食に携わるということ《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
「山田さん。仕事は何をなさっているのですか?」
基本的な質問なのに、答えに窮(きゅう)してしまう。何故なら、現在の仕事を説明するのに、長い時間を要してしまうからだ。
プロフィールに書いた通り、役所への届け出上は食品製造業を営む会社の社長、いわゆる代表取締役というものだ。元々、社長といって偉そうにする程の会社でもなく、家業でやっていた事業を嫌々引き継いだので、業界内の方にしか仕事の話はしてこなかった。その上、諸般の事情で生産工場を手放してしまったので、現在は実質的な従業員もおらず、元業の製造業とは言い切れないのも事実だからだ。
工場が無い現在は、これまでに取引が有った得意先からの注文を、懇意にしていた同業社さんに手配したり、問題が発生した食品工場をコンサルしたりしている。何とか細々と事業を続けているのだが、同い年のサラリーマンが定年後を視野に入れている時期なので、以前ほどガツガツ仕事をする気も無くなっているのも事実だ。
私が主に製造していたのは、麺類だ。麺類といっても、スーパーの店頭に並ぶような商品では無く、街中の飲食店や蕎麦店、ラーメン店や中華料理店、そして、事業所内に併設された社員食堂等が、主な取引先だった。
三次産業に従事する人が多くなった現在、原料を加工して物を作る二次産業は、『もの作りの面白さ』は有るものの、目立たず社会の底辺に埋もれていく業種だ。簡単にいうと、工場での麺作りというものは、動力の主力が水車による水力から電力に代わった明治時代以来、大した技術が加わることなく今日を迎えている。多分、最も旧式の二次産業の一つだろう。埋もれていくのももっともな訳だ。
当然、麺類製造業の99%は中小企業、それも町工場に毛が生えたような“家業”ばかりだ。市場規模は、数千億円の規模だが、最大手でも年商300億円がやっとな業界だ。その衰退ぶりは目を覆うばかりで、この数年だけでも約2割が廃業か倒産している。実際、今でも私のところに届くDMに、破産廃業した製麺工場の管財人から、工場の機械や用具の入札の誘いがある。地域は日本全国にわたっている。
ここで考えさせられるのは、新品の時は数百万円から時には一千万円代はするかもしれない機械に付けられた最低入札額が、数万円なことだ。万単位が付くときは良い。ひどくなると、1円の入札額が付いている場合もある。要するに、廃棄料を節約する為の入札なのだ。仮に、1円で落としたとしても、運搬と再設置費用はこちら持ちなので、結局は数十万円の持ち出しとなるからだ。
こうした麺類製造業は、『虐げられた』業界の代表選手だ。何故、虐げられてしまうのかというと、麺類製造業だけでなく、取引先の飲食店も、手軽に始められる業態だからだ。本来は、技術を磨いたり、究極まで味を追求しなければならないのに、安易な気持ちで簡単に始めてしまうことも多くみられる。当然、閉店する飲食店も多い。
「日本中ので、一日一軒のラーメン店が開業し、一日一軒閉店する」
笑えないジョークが、業界では通り相場となっている。
その理由として先ずは、客単価が低いことがあげられる。これは、戦後の混乱期を除いてエンゲル係数が、右肩下がりで『食』に関する支出に対し、消費者の注目が集まらないことにある。客単価が低くなると当然、利益が取れなくなる。
単価が低いので、数で勝負することになる。実際、麺類製造業では、
「一玉あたり一円価格が上がれば、毎年メルセデスベンツを買い換えられる」
というジョークが、まことしやかに広まっていた。しかしこれは正論で、私の場合でも、毎日2万食を出荷していたので、一円単価が上がれば黙って毎年700万円以上の利益が、余分に出る計算になる。それも、純益でだ。
ところが現実は、大半の業者が赤字経営で、満足な給与を取っていない経営者も多く居たりする。だから、廃業や破産が止まらないのだ。
これは、新たな技術が導入されない業界の為、大きな品質差が出にくく、遂には価格競争に行き着いてしまった結果なのだ。
その点私は、大きな負債を残すことも無く、工場を閉めることが出来た。いくつかの要因があった。それは、住居兼工場をそのまま取り壊すことが無く買い取ってくれる方が名乗を上げて下さったことと、使わなくなって廃棄するしかない機械や用具を、福島県で震災被災し再興する麺工場の経営者が、無償で引き取って下さったからだ。お蔭で、従業員には再就職先を世話することに加え、中小企業では考えられない額の退職金を出すことが出来た。
現在では、経営が思わしくない食品工場に対して私は、『不幸にならない撤退』を勧める様にしている。
しかしその一方で私個人には、生産工場を手放したことによって、あるべき敗北感が無かった。自分でも、満足出来る範囲の撤退だったし、会社自体は今でも存続しているからだ。
そして問題だと思うのは、私に『やり切った感』が残らなかったことだと思う。
家業である麺類製造業に就いた時、私には何の希望も無かった。完全に、エリートコースからの離脱を意味したからだ。私には、コツコツ毎日同じ仕事をこなす、我慢強さが無かったので、辛い毎日だった。
ただ、嘆いてばかりでは芸が無いので、麺類製造業で自分にしか出来ないことは何だろうと考えた。自分なりに出した答えは、業界内では麺についてロジカルに者が居なかったので、率先してそれをやろうと思い立った。
例えば、
「冷凍麺のうどんが何故美味しく感じるのか」
「国内産小麦で作られた麺は、果たして高級品なのか」
「食品添加物を使用して作られた麺は、本当に身体に良くないのか」
「スーパーの店頭で、自分好みの麺の見付け方」
といったことを、機会あるごとに話して広める様にして来た。誰にでも理解してもらえる言葉を探した。
その結果として、工場を手放したのだから、大きなことは言えない。しかし、天狼院でライティングを習う前だったので、私にはこれが限界だった。
だから、十分に実力を出し切ったと言えないのが、本当のところだ。
その時期に習得したロジックは、ライティングの手習いをした現在、コンサルティングをする際にとても役立っている。
他人(ひと)様にお見せする程ではないが、これが、図鑑状にした私の仕事だ。
◻︎ライタープロフィール
山田THX将治(週刊READING LIFE編集部公認ライター)
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
http://tenro-in.com/zemi/86808