年末なので、上手に酔う方法を考えてみました 《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
記事:松尾英理子(READING LIFE公認ライター)
「ああ、またやっちゃった~」
先週もまた、ウトウトしていたら2駅乗り過ごしてしまいました。一気に酔いが冷め、急いで逆方面のホームに向かってダッシュ。もう運動会の徒競走のような勢いで、階段2段飛びくらいでかけあがり、何とか下りの最終電車に間に合いました。
どうしてもアルコールを飲む日が増えるこの季節。お酒を飲んだ日、帰りの電車で座れてしまうと、4-5回に1回は乗り過ごしてしまう。そもそも、座らないようにすればいいのにって思うでしょう? でも、目の前の席が空いてしまったら、やっぱり座っちゃうんですよね。
でも、これまでの人生における数ある乗り過ごしで、一番痛い目にあったのは、居眠りした時じゃありませんでした。
それは3年前の、忘れもしない12月18日、金曜日。
その日は、半年かけてチーム皆で仕込んできた、全国で活躍する営業マンを集めての年1度のイベント。イベントは無事終了し、打ち上げも終わり、このイベントのリーダーとして頑張ってきた若者をねぎらいたくて、大好きなバーに誘いました。
そのバーの名前は、ウォッカトニック。
西麻布で30年以上も愛されているオーセンティックバー。
大通りから静かな路地へ曲がり、少し歩くと地味な看板があります。そして地下への階段をくだっていきます。
かなり控えめに店名が灯りに照らされているだけの、無機質なシルバーの扉をあけると、目の前には何百種類ものお酒が飾られた魅惑的な世界が。店内は木のぬくもりに包まれていて。初めて行くと、このギャップにまずは驚いてしまいます。
「わー、すごい大人な世界! こんな素敵なバーは初めてかもしれません!」
「私もそんなには来ないんだけどね。でも、ここは名物料理があるの。そのメニューとお酒との組み合わせが最高で、たまに来たくなるのよね」
まずはお店の看板メニューのウォッカトニックを飲みながらそう話すと、若者をねぎらうために来たのに、自分のテンションのほうが上がっている自覚はありました。
「え、なんですか? 名物料理って。それ、試してみたいです」
待ってました! と思える若者の反応に、またテンションが上がります。
「ここはね、カレーとウイスキー牛丼が有名なの。両方とも、とっても大人の味だから。まずは、ウイスキー牛丼を試してみない?」
若者が満面の笑顔で頷いたので、ウイスキー牛丼とハイボールをオーダーする。ウイスキー牛丼とは、このバーの名物で、黒毛和牛をシングルモルトウイスキーのマッカランで煮込んだ逸品です。
「うわ~、すごく美味しいです! こんなに美味しい牛丼、初めてかもしれません!」
若者の嬉しそうな表情に、私はものすごい満足感を感じ、2杯目のお酒もあっという間に飲み干しました。
そして、ウンチクを語り始め、饒舌になるのです。
「牛丼には、日本酒とかワインが隠し味的に使われることは多いけど、ウイスキー使った牛丼なんて、ここにしかないと思う。日本酒やワインは、料理を引き立たせる調味料として、家庭料理でも良く使われるよね。ビールとか焼酎なんかも、煮込み料理とかに使ったりするの。でも、ウイスキーって普通はあまり料理に使われないお酒。生牡蠣にウイスキーを少し垂らすと美味しかったりするけど、そのくらいしか私も試したことがないんだよね。だから、このウイスキー牛丼にはびっくりだよね。すごい美味しくて」
すっかり気分が良くなり、年末の夜遅くにわざわざ話さなくてもいい、どうでもいいことをしゃべり続ける私に、もしかすると危険を察知したかもしれない若者は、牛丼を完食して言いました。
「ホント、今日は最後まで大満足でした! 終電なくなったら大変だから、そろそろ帰りましょう」
そう促してもらい、最寄り駅の日比谷線六本木駅の改札で解散しました。
年末金曜日の終電間際の電車は、案の定激混みでした。乗車率150%とも思えるぎゅうぎゅう詰め。そんな中にもかかわらず、私はやっぱり飲みすぎたのか、立ちながらうとうととしてしまい、強く人に押された一瞬の間に、手にしていたスマホを落としてしまったのです。しゃがんで探せる状況ではなく、次の駅で少し空いたところで拾おうと思ったものの、次々と人が乗り込み、足元のスマホは踏まれ蹴られ、もう自分の視界にはなくなりました。
ここで完全に酔いが冷め、電車が停車するたびに床を探したものの、ない。どこにもない……。
誰かが拾ってくれたかもしれない。
いや、蹴られてホームに落ちたかもしれない。
いやいや。踏まれて壊れたかもしれない。
不安でいっぱいになりながら、降りる予定の駅を過ぎて少し電車内が空いてきたところで床を探したけれど、やっぱり私のスマホはどこにもありませんでした。仕方なく、次の武蔵小杉駅で降りて、改札口の駅員に紛失届けを出し、うなだれて電車で引き返そうと思ったら、くだりの終電が行ってしまったばかりという最悪のタイミング。
