週刊READING LIFE vol.25

妻の戦いをリングサイドで応援するために《週刊READING LIFE Vol.25「私が書く理由」》


記事:加藤智康(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「なんで、こんなことになったの? 」
 
妻が涙ながらにわたしに訴えかけてきた。
 
「そんなこといったって、運命だよ」
 
わたしは、そう答えるしか無かった。根拠もなく励ますこともできたのかもしれないが、これから病気と闘っていくには、心の底から戦う決意をする必要があると思ったからだ。夫婦で希望も一旦すべてすてて、ゼロから這い上がりたいと思った。それが、運命という言葉になったのかもしれない。どうあがいても、病気になった事実は曲げられない。だけど、努力することで、変えられる未来を見つけることができる可能性もある。
 
「身体が動かないのがつらいよ。しないといけないことが出来ない。ごめんね」
 
妻は、自分の身体が徐々に動かなくなっていくのがつらい様子だった。徐々に震えがひどくなって、家事もままならないようになっている。薬を毎日飲んで病状を抑えながら生きている。良くなるみこみはない。そんな時にでも、わたしの事も気にかけてくれるやさしさがあった。
 
妻は脳から出る重要なホルモンの分泌量が減り、身体や精神のバランスがくずれて、手足が震えたり動かなくなったりしていく病気である。数年前から発症している。たまに妻との共通の友達に会いに外出することがある。毎日見ていると気がつかない変化だが、久しぶりに会う妻の友人たちは驚きを隠せないようだった。私にもそれなりの覚悟はできていたが、客観的に病状の進行がわかるようでショックを感じた。歩き方もおかしくなって、手の動きもおかしくなっている妻を見ると、恥ずかしいという気持ちもある。しかし、自慢にも思うこともある。なぜなら、家の中に閉じこもることもできるのに、気後れすることもなく外出するからだ。心の強い女性だと思う。
 
わたしは、そんな妻に感動しながら、なにか記憶にとどめておきたいと思って日記を書き始めた。書いても数行程度だった。書きたいことは沢山あるのに、何故か書けない自分がいた。書いている間に悲しくなってくるし、妻との思い出ばかりがよみがえってきて、現実をうけいれたくないからだと思った。文字にしたいのに、自分の想いが文字にならないことにもどかしさを感じるばかりだった。書く理由があるのに、頭が書くことを拒否していた。
 
そんなある日、わたしは会社の社内報の記事執筆を依頼された。部署毎にもちまわりで回ってくるものだった。選ばれた理由はわからないが、新人でもないのにわたしに白羽の矢があたった。今から思えば、妻の病気で元気をなくしていたわたしを、上司が励まそうとして抜擢してくれたのかもしれない。
 
依頼内容は、がんばる人のインタビュー記事だった。
 
わたしは、近所でお店を経営している人を取材して記事にした。高評価だった。必死に聞きたいことを考えたおかげだと思う。聞いたことを記事にまとめる苦労は大変だったが、気持ちを込めたものにすることができた。病気の妻もがんばっているが、インタビューした経営者もすごくがんばっていた。経営者のがんばりを聞くうちに感動してしまった自分が居た。パソコンで記事を書きながら思い出すだけで、涙がでてきたぐらいだ。
 
「がんばれ」
 
心の中でそう思いながら、記事を書いた。
 
がんばっている人から話を聞くと自分も頑張れる気がした。自分でも良く書けたと思った記事だったので、妻にも見せた。
 
「社内報で俺の記事が載ったんだよ。評判もよかったんだ」
 
妻は、わたしから社内報をうれしそうに受け取って読んでくれた。
 
「これ、あなたが書いたの? 元気でてくる記事だね。ありがとう。わたしもがんばれる気がするよ」
 
妻は、受け取ったときよりも幾分輝いた顔をして、わたしに社内報を戻してきた。
 
うれしかった。喜んでもらえたこともあるが、妻ががんばれる気持ちになってくれたことがうれしかった。
 
いつの間にか、妻と沢山話す時間になった。病気のことや、今やりたいこと。将来の夢までも。子供のこともあった。夢や希望を語るときは、妻の目が輝いていた。先日インタビューした経営者の目と同じように。
 
ちょっとした発見に鼓動が早くなる気がした。妻を取材している気がしたからだ。記事にしたい。そう思った。記事というと大げさだったが、私の中では文章にして、妻の生き方を世の中に出したいと思ったのだ。
 
わたしは妻のことを記事にするなら、全身全霊を込めて書きたいと思っている。一生に一度だけの記事だ。世界中の人びとに感動を届け、かつ、読んだ人が頑張る勇気のでる記事にしたい。わたしにとって、たった一人の妻の記事だから大切にしたい。
 
そのために、ライティングスクールで文章の書き方を習っている。それに、日記を少しずつ書いてもいる。世界中の人を感動させるには書く力を高める必要もあるし、記事を出す道を探す必要がある。ブロク゛などでは無く、書籍として残したい。そのため、簡単には記事にしたくないので温存している。
 
とある町に住む、ある一人の勇気ある女性の闘病記。
タイトルはもっとインパクトのあるものにしたい。
 
そんなに珍しくないテーマなので、書く力にかかっていると思う。何年かかろうともライターとして活動して、自分の能力を高める必要がある。書くことを続けていきながら、人を感動させる力のある書き方を学びたい。そんな気持ちで書いた記事を妻に見せ続けたい。それが妻のがんばる元になると思うから。それがわたしの書き続ける理由だ。
 
書き続けていくと、くじけることもあるし、うまく書けないときもある。酷評を受けるときもあるだろう。でも、わたしは負けない。妻も同じようにがんばっている。わたしが負けるわけにはいかない。そんな戦いが続くのは覚悟の上だ。
 
わたしが妻のことを書くことは、ボクシングのリングサイドで応援することと同じだと思う。周りにはロープがあって逃げ場がない。正面の病魔という敵と妻は闘っていくしかない。簡単にダウンして欲しくない。戦い抜いて欲しい。がんばれ。
 
わたしは文字を使って妻を応援する。いつまでも。

 
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

http://tenro-in.com/zemi/70172



2019-03-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.25

関連記事