないようにしながら、矢を離す。
最初のうちは下半身がぶれたり、弓の強さに負けて頬まで引くことができなかったりするが、ある程度稽古をすれば引けるようになる。
点数制の試合であれば、的のどこに矢が当たったかが重要になるが、基本的には的に当たれば「当たり」、外れれば「外れ」となり、当たりの本数で競うため、的の中心でなくてもよいとなっている。的のどこかに当たればいいのであれば、動作も単純だし、そう難しくないと思われるかもしれないが、必ずしもそうとは言えない。
矢を頬につけて狙いを定めるが、アーチェリーのような照準器があるわけではなく、教本に「狙いとは」と書かれているものの抽象的な表現で、理解するのは難しい。まさに体で覚えるしかない。
それこそ何十年も弓道をして、先生と呼ばれる人達でも、「毎日弓を引いていても、毎日違うんだよなぁ。同じことをしているはずなのに、昨日は当たったのに、今日は当たらないんだよなぁ」とぼやいているのを聞くと、単調な動きではあるものの、だからといって簡単ではない弓道の奥深さを感じる。ベテランがそうなのだから、毎日稽古することは叶わず、色々なことに興味を持って週末を忙しく過ごす私の練習量はさほど多くなく、自分の理想とする弓の引き方ができないのがデフォルトだ。
だからこそ面白いのだ。バンバン当てることができたら気分はよいが、当たることが当たり前になってしまったら、飽きがくる。
この前はできたのに、今日は思うように体が動かない。そんなときは「この前と今日は何が違うのだろう」「この前はスムーズに体が動いたのに、今日はなぜ無駄に力が入ってしまうだろう」と、一射打つたびに考える。弓と向かい合う時間が多ければ多いほど、仕事のこと、プライベートのこと、日々の悩みから意識が離れ、没頭することができる。納得のいく一射をすることができなくても、好きな弓道ができたことや、弓の世界に没頭できたことに深い満足感を覚えながら稽古を終えることができる。
大人の弓道は、学生弓道のように当たることが求められる世界ではいため、自分のペースでできるところが良いところだ。ただ、そうも言っていられないイベントがある。段級審査だ。剣道のように弓道にも段級審査があり、段位に応じた所作や的中数の条件を満たすと、段が与えられるようになっている。
私は高校生のときに初段まで取得していたので、大人になって二段に挑戦した。二段は難なく一発合格した。三段は一発合格とはいかなかったが、そこまで苦労せずに取ることができた。
問題は四段だった。何度も、そして何年かかっても、なかなか受からなかった。
段級審査で射ることができるのは2本。そして四段は原則2本当てることが求められていた。以前の私だったら2本当てることができたかもしれないが、力任せに当てる学生時代からの癖をなくすために射形を変えたこともあり、的中率は落ちていた。
高校生の頃は当たるだけで嬉しかったし、当てなければ選手に選ばれず、試合に出場することができなかった。教本に弓道への心得が書かれていたが、高校生の時はそれよりも当てることが優先だった。例え癖があったとしても、当たればそれで良かったし、そもそも当たるのだから自分の射は良いのだと思っていた。
大人になって再開し、教本を読んだり弓道仲間と話す中で、自分は力任せな射形であることに気がついた。今は大会に出ることや的中率を上げるために弓道をしているのではないのだから、弓道で求められる基本の姿勢を一から学び直し、弓の力と体の力を正確に使う弓道をしたいと思った。「的中率は落ちるよ」と師匠に言われたが、気にせず「お願いします」と告げた。
最初のうちは的中率が悪くてもさほど気にならなかった。自分よりも後から弓道を始めた人に追い越されても、「自分で選んだことだから」と納得していた。
そう、納得していたつもりだった。でも気がつけば全く当たらない自分に、自信が持てなくなっていた。
「どうせ当たらない」「自分は駄目なんだ」という気持ち。そして当たりから離れることで、周囲から「最近どうしたの?」「前はよく当たっていたのにね」と言われる度に、自信がなくなっていった。
弓道のセンスがある同年代の友人の存在も影響した。「あのこは天才肌だけど、あなたは努力派だね」
