ゼミ

かぐや姫が月に帰らなかった日《週刊READING LIFE Vol.374「月見」》


 

 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:藤原 宏輝(READING LIFE編LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

「私たち、七夕婚がしたいんです」

そんな依頼が続いたのは、令和七年の年明けから春の頃だった。

七夕。

一年に一度、織姫と彦星が天の川を渡って会える日。

令和7年7月7日。

その年は、七夕婚を希望するお客様が何組もいらっしゃった。  

6月ジューンブライドで結婚式を挙げて、七夕入籍希望のご新郎・ご新婦様。

七夕入籍をしてから、秋に結婚式予定のご新郎・ご新婦様。

様々なパターンがあったが、それぞれが思うところは‘お互いに記憶に残る、一生忘れない日’ということ。

なるほど、結婚の日としては、たしかに忘れにくい。  

 

私はこれまで、数え切れないほどのご新郎・ご新婦様と出会い、結婚式をつくってきた。

その中で、結婚する日を大切にする人たちは決して少なくなかった。  

「節分明けがいいんです」

「できれば、節分前に」

「3月3日ひな祭りに入籍したい」

「桜が満開になる頃がいい」

「ゴールデンウィークの、5月5日こどもの日に」

「私たち2人は海で出会ったから、海の日がいいんです」

「山の日にしてください。私たち、登山が趣味なんです」  

バレンタインデー、ホワイトデー、クリスマス。

誕生日や出会った日など、二人だけにしか分からない特別な日。  

結婚式の日と入籍の日を同じにする人もいれば、あえて別の日にして、それぞれに意味を持たせる人もいる。

 

そして、ひとつのことに気づく。  

ご新郎・ご新婦様は、結婚する日を単なる「日付」として選んでいるわけではない。

きっと「一生忘れない日にしたい」のだ。

その日を思い出せば、結婚した日のことまで鮮やかに思い出せる。

そういう、記憶の目印を、人生の中につくりたいのだと思う。  

 

そんな中ある日、こんな相談を受けた。  

「私たち、秋に結婚式をしたいんです」

少し間を置いて、ご新婦様が言った。  

「お月見婚にしたいんです」  

 

七夕婚なら、何度も聞いたことがある。

海の日婚も、山の日婚も分かる。

けれど、お月見婚。  

そう言われたとき、私は一瞬、聞き返した。  

「お月見婚? ですか」

「はい。私たちの記憶に残る結婚式にしたいのは、もちろんなのですが、来てくださった方々の思い出にも残る結婚式にしたくて」  

ご新婦様は、少し恥ずかしそうに笑った。隣に座っていたご新郎様は、

「僕は月見って柄じゃないんですけどね。もっぱら月見バーガーとか、月見つくねとか、食に走るタイプです」そう言って笑った。  

「でも、夕方からの挙式しか予約が取れないとわかった時点で、彼女がずっと前からお月さまが好きだっていうから、じゃあそれを結婚式にしようってなったんです」  

私は、お二人の顔を見た。  

 

ご新婦様は、子どもの頃から月が好きだったという。

習い事の帰り道、日が暮れて辺りが暗くなった道を歩いていると、空から月が照らしてくれる。  

「お月さまって、子どもの頃からなんだか好きで。きっと、お稽古の帰り道とかに暗い夜道を明るく照らしてくれていたから、安心だったんだと思います」  

そう話してから、ご新婦様はもうひとつ、月の思い出を教えてくれた。  

おばあちゃんが、よく言っていたそうだ。

「お月さまには、うさぎさんがいて餅つきしてるんだよ」って。 

そして、何度も読んでくれたのが『かぐや姫』の絵本だったのだ。

絵本を読み終わると「人間はね、最後はお月さまに帰るんだよ」決まって、おばあちゃんはこう言ったという。  

幼いご新婦様は、それを本当だと思っていた。

人はいつか月に帰る。おばあちゃんがそう言うのだから、きっとそうなのだと。  

 

けれど、その大好きなおばあちゃんは、もういない。

ご新婦様は、今でも夜空を見上げると、

「おばあちゃんは、月に帰ったのかな? そして今も、私のことを見てくれているのかな」と、ときどき思い出し、不思議と安心するらしかった。

子どもの頃、暗い夜道を照らしてくれた月。

そして今、大人になったご新婦様の心を照らしてくれる月。

月は、ずっとご新婦様のそばにあったのだ。  

 

