涙の卒業式《週刊READING LIFE vol.376「心中」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:藤原 宏輝(READING LIFE編LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「もう、あんたの会社はどないなっとん! 社長、おるん!?」
数年前の、ちょうど夏の終わりが近づいた頃のことだった。
会社に、一本の電話が入った。
私はあいにく出先におり、チーフが対応したのだが、受話器越しに聞こえてくる声は、最初から尋常ではない緊迫感を帯びていたという。
耳慣れない強い訛り。のちに分かったのだが、それは四国の阿波弁だった。その激しい怒声が、受話器を突き抜けてオフィス内に響き渡った。
チーフが何事かと驚き、穏やかに事情を聞こうとなだめても
「とにかく社長を出せ!」
の一点張りで話にならない。チーフが
「携帯電話の番号をお伝えしますので、折り返させましょうか」
と伝えると、相手のボルテージはさらに跳ね上がった。
「こっちは客だ! そっちから電話してくるのがスジとちゃうんか!」
方言全開の怒号に押されながらも、チーフは素早く状況を把握し、すぐさま私の携帯へと連絡を入れてきた。報告を受けた私は、出先で一瞬立ち止まり、手元のメモに書かれた電話番号を見つめた。市外局番から調べると、どうやら徳島県からの着信のようだった。
ただならぬ雰囲気を感じつつ、私はすぐにその番号へ折り返しの電話を入れた。
「不在にしており、誠に申し訳ございませんでした。代表の者でございます。この度は……」
挨拶もそこそこに、受話器の向こうから一気に言葉の嵐が押し寄せてきた。
「うちの娘からLINEがきてよ、突然やし、滅多に連絡もよこさんから、珍しいなあ思って見てみたらな!」
お母様の怒りと困惑が混ざり合った方言は、止まることを知らなかった。
「役所に婚姻届出しに彼氏と二人で行って、役所の人に撮ってもらったんだか知らんけど、ピースして婚姻届持って写真に写っとってな! 『結婚しました。披露宴、一応こっちでやるからよろしく』って書いてあるんよ! 式の日にちは12月24日って! そんな年末の忙しい時に、親戚も頼まんといかんけん、すぐ何べんも電話したんやけど、全く繋がらん! そんで夜遅くに『ここに連絡して詳しいことは聞いて』って、あんたの会社の名前とあんたの名前が送られてきたんよ! どういうことなん、これ!?」
凄まじい勢いだった。私は思わず呆気に取られ、しばらく口を開くことができなかった。というよりは、お話しなさっている途中で下手に口を挟もうものなら、次に何を言われるか分からない恐ろしさがあった。
お母様のご主張はひとつ。
「とにかく、事情をきちんと説明しろ」ということだった。
「お母様、大変驚かれたことと存じます。お嬢様の担当スタッフにもすぐに確認いたします。取り急ぎ、一度会社に戻りましてから、状況を整理した上で改めましてご連絡を入れさせていただきます」
私は慎重に、かつ丁寧にお伝えし、受話器を置いた。受話器を握っていた手が、じんわりと汗ばんでいた。
会社に戻った私は、すぐさまチーフ、そして担当の若手プランナーを集めて緊急ミーティングを開いた。
顧客データベースを確認すると、確かに12月24日クリスマスイブの挙式・披露宴でお申し込みをいただいているお客様が存在した。打ち合わせはお盆過ぎから始まっており、時期としてはやや急ぎめではあるものの、ご両家のご家族と少しのご親族、親しいご友人を中心に、約40名規模の温かな披露宴を計画している最中だった。
「アンケートは、ご両親への報告は『済み』になっている?」
私が尋ねると、担当プランナーは申し訳なさそうに身を縮めた。
「はい。初めてご来店いただいた際のヒアリングシートでも『両家に報告済み』とチェックが入っておりましたし、お話の中でも「済んでます」とおっしゃっていたので、てっきりご了解を得ているものとばかり……」
みんな、深いため息をついた。
私はブライダルプロデュースの仕事に25年以上携わってきたが、どれほど時代の価値観が変わろうとも、絶対に大切にし続けているポリシーがある。それは、「ご両家のご両親様、あるいはご家族様のご理解と了承」が不可欠であるということだ。
結婚式は、二人だけのイベントではなく、人と人、家と家が結びつく大切な人生の節目なのだから。
しかし、最近の世の中を見渡してみるとどうだろうか。
スポーツ選手や芸能人が、SNS上で「私たち結婚しました」と直筆の文章や連名で報告する姿が当たり前になっている。だが、一般の若い人たちがその表面上のスタイルだけを鵜呑みにし、自分の親に対しても同じようなノリで済ませてしまうのは、あまりにも暴論ではないだろうか。
有名人の方々がSNSで報告するのは、あくまで「世間やファンに向けて」である。ご自身の両親や家族には、当然のことながら真っ先に直接報告し、承諾を得ているはずなのだ。
それなのに、なぜそこを履き違えてしまうのだろうか。