的中が良くなかろうと構わずコツコツ稽古する私のことを、褒めて言ってくれたのかもしれないが、当時の私は「あなたには弓道のセンスがない」と言われたようで、悔しかった。
そんな私のことを気に掛けてくれる人もいた。
「弓道は誰かと競うものじゃない。自分と向き合うもの。だから周りで色々言う人の言葉を気にせず、あなたの弓道を求めなさい。審査は受け続けていたら、いつか受かるものだから」
稽古のときは「できていない!」とたくさんの指摘をする師匠は、審査の前になると「ここができるようになった」とできていることだけを言って送り出してくれた。
何度挑戦しても審査に受からない私のことを見捨てずにいてくれる人達の存在は有り難かった。
当初は闇雲に審査を受けていたが、回数を重ねる中で、師匠から指摘されることや自分の癖を書き出し、自分の審査の番が来る直前まで何度も読み返した。
審査は静かな中、5人の審査員(高段者で周囲から「先生」と呼ばれる人達だ)の前でするため、緊張し、息が上がる。「緊張したときに呼吸を整える方法」と言われる呼吸法を試してみたが、更に心臓がバクバクするため、あえて呼吸を意識しないことにした。
「当てなければいけない」という緊張感が体をこわばらせ、力任せに矢を離す昔からの癖が出ることを学んでからは、当てる意識を捨て、矢を離す直前まで左手の親指を的に向けて伸ばすことで、矢が真っ直ぐ的に向かうことを意識した。
何度挑戦したか自分でも分からなくなる中、2023年8月に行なわれた審査に挑むことになった。
いつものように気をつけるポイントを、審査直前まで読み返した。自分の番になり、はやる鼓動を「審査なのだから緊張して当たり前。いつものこと」と特別扱いせず、一つ一つの所作を丁寧に行なった。
矢をつがえた弓を両手で持ち上げ、スルスルと引いた。矢が頬についたとき、視線の先にある的に意識を向けるのではなく、左手の親指をひたすら的に向かって押すことを意識しながら矢を離した。
矢が的に吸い込まれるよう飛んでいき、タンッと当たった。
1本当たったからといって、気を抜くことはできない。2本目の矢を弓につがえ、1本目のときと同様に、丁寧な所作を心掛け、そして矢を離す時は左手の親指に集中した。
2本目も危なげなく、的に当たった。
完璧とは言い難かったが、静寂の中、自分と向き合うことで場に飲まれず、今の自分ができる最大限のことをできたことが嬉しかった。
結果、私は四段に昇段することができた。嬉しくて嬉しくて、すぐに師匠に連絡した。
一生受からないんじゃないかと思うときもあったが、諦めずに挑戦したこと。
できない自分を責めるのではなく、「なぜできないのか」を考え、「どうすればよいか」という自分なりの対策方法を導き出したこと。
「頑張ればなんとかなる」と精神論で片付けるのではなく、ましてや闇雲に行動するのではなく、自分の弱いところを直視する勇気を持って解決方法を考え、そして自分の考えにブレずに行動することで、道は切り開けるということを弓道が教えてくれた。
四段に合格してから、そろそろ3年が経とうとしている。
当時と比べるとライフスタイルの変化や引っ越しなどで環境が変わったが、弓道は続けている。今だに学生時代からの癖が出て、力任せになってしまうこともあるし、さほど的中率がよい訳ではない。
それでもやっぱり楽しい。
引っ越しに伴い、以前通っていた道場に通えなくなったため師匠と離れてしまったが、今通っている道場にも指導者はいて、色々教えてもらえる。
直そうと思っていることに対して「できていない」と指摘されると、気持ちはへこむが、それでも自分を責めることはない。ましてや「自分には弓道のセンスがない」と落ち込むこともない。「もっと頑張って、うまくなりたい!」と思うことはあっても、「もっと頑張らなきゃ」と焦ることはない。
なぜなら2023年の夏に、「だから自分は駄目なんだ。もっと頑張らなければ」という思いから、卒業したからだ。
❏ライタープロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。東京都在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。
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