そこで、私たちは結婚式のテーマを決めた。  

「かぐや姫のお月見婚」  

演出案として、挙式前にゲストの皆様にご披露宴会場へ一旦入っていただき、ご新郎様を中心とした余興として『かぐや姫』のストーリーを楽しんでいただくアイデアが上がった。

ご新婦様は美しい色打掛、ご新郎様はブルー系の紋付袴。

余興が終わったあと、隣接する神社へご移動いただき、ご新婦様には白無垢にお羽織替えをして頂き、厳かな神前挙式を執り行う。

そしてその後、再び披露宴会場へ戻っていただく——というものだ。  

しかし、プランナーからのこの提案を聞いた瞬間、私は待ったをかけた。  

「ご披露宴会場へ一度入り、また出かけて‘戻る’というのは、ブライダルにおいて縁起が良くない」  

そこで、会場マネージャーへ「別の部屋を使えないか」と相談に赴いた。

だが、返ってきたのは渋い顔だった。  

「披露宴会場を出たり入ったりするのも、確かに縁起が良くないですが、別の部屋を使うとなると追加料金が発生しますし……。そもそも、そこまでのストーリー性が本当に必要ですか?」  

怪訝そうな反応。

当社がお客様の‘夢をかたちに’しようとすると、こういった壁には何度もぶつかってきた。

会場側としては、いつも通りのオペレーションでスムーズに進行したいのだ。

だが、お客様の思いを形にするのがプロデュースの使命である。ここで引くわけにはいかない。  

私と担当プランナーは諦めず、支配人へ直接交渉を行った。

お二人の「お月見婚」にかけるストーリー、そしておばあちゃんとの思い出の意味を粘り強く伝え、最終的に別の控え室を使用する許可を勝ち取ることができた。  

 

そして、お月見婚当日の午後の会場は、貸切に近い状態となった。

館内のあちこちに、さりげなく月とうさぎを忍ばせる。

けれど、ただの可愛い装飾にするのではない。

そこには、ご新婦様とおばあちゃんの確かな思い出がある。

結婚式という一日は、お二人の未来だけを飾るものではない。これまでお二人を育ててくれた人たちとの時間も、一緒に未来へ連れていく日なのだ。  

受付けを済ませたゲストが1人、またひとりと大きなお部屋へ通されていく。

全員が着席し、定刻となった。  

静かに流れ始めたナレーションは『かぐや姫』の物語。

 

月からやってきた美しいかぐや姫を一目見ようと、男たちが集まってくる。  

そう、ご新郎様の友人たちの登場だ。  

「僕と結婚してください!」

「いや、僕のほうが幸せにできます!」

「僕なら毎日、月を見せます!」  

会場にドッと笑い声が広がる。

ところが、かぐや姫役のご新婦様は「ごめんなさい」「ごめんなさい」と次々に断っていく。見事なまでに、次々とフラれていく友人たち。  

 

さらに、一人の男性が静かに登場した。

ブルーの艶やかな紋付袴姿の、凛々しいご新郎様だ。  

さっきまでの賑やかさが嘘のように、会場がすっと静まる。

ご新郎様はかぐや姫の前まで歩みを進め、まっすぐに見つめた。  

「かぐや姫は、最後には月へ帰ってしまいました」  

ナレーションが流れた。

 

ご新婦様は、黙ってご新郎様を見つめている。  

「でもあなたは、月に帰らなくていい。どうか帰らずに、これからは僕と一緒にこの地球で生きてください。僕が、あなたの帰る場所になります」  

それは、温かなプロポーズだった。

大きな拍手が沸き起こり、ご新婦様は笑いながら、静かに涙をこぼしていた。  

ご新婦様へのサプライズ! プロポーズをしていなかったご新郎様は、この場で初めて素直に気持ちを伝えた。

 

かぐや姫の物語では、愛する人を残して月へ帰ってしまう。

けれど、この物語は違う。

お二人はこれから、同じ場所で生きていくのだ。  

その後、お隣の神社へ移動し、神前挙式が厳かに執り行われた。

 