確かにほぼ多くは、交際が始まり、一緒に住む(あるいはどちらかの家に転がり込む)、結婚を意識し始める、二人の記念日に入籍する、その後に披露宴を申し込んで打ち合わせを進める……、という流れを辿る。
有名なペアスケート選手のように、婚約期間をじっくりと慈しみ、順序を踏んでいくような思考は、いつの間にか吹き飛んでしまっているのが現状だ。
私は思う。結婚や入籍において最も重要なのは、まさにその‘婚約期間’なのだと。お互いの家族を引き合わせ、育ってきた環境を尊重し合い、親の想いを受け止めながら未来を築いていく。そのプロセスこそが、新しい家族になるための助走期間のようなもの。
状況をすべて把握した私は、再び徳島のお母様へ電話を入れた。受話器越しに、お母様の溢れんばかりの困惑と悲しみが伝わってくる。
「結婚式より先に一緒に住むなんてとんでもない! 子供でも出来たらどうするん!?」
電話の向こうで、ものすごい剣幕の言葉が飛んでくる。私に怒鳴られてもどうしようもない事ではあるのだが、お母様の仰っていることは、親として至極真っ当であったし、お母様は怒りの矛先を、私に向けるしかなかったのだろう。
完全に昭和の価値観のなかで、娘を大切に育ててこられた、そんなお母様だった。手元でペンを走らせながらお母様の悲鳴のような叫びを聞いていた私は、おめでたいはずなのに辛く悲しい気持ちになり、思わず言葉が口から溢れ出ていた。
「お母様。心中お察し申し上げます」
怒り散らしていたお母様の声が、一瞬だけ詰まった。
大切な娘が、親の預かり知らぬところで勝手に入籍し、勝手に式を決め、LINEで報告を済ませてきた。その衝撃と落胆、寂しさは、いくら言葉を尽くしても足りないほどのものだったろう。
私はお母様に丁寧にお伝えした。
「まずは、お嬢様と直接お話しいただくのが一番かと存じます。私どもも、お嬢様には『必ずご両親とお話ししてください』と着信を残しましたので」
電話を切った後、私は静かに目をつむった。新しく始まるはずの祝福の門出が、すでに大きなスレ違いという影を落としていた。
それから1ヶ月ほどが経った、秋の始まりの訪れを感じるある日のことだった。
オフィスの玄関が開き、年配のご夫婦が姿を現した。事前のご予約はなく、突然のご来訪。それは、徳島からわざわざ足を運ばれた、ご新婦ご両親様だった。
お母様はお電話の時の猛烈な勢いとは打って変わって、縮こまるように肩を落とし、私に向かって平謝りをされた。
「あの時は電話でひどいこと言うて、本当にすみませんでした……。どうか、娘の結婚式をよろしくお願いします」
そのお姿は、ほんとうにつらそうだった。
話を聞くと、お母様方は未だにご新郎となる男性に会った事もなければ、声を交わした事すらないという。当然、相手のご両親とも一度も顔を合わせていない。右も左も分からないまま、ただ娘が指定してきた挙式日に合わせて、促されるままに動かされている状態だった。隣に立つお父様は、固く口を結んだまま、一言も喋らずに俯いていた。
そして翌月、お衣装合わせの日がやってきた。
お母様が上京され、ご自身の留袖を選ぶのと同時に、お嬢様の最終ドレス合わせに立ち会うことになっていた。
「何かあっては、大変」と私はお衣装屋さんに同行した。試着室の空気は、これまで私が経験してきたどんな衣装合わせよりも重苦しかった。
「高い。どれもこれも、高すぎるわ」
ドレスのカタログや見積書を見るたび、お母様からは「高い、高い」という言葉が連発された。それは単に金銭的な理由だけではなく、親を置き去りにして暴走した娘に対する、複雑な抵抗と抗議の裏返しでもあった。
一方でおとなしそうな印象のお嬢様は、終始うつむき加減で、お母様と関わりたくないという雰囲気を全身から漂わせていた。せっかくの美しいドレス姿だというのに、親子の会話は冷たく冷え切り、視線すら交わそうとしない。
私はその光景を傍らで見守りながら、胸が押し潰されるような残念な気持ちになった。一生に一度の晴れ舞台の準備が、どうしてこんなにも切ない時間になってしまっているのだろう。
「あぁ……、心中お察し申し上げます……」
私は胸の中で、再びその言葉を呟かずにはいられなかった。娘の晴れ姿を喜びたいのに喜べないお母様と、親のプレッシャーから逃げたい一心で固くなっているお嬢様。双方が抱える孤独と不器用さが、痛いほど伝わってきた。
その日、お衣装合わせが終わると、お母様は「これ、地元の有名なお店のお菓子なんです。皆さんで召し上がってください」と、丁寧にお包みされた菓子折りを差し出された。
遠方からわざわざお越しいただいた上に、このようなお気遣いまでいただき、私は大変恐縮した。
ご両親が帰られた後、私はすぐにスタッフにお返しの品を購入してきてもらい、お品に添えるため、便箋に一筆したためた。
『この度はご丁寧なお心遣いをいただき、誠にありがとうございました。
お母様のお気持ち、ご家族のご葛藤を思いますと、誠に心中お察し申し上げます。
当日は、お二人にとってもご両親様にとっても、最良の節目となりますよう、スタッフ一同、心を込めてお手伝いさせていただきます』
何度も書き直しながら紡いだその言葉に、私はプロデュース会社代表として、1人の人間としての祈りを込めた。
