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週刊READING LIFE Vol.42

18禁のお仕事!エロゲー制作で得たスキルとは?《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》


記事:千葉 なお美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

佐倉あゆみ(仮名)は、ごく普通の女の子だった。
 
性に特別関心があるわけでもない。
人より性欲が強いわけでもない。
ましてや、変態なわけでもない。
 
どこにでもいる、平凡な女の子だった。
 
彼女は、ゲームが大好きだった。
家に帰れば寝るまで、休みの日は部屋にこもって一日中ゲームをしていた。
だから、自分の好きなことを仕事にしようとゲーム制作の専門学校に進んだのは、彼女にとって自然な流れだった。
 
就職活動に突入したとき、周りが続々とゲーム制作会社に就職が決まるなか、あゆみも一社から内定をもらった。
大手ではないものの、知っているゲームをつくっている会社だ。
この会社ならいずれ自分のやりたいことができるかもしれない。
そう思い、入社を決意した。
 
配属先は、グラフィックデザインを手がける部署だった。あゆみの第一希望だ。
新卒で、望みどおりの部署に配属されるなんて、運がいいな。
何もかもが順調に進んでいることに追い風を感じながら、彼女はこれからはじまる社会人生活に期待で胸を膨らませていた。
 
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれる。
 
どんな会社でもあることだが、新入社員はまず簡単な雑用から任されることが多い。
ゲーム制作会社でも、専門学校で学んできた人たちがほとんどとはいえ、会社によってシステムの仕様や細かい手順などが異なるため、操作を一通り覚えるために新入社員は簡単な作業から任される。もちろん、あゆみも例外ではない。
 
最初に彼女に仕事を教えてくれたのは、片桐さん(仮名)という先輩社員だった。
吉高由里子似で優しいと評判の女性だ。
 
「佐倉さんにまずやってもらうのはこれね」
そう言って片桐さんは、ひとつのファイルを開いた。
 
「………………?!」
 
画面を見るなり、あゆみは息を呑んだ。
 
それは、男女のキャラクターが性行為をしている場面だった。
 
片桐さんは、あゆみの反応を知ってか知らずか淡々と説明を続ける。
 
「じゃ、できたら声かけてね」
そう言って去っていく先輩の背中を見ながら、あゆみは呆然としていた。
 
これは、嫌がらせなのだろうか?
女性から女性に対する新種のセクハラなのだろうか?
 
しかしちらっと周りを見てみると、それまでは気づかなかったが、同じような際どい画面を開いて作業している女性が何人かいる。
 
これは、嫌がらせでもセクハラでもない。
れっきとした仕事なのだ。
 
あゆみが社会人になって初めて任された仕事。
それは、いわゆるエロゲーと呼ばれる性的表現を含むゲームの中で、局部にモザイクをかける仕事だった。
 
作業自体は簡単だった。
モザイクをかけたい範囲をドラッグして選択し、クリックするだけ。
あとはシステムが自動で、いい塩梅のモザイクをかけてくれる。
コツなんていらない。やり方を覚えればすぐにできる。
あっという間に終わってしまった。
 
片桐さんに「終わりました」と声をかける。
 
「わかった。じゃ、チェックするから少しゆっくりしてて」
そう言われて一息つきながら、オレンジジュースを飲む。
と、1分も経たないうちに「佐倉さん」と声をかけられた。
 
えっ? もうチェック終わったの?
そう思って向き直ると、さっきの優しい表情ではなく、呆れと苛立ちが入り混じったようななんともいえない顔の片桐さんがいた。
 
「佐倉さん、これ、終わってないじゃない」
「へっ?!」
予想外の言葉を聞いて、思わずすっとんきょうな声をあげる。
 
「ここ、モザイクかかってないじゃない。ここも、ここも……。全部にかけてって言ったでしょ?」
「ああ、だってそれ、男性じゃないですか」
「……男性だから?」
「このゲームは男性向けのものなので、わざわざ男性の局部にまでモザイクかける必要ないだろうと思いまして」
「そんなわけないでしょっ! 男女関係なく全部にモザイクをかける必要があるんです!」
優しいと評判の片桐さんが声を荒げた。
 
