真冬のベルリンで貧困を体験した話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:倉谷桃子(ライティング特講)
今から10年ほど前、ワーキングホリデーでドイツのベルリンに滞在していた。なんとか雇ってもらった日本食レストランである日人員削減が行われ、私は突然職を失った。当時の私の語学力で雇ってもらえそうなのは日本食系の飲食店ぐらいだったが、そのほとんどが長期で働ける人を求めていた。既に残りの滞在可能な期間は半年を切っており、再度職にありつくのは困難だった。こうして私は真冬のベルリンで無収入となった。
帰国をすれば良かったじゃないかという声が聞こえてきそうだが、無職になる少し前に現地の障害者施設でボランティアスタッフとして採用をしてもらえたばかりだった。現地の施設で働くという事はずっと私がやりたかったことだった。ここで安易に帰国をするわけにはいかない。私は無収入ながらもしばらく耐え忍ぶ生活をすることを選んだ。
幸いベルリンはドイツ国内でも物価が安い地域だった。パン・パスタ・野菜・チーズ・ハムなど最低限の食材で食いつなぐ程度のことはできた。少しお菓子やビールも買うこともできた。むしろ限られた予算内での食事をどうするかが、切り詰めた生活の中での唯一の楽しみになっていた。虚しさを埋めるためにネットを見ながら、お菓子やビールで心を満たしていた。ボランティア先で利用者さんに提供した食事の余りをもらえることもあった。平静を装っていたが、心の中では常に余った食事にありつくことばかりを考えていた。当時は家賃が安くて日当たりが悪いボロボロのアパートで暮らしていた。暖房器具は小さな薪ストーブだけ。当然自分で薪や燃料を購入しなければならない。少し遠方のホームセンターまで薪を買いに行っていた。帰り道にバスに乗るお金が惜しく、重い薪を抱えて限界になるまで真冬のベルリンを歩いた。クリスマスシーズンで華やかな街並みを歩く人達と自分の惨めさのコントラストが激しかった。薪を節約するために、日中は暖房が効いた近所の図書館で朝から晩まで過ごした。アパートのランドリーには乾燥機がないので、濡れた洗濯物を抱えてボロボロの自転車をこいで遠方のコインランドリーまで乾燥機をかけに行った。そんな生活を送りながら、頭の中は常にお金の計算で回っていた。全神経かけて1セントたりとも逃すまいと目を光らせていた。
そして私はこの状況で唯一お金を稼げる方法を思いつく。ヨーロッパでは、デポジットといって缶・瓶をリサイクルする仕組みがある。中には缶・瓶を投入した分だけ、現金がその場で返ってくる機械もあった。ある日、私は道端に捨てられているビールの瓶を拾ってデポジットマシンに入れた。食べ物を買う足しになる程のまとまった小銭が返ってきた瞬間、思わぬ収入に心が躍った。
次の日から私は道端に放置されている瓶や缶を拾って生活費の足しにすることを始めた。言っておくが決して気分の良いものではない。あくまで普通を装いながらこっそりと拾う瞬間、後ろめたさや周囲の目がすごく気になった。なぜ人目を気にするのか。不審者と思われたくないからだ。そこら辺を歩いている浮浪者と一緒にされたら終わりだ。いや、待てよ。私と彼らの何が違うのだろうか。私のやっていることは彼らの振る舞いとほとんど同じじゃないか。
その瞬間私は突然悟った。自分が貧困状態にズブズブと沈み込んでいたことに。お金のこと、食べ物のこと、寒さをしのぐこと、目先のことしか考えられなくなっていた。こういう私を見て「行動力が足りない」と批判する人もいるだろう。そう言われても仕方ないかもしれない。ただ、体験したことがある人には分かると思うが、信じられないくらい本当に何も考えられなくなるのだ。これこそが貧困の恐ろしさだと思う。自分がこんな生活をしているなんて恥ずかしくて誰にも言えず、自尊心が損なわれていった。何で相談してくれなかったんだと後から状況を知った友達から言われた。当時の私は自己肯定感が低く人間関係の構築が上手くできなかったのだ。そのくせプライドが高く、自分の恥ずべき部分を開示することができなかった。孤立が深まれば深まるほど、底なし沼のように貧困に沈んでますます抜け出せなくなっていった。
負の連鎖はある日突然止まった。いよいよ生活が困難になってきたため参加していたボランティアも辞めようと施設の代表に相談したら、なんと短期間にも関わらず私を特例で有償の職員として採用してくれたのだ。まとまった給料が振り込まれて心底ホッとしたのを覚えている。貧困の負の連鎖を唯一食い止めることができるもの、それは人の繋がりだった。振り返れば、当時の私があの生活に耐えることができたのもボランティアでの繋がりのおかげだった。私の存在を承認して必要としてくれる人達がいたからこそ、次の日も生きようと思えた。必死に報いようとしていた私の姿を見てくれていたからこそ、彼らは私を有償で雇ってくれたのだ。人の繋がりが目に見えないネットワークになって、私のギリギリな状態を食い止めてくれた。
私は異国の地で貧困に陥る恐ろしさを身を以て知った。貧困は知らず知らずのうちに身体を蝕む病魔のようなものだ。初めは些細なところから始まり、大したことないと気丈にふるまう。平気なフリをして誰にも相談せずにいるうちに、しまいには手遅れになる。自分がそうなるなんて微塵も思わなかった。これを読んでいるあなたにとっても他人事ではない。万国共通、誰もが当事者になり得るのだ。同時にそれをどうやって食い止めるのかも学んだ。最後は結局人の繋がりだ。窮地にいるあなたの心の支えになる最強のワクチンだと思う。
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