ガーン……。
これは急がないと! ダッシュでタクシー乗り場に向かうと、目の間に広がっていた光景に愕然としました。300人以上の行列だったのです。みんな酔っていて、終電を逃し、うな垂れている300人の行列は、まさに死にたてのゾンビ集団そのもの。その最後列に並び、ふと気がつきました。
そうだ、スマホがないんだ。
スマホがあればまだ暇つぶしできるものの、スマホがない。寒い中、スマホもなく待ち続けるのがこんなに辛いなんて。待っても待っても、行列はなかなか短くなりません。結局、25時から並び始め、タクシーに乗れたのは4時間後、5時過ぎでした。家に到着した頃には、あたりは明るくなり、もう次の日が始まっていました。
もう気力も体力も限界のヨレヨレな私は、やっとのことで鍵を開け家の中に入ると、留守電を知らせるランプを見つけたのです。
それは駅からの、スマホが見つかったという知らせでした。
この知らせに疲れが吹っ飛んだ私は、そのまま駅に直行。朝7時にはスマホを取り戻すことができました。携帯はかなり踏まれ蹴られたのでしょう、ケースに入っていたのに、傷が何箇所にも入り、ボロボロでした。
ごめんね、こんな傷だらけにして。
スマホを両手で握り締め、そうつぶやきました。
もう、こんなことは絶対に繰り返したくないので、この日を境に3つのことを自分と約束しました。
お酒を飲む時には、その日飲む杯数を決めてから飲みはじめる。
2軒目に行く時は、必ず何時にその店を出るかを決めて飲みはじめる。
スマホは首からぶら下げる。
そもそもこの日は、完全に許容量をオーバーしていました。その日飲んだ量は、打ち上げでワイン1本くらい飲んだ後に、バーでカクテル1杯、ハイボール1杯、ウイスキー1杯。バーでは1杯と決めていたのに、プラス2杯が余計でした。
さらに、この日はお酒の飲み方を間違えていました。
つい一口の量が多くなってしまい、1杯あたりの時間が短かった。
一緒に飲んでいる人のペース関係なく飲んでしまった。
あまり水を飲まなかった。
この3つ、実はすごく大事なんですよね。ビールはまだしも、お酒は喉で飲むものではなく、口の中で味わい楽しむもの。だから、ゴクゴク飲むものではないんですよね。喉にそのまま持っていってはいけません。チビチビ、味わいながら飲むことでペースも落とせるんです。そして、実は酔い止めに一番効果があるのは、お酒と一緒にお水を飲むこと。
お酒とお水を一緒に飲むことで、アルコールの濃度が薄まり、胃の粘膜への刺激が抑えられるのです。また、お酒には利尿効果があるので、脱水症状になりやすい。水を一緒に飲むことで、その症状が抑えられるだけじゃなく、アルコールを体外に出やすくして、肝臓の負担も少なくしてくれるのです。そして何よりも、飲みすぎ防止になります。
お酒を飲んでいる時に、水って出てこないことが多いし、「すみません、お水ください」って頼みづらいのは確かですよね。でも、年間で一番お酒を飲む機会が多いはずのこれからの季節。
自分自身にもこう言いたい。
「お酒は必ず、お水と一緒にね!」
飲み放題だったら、烏龍茶を一緒に頼むことをオススメしたいです。脂肪もアルコールも一緒に流してくれますよ。さらにさらに、烏龍茶にはフラボノイドという消臭成分が豊富に含まれているので、食後に飲めばお酒臭さが和らぐ効果もあるんですよね。
あ~、この年末年始は、何としても上手に酔いたい! そこで最後に、シェリー酒で有名なお店のマスターが教えてくれた「バッカスに愛されるための10か条」をご紹介しますね。バッカスとは、ローマ神話に出てくる酒の神です。
【バッカスに愛されるための10ヶ条】
1.酒場は他人の家である。
2.基本的に酒の上の出来事というものはない。
3.身銭を切って気をつかう。
4.常連ほど謙虚に。
5.声の大きさは店の流れにあわせる。
6.輪をつくらず、かたくならずに。
7.グラスを空にしてから10分以上はいない。
8.上下の関係を持ち込まない。
9.店も自分も変わっていく。
10.酒場の価値は客で決まると自覚する。
いや~、私のような呑兵衛には身にしみる10か条です。でもこれって、外で上手に酔うためのアドバイスともとれますね。今年も、お酒の失敗で人生を棒に振ってしまった有名人が何人かいました。本当に残念すぎます。お酒は上手に呑めば、楽しくて幸せなひと時を作ってくれる大事なツールなのですから。
年末年始はバッカスに愛される飲み方で、自分を上手に酔わせてくださいね。
参考文献:『季刊25時』Vol.6 特集「バッカスに愛された人たち」より
❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーテンダースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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