季節は巡り、12月24日。街が華やかなイルミネーションとクリスマスソングに包まれる日、挙式当日を迎えた。
式に向けての準備は順調に進み、形としては整っていたものの、ご新婦ご家族様の空気感は相変わらず冷ややかなままだった。お相手のご家族とのあいだにも微妙な緊張感が漂い、お祝いの宴特有の華やいだ高揚感はどこか遠かった。
特に、お父様の存在感が異彩を放っていた。
朝、会場に入られた時から、お父様は一度も表情を崩さなかった。厳しい顔つきで黙り込み、娘の結婚を嬉しいと思っているのか、それとも怒り嫌がっているのか、外からは全く想像がつかない仏頂面を通していた。
控室でも、親族紹介の場でも、お父様はただじっと腕を組み、不機嫌そうに佇んでいた。
そして、いよいよチャペルでの挙式が始まった。
パイプオルガンの重厚な音色が響き渡り、扉が開く。
純白のウェディングドレスに身を包んだお嬢様が、お父様の隣に立った。お父様は相変わらずの仏頂面のまま、ゆっくりと腕を差し出し、娘に腕を組ませた。
バージンロードを一歩、また一歩と踏み出す。
その時だった。
ゲストからの温かな拍手が送られるなか、静かにバージンロードを進むお父様の頬に、光るものが伝った。
「……え?」
私はチャペルの壁際で見守りながら、息をのんだ。
頑なに感情を押し殺し、仏頂面を通してきたお父様の目から、大粒の涙が溢れ出していたのだ。お父様は唇を噛み締め、肩を震わせながら、ボロボロと、男泣きに涙を流していた。
言葉にはしなかった。不器用で、昭和の愚直な生き方しかできなかったお父様。突然の入籍報告に傷つき、娘との溝に苦しみ、どう接していいか分からず怒り顔を作ることしかできなかったお父様。
しかし、娘の手に触れ、バージンロードという人生の縮図を歩いた瞬間、胸の奥に押し込めていた溢れんばかりの愛と寂しさが、一気に溢れ出したのだ。
ご新郎様のもとへ娘の手を渡す際、お父様は涙で濡れた顔で、絞り出すように深く頭を下げた。
その姿を見た瞬間、私は胸が熱くなり、目頭が強く痛むのを感じた。
子供の幸せを願わない親など、この世に一人もいない。
どんなに怒っても、どんなにすれ違っても、親が子を思う愛の深さは、いつの時代も変わらないのだ。
「18歳から家を出てしまったから、何にもしてやれなかった。幸せになってくれりゃいい」
披露宴おひらき後、そうおっしゃっていたお父様。
私はお父様とお母様に「本日は、ご卒業おめでとうございます」と深々と頭を下げてお見送りした。ご両親様は、少しだけ晴れやかな顔で徳島への帰路に就かれた。
お返しのお手紙に添えた「心中お察し申し上げます」という一言が、少しでもご両親の孤立した心に寄り添えていたならば、これ以上の救いはない。
結婚とは、単にお2人だけの恋愛の延長線上にあるイベントではない。
そこには、これまでお2人を育て、守り、慈しんできたご両親の20年以上の歳月と、言葉にならない深い想いが詰まっているのだ。
だからこそ、私はブライダルプロデューサーとして、これからの時代を生きる若い人たちに心から願わずにはいられない。
「結婚しよう」と決めたなら。
お2人で新しい人生を歩むと誓ったなら。
せめて籍を入れる前に。SNSで世間に報告する前に。
どうか、ご両親のもとへ足を運び、お互いのお顔を見せてあげてほしい。
「この人と一緒に生きていきます」と、その声で直接伝えてあげてほしい。
ほんの少しの順序と、一言の報告があるだけで、親が抱く安心と祝福の大きさは天と地ほど変わるのだから。
披露宴が無事に終了し、私は1人いつものように1人窓辺から夜空を見上げていた。12月の冷たい空気に、星がキラキラッと輝いていた。
「心中(しんちゅう)」人の心の中、胸の内。
その言葉の深さを噛み締めながら私は、また新しく生まれるご家族様たちの言葉にならない想いに、静かに耳を澄ませている。
【終わり】
❒ライタープロフィール
藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』
愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年以上携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。思い立ったら世界中どこまでも行き、知らない事はどんどん知ってみたい。好奇心旺盛で、即行動をする。
何があっても、今を全力で生きる。切り替えが早く、とにかく前向き。
これまでのブライダル業務の経験を活かして、次の世代に、未来に何を繋げていけるのか?
といつも模索しています。2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院カフェSHIBUYA
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「名古屋天狼院」
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00