この日から、お二人は新しい家族になった。ご新婦様の心の中には、ずっとおばあちゃんがいる。  

「人間はね、最後はお月さまに帰るんだよ」  

そう教えてくれたおばあちゃんは、今日もきっと、空のどこかから見守ってくれている。

 

挙式後あらためて、皆様はご披露宴会場に移動した。

月は、満ちる日もあれば、欠ける日もある。

雲に隠れて見えない日だってある。

けれど、見えなくても、月はそこにある。  

人も同じのかもしれない。

毎日が満月のように幸せでなくてもいい。夫婦だって、いつも仲良しでいられない日もある。

うまくいかない日があっても、少しすれ違う日があっても、また同じ月を見上げることができればいい。  

 

結婚とは、完成することではない。

二人で、満ちたり欠けたりしながら、生きていくことなのだ。  

日本には、昔から「月見」という文化がある。

中秋の名月を眺め、ススキを飾り、月見団子や秋の収穫物を供えて季節を感じる。  

お月さまを見る。ただ、それだけ。

そのことの中に、自然への感謝や、家族の健康、これからも穏やかに暮らせますように。

という、祈りが込められてきた。  

 

結婚式も、どこか似ている。

お二人の未来を祝うだけでなく、今まで支えてくれた人に「ありがとう」を伝え、これからもよろしくお願いしますと頭を下げる。

そして、新しい家族が生まれる瞬間をみんなで見届ける。  

そう「月見」と「結婚式」は、とても相性がいい。  

 

もちろん今では、「月見」といえば、ご新郎様が嬉しそうに話してくれた月見バーガーや月見つくねなど、様々な「月見シリーズ」を味わう季節でもある。それもまた、現代の日本の豊かな秋の風景だ。  

その言葉のずっと奥には、「月を見上げる」という日本人が昔から大切にしてきた時間が流れている。  

忙しい毎日の中で、ほんの少し空を見上げる。

家族を思い、大切な人を思い「今年も無事にここまで来られた」と感謝する。

そんな愛おしい時間こそが、月見の本質だと感じる

 

おひらきになり、ゲストのお帰りのプチギフトも、もちろん‘お月見’のお菓子にした。

とことん、こだわった‘お月見婚’そして、窓の外はすっかり暗くなっていた。

夜空に浮かぶ月をお二人で見上げながら、

「おばあちゃん、見てくれてる?」とご新婦様は心の中で語りかけていたのだろう。  

お二人の後ろには温かな家族がいて、これからまた、新しい家族の物語が始まっていく。   

 

私は25年以上もの間、結婚式という場所でたくさんの「幸せ」を見てきた。

けれどこの日、改めて思ったのだ。  

結婚式とは、単に幸せな一日をつくる仕事ではない。

その人が大切にしてきた人や記憶を、過去から受け取り、未来へとつないでいく一日をつくる仕事なのだと。  

おばあちゃんからもらった「月」の記憶。

子どもの頃の夜道を照らしてくれた月。

『かぐや姫』の絵本。

 

そして、大切な人とこれから生きていくという約束。

それらが一つに重なり合って、美しい「お月見婚」になった。  

 

だから、今年の秋。

ぜひッ!

月見バーガーを食べたあとでも、月見団子を味わいながらでもいい。

ふと、空を見上げてみてほしい。  

そこに月があったなら、今日まで歩んできた自分自身に「今年も無事にここまで来たね」と声をかけてあげてほしい。

発想を変えて、隣に大切な人がいるのなら、「来年も一緒に見ようね」と笑いかけてほしい。  

月の向こう側から、あなたを愛してくれた誰かが、今も静かに見守ってくれているのだから

今ここにいる幸せを感じ、これからの人生を願うこと。

 

それもまた、日本人が昔から大切にしてきた「月見」なのだと思う。_

 

 

【終わり】

 

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年以上携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。思い立ったら世界中どこまでも行き、知らない事はどんどん知ってみたい。好奇心旺盛で、即行動をする。

何があっても、今を全力で生きる。切り替えが早く、とにかく前向き。

これまでのブライダル業務の経験を活かして、次の世代に、未来に何を繋げていけるのか? 

といつも模索しています。2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

 

 

 

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