あゆみは、知らなかった。
エロゲーなんて一回もやったことがない。
男性がプレイするのに、男性の局部にまでモザイクをかけないといけないなんて、全く考えもしなかったのだ。
なんで、男性がやるのに……といまいち納得のいかないあゆみは、悶々としながらもその日の作業を終えた。
 
「こんな仕事が毎日続くのかあ」
帰り道で、今日の仕事を振り返る。
憧れのゲーム制作に携われたとはいえ、初めての仕事がエロゲーのモザイクかけ。
もちろん、仕事はそれだけではなかったが一日のうち約半分はその作業だった。
 
「こんなんで、ゲーム制作のスキルなんて身につくのかなあ」
 
あゆみの不安をよそに、次の日も、また次の日も、モザイクかけの仕事は待ち受けている。
 
しかし、慣れとは怖いものだ。
ずっと同じ画面を見続けていると、初めはあんなにぎょっとした絵面でも、なんの感情もなく向き合えるようになる。
 
範囲を選択して、クリック。
範囲を選択して、クリック。
範囲を選択して……
 
まるで、エヴァンゲリオンの壊れたシンジみたいだ。
そう思いながら無心で作業をこなすあゆみだったが、この作業を毎日続けるうち、面白いことに気づいた。
 
キャラクターを描くデザイナーは十人十色で、「どうせモザイクをかけるから」とその部分だけ適当に仕上げる人もいれば、「どうせモザイクをかけるのに」細密に描く人もいる。
 
「性格が表れるなあ」
特に実生活に役立つでもない発見だが、あゆみが仕事をするなかで初めて面白いと思えた気づきだった。
 
またしばらく経つと、社員だけでなく社内で働くフリーランスの人たちとも話す機会が増えた。
扱っているゲームがゲームだからか、なかには「自分は女性経験が全くありません」と堂々宣言している人もいる。
 
「あの人って確か……」
彼は、あゆみがモザイクをかけている作品のシナリオを書いている人で、そのゲームは社内のエロゲー部門で最も人気のある作品だった。
 
彼曰く、自分は女性経験がないからこそ、無数に想像を掻き立てることができる。
どうしたらプレイヤーが楽しめるか。それを考えるには、経験ではなく想像力が大事だというのだ。
 
「女性経験が豊富だからっていい作品をつくれるわけじゃないんだ」
 
ゲーム制作は、想像力が大事。
そんなことを、あゆみはエロゲー制作を通して学んだ。

 

 
 

 

あれから三年。
あゆみは今、転職して別のゲーム制作会社で働いている。
そこではプランナーとして、キャラクター設定からシナリオ、立ち絵の確認などを行なっている。
念のため言っておくと、エロゲーではなく、普通のゲームだ。
 
モザイクかけが今の仕事に活きているかというと、そんなことはない。
どちらかというと、何も役に立っていることはない。
しかしそこで培った忍耐力や、つまらないと思う仕事の中でも楽しみを見つけること、そしてゲーム制作において最も大切なことを学んだ。
 
あゆみが一社目で得たスキルは、モザイクをかけることだけ。
それ以外でゲーム制作に関わる経験は、ないに等しい。
 
それでも彼女は今、未経験でゲーム制作の根幹ともいえる仕事を担っている。
彼女の武器は、経験ではない。想像力だ。
 
さて、男性諸君。
あなたがプレイしているそのエロゲー。
普通の女の子がせっせとモザイクをかけているところを想像したら、もっと楽しくプレイできるのではありませんか?

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉 なお美(週刊READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

青森県出身。都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを経て、2019年6月よりライターズ倶楽部に参加。趣味は人間観察と舞台鑑賞。
「女性が本屋で『ちょっとエッチな本』を買うときのコツ」でメディアグランプリ3位獲得。
万人受けしなくとも一部の読者に「面白い」と思ってもらえる記事を書くことが目標。

 
 
 
 

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2019-07-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.42

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