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「あの時ぼくは小学6年生」


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:dan(26年9月ライティングゼミwithAI)

 

あの時ぼくは小学6年生、12歳の夏だった。

「うぐっ、かぼっ!」

「ふぐふぐ、んんん!」

ぼくは、水を飲み始めた。夢中で手足を動かす。 何もつかめない。何も当たらない。水を掻き分け、掻き分け、やっと水面からちょっと顔が出る。

「ああぁ」

頭上をビーチボールが飛んでいく。

「そっち、そっち、ほーら!」

「いくよー、トス!」

「アタック!」

すぐそばで、男女の楽しげな笑い声がする。

「んぐ、んぐ」

また、ぼくは水を飲む。どんどんどんどん水が口に入ってくる。口の内と外の区別がなくなっていく。重くなる腕を動かし、手を上に上に。

頭にサングラスをかけた女性の姿がグニャリと霞むように見える。

「はぁうっうっ!」

ぼくの頭が水面から出る、沈む、出る、沈む。男性が女性に抱きつき、ぼくの顔に水しぶきがかかる、歓声があがる。数名の男女が近くに。でも、誰もぼくには気がつかない。

誰か、誰か、早く。

手で水をぶっ叩く、でも全く進まない。足も棒のように重く固く、動かない。

男性のヒジが、ぼくに当たった。必死でヒジに掴まろうとするが、スルリと抜けてしまう。笑い声だけが、近づいたり、遠のいたり。

あ、あ、もうダメだ。

水のレンズ越しに遠くの波打ち際に立つ父の姿を見たような気がした。

 

ぼくは、小さいころカナヅチだった。幼稚園の頃は、ずっと浮き輪をつけてプールに入っていた。マットの浮き輪にもたれてバシャバシャするのは楽しかった。極楽気分。

小学校に入り、プールの時間に浮き輪が禁止と知り状況は一変した。カナヅチには地獄だった。水の中に顔をつけるのが怖かった。我ながら情けないほど。水中で目を開けられないし、口を開けると水を飲んでしまう。両親には、スイミングスクールに通うことを勧められたが、怖くて行けなかった。もう怖くて、怖くて。そんな僕を見て友だちが蔑むように笑っていた。25メートルプールで途中で立たずに泳ぎ切るのが、ステイタスだった。

3年生になるころには、泳ぎが苦手だった友だちのタツも武もあきちゃんも、みんな25メートル泳げるようになった。僕はといえば、家の風呂で顔を湯舟につける練習。次に洗面器の水の中で目を開ける練習。これを黙々と続けていた。

やっと6年生の時に25メートルを途中で立たずに泳げるようになった。クラスの男子で一番最後だった。それでも、体育のプールの時間が待ち遠しく、楽しかった。ターンを覚えて50メートルに挑戦する、と友だちに息巻いていた。

 

そんな矢先の出来事だった。

小学生のころ、夏は毎年家族で伊豆に旅行に行っていた。

僕は砂浜に立ち、波を見つめながら、父に「今年は浮き輪を持ってこなかったんだ。オレ、クロールだけだけど、速いんだぜ。お父さんと変わらないくらいだよ」

父はニコニコと僕の話を聞いていた。

「よし、泳いで来い、後から追いつくから。あまり沖まで行くなよ」

泳ぎの得意な父と競争するつもりだった。だって、6年生でやっと泳げるようになったと思ったら、水泳大会の選手に選ばれたんだ。ほんとにクロールが速かったんだ。これは遺伝だな、と思っていた。

僕はズンズンと波に向かって歩いていく。くるぶしまでの波がやがてひざ丈になり、腰まで海に浸かった。そして泳ぎ出した。気持ちよかった。颯爽と海で泳いでいる姿をクラスのみんなにも見せたかった。突然、下に魚が見えた。手を伸ばした。当たり前だけど、届かなかった。あぁ楽しい! 

途中で振り返り、砂浜にいる父に手を挙げた。そろそろ戻るか、とUターンをしたところまではちゃんと覚えている。最高にいい気分だったからさ。

そうだ、家に帰ったら母に新しい海パンを買ってもらおう。来年は中学生だし、大人が履くような洒落たのがいいな、などと思いながら、カッコいい自分を想像して海と戯れるように泳いだ。

やがて、いつまでも泳いでもちっとも波打ち際に近づかない、とふと気づいた。ずっと同じ位置に自分がいる、と思った。手も足もしっかり動いているし、なんで前に進まないの!? さっきまでオレ前世は魚かな? だったはずなのに。途端に自分が水に閉じ込められている感覚に襲われた。足が重い。夢中で手足を動かす。もうクロールどころじゃない。ただの犬掻きだ。何でもでもいい。砂浜に戻らないと。がぼっ、がぼっと水を飲み始めた。

周りに人がいる。声が聞こえる。大人の男女が何人もいる。気づいてくれない。ビーチボールが見えた。浅瀬まで来たんだ。足が立つまでもう少しだ。

でも、僕は体が重く、どんどん沈んでいくのを抑えられない。もう疲れた。手と足が動いているのか、止まっているのか、分からなくなってきた。

がぼっ、また水を飲んだ。目の前がチカチカしてきた。苦しいよ、お父さん、お母さん。

どかん、何かが僕に強くぶつかり、体が上に持ち上がった。息が吸えた。胸いっぱいに空気を大きく吸い込んだ。僕は、父に抱きかかえられていた。

あれから、半世紀近くが経ったが、未だ海で泳いだことはない。父が亡くなった時に思いだしたのは、この時の父の顔だった。

 

≪終わり≫

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