僕の音楽ロスジェネを救ってくれた編集という磁力《 週刊READING LIFE Vol.46「今に生きる編集力」》
記事:日暮 航平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
あなたは、人生において取り返しのつかない後悔をしたことがあるだろうか?
人間、生きていれば、誰だってそんな後悔は少なくとも1つくらいはあるだろう。
他人からすればとるに足らないことかもしれないが、僕にとっては、いまだに悔恨の涙を流しても流しきれない、ある1つの後悔があった。
それは、社会人になってからの10数年間、音楽というものに殆ど触れなかった時期があることだ。
そのため、その頃の思い出の曲とか、その頃を思い出すだけで自然と頭に思い浮かぶ曲というものが存在しない。
人間の幸福の1つとして、楽しかった思い出を回想し、そこで感じた幸せな感情を追体験するというのがあると思う。
僕にとって、そんな時、その頃に聴いていた曲のメロディがいつもBGMとして流れていたものだった。
逆に言えば、その曲のメロディを聴くだけで、当時の思い出が自動的に思い起こされることだってある。
当時限りなく抱いていた希望や夢が、その曲を聴くことでありありと自分の頭の中にぼんやりとよみがえらせることすらできる。
音楽というのは、過去の自分を瞬間的によみがえらせる装置として、絶大な力を発揮することがあるのだ。
日々同じことの繰り返しに過ぎない日常に心が擦り切れそうになる時、昔の自分が聴いていた曲を聴きながら、当時の想いを追体験し、改めて心を奮い立たせることがある。
そんな時、本当に実感するのだ。「音楽の持つ力は、偉大だ」と。
タワーレコードのキャッチフレーズの「NO MUSIC, NO LIFE」は核心を突いた格言なのだ。
しかし、そんな絶大な音楽の力を借りることができないのが、まさしく音楽からすっかり離れてしまった社会人になってからの10数年間なのだ。
僕は、いわゆる就職活動の超氷河期を経験しているので、いわゆる「ロスジェネ世代」とくくられることがある。
僕にとっては、社会人になってから、音楽の超氷河期というかのごとく、いわゆる「音楽ロスジェネ」といっていい時代があったのだった。
なぜ、その当時、音楽から離れてしまったのか? 今でもよくわからない。
ただ、日常に忙殺されてしまい、音楽を聴く心の余裕すら持てなかったのか?
はたまた、いわゆる心に響く曲というものにたまたま出会うことができず、自然と音楽から遠ざかってしまったのか?
とにかく、僕の人生で大切な思い出をありありとよみがえらせてくれる曲とは全く出会うことのない、不毛な「音楽ロスジェネ」によって、僕の心は知らずに砂漠のように乾ききってしまっていたのだった。
そんな、乾ききった砂漠のような心に、オアシスのような潤いを与えてくれる音楽との再会を果たすきっかけとなったものがあった。
それは、Apple musicというサービスだ。
月額980円で、約5000万もの曲がいつでもどこでも聴き放題という、最近主流になりつつある定額制音楽配信サービスだ。
他にもAmazonやLINEが同様のサービスを提供している。
最初の3ヶ月間は無料という特典があり、「3ヶ月目に解約すればお金を払わずに済むぞ」と思い気軽に申し込んだのがきっかけだった。
ところが、3ヶ月経過後も解約することなく、すっかりApple musicのとりこになってしまった。
それどころか、今や音楽そのものが、生活の一部にすっかり溶け込むようになってしまった。
それは音楽にのめり込むとかそういった感覚ではなく、何げない普段の生活の中に、自然と音楽がすぅーっと入り込んできたというような、そんな感覚だ。
従来のサービスではそれができなかったのに、なぜ昨今の音楽配信サービスで、そんなことができるようになったのか?
それこそが、編集の持つ力だ。編集は人の生活をも変える力がある。
音楽等のコンテンツを、磁石のように人に引きつける磁力といってもいい。
Apple musicにはプレイリストといって、ジャンルや生活シーンに合わせて曲を組み合わせて編集できる機能がある。
自分が編集したプレイリストは、人にも共有することができて、自分が知らない人がそのプレイリストを聴いてくれることもある。
音楽そのものが、「所有」するものではなく、「共有」するものになった。
それによって、日常の様々なシーンに合わせて、音楽を自由自在に取り込むことができるようになった。
ジムでエクササイズをしている時、掃除や料理をしている時、勉強や読書をしている時などなど……
今までは自分で曲を選ぶしかなく、限られた情報の中で、どんな曲を選べばいいのかわからず、いつも同じ曲ばかり聴くしかなかった。
ところがApple musicによって、「音楽のソムリエ」の如く、自分の目的に合わせて、編集された数々の曲を生活に取り込めるようになった。
僕は朝起きた時は、テンポが早過ぎないミドルテンポなR&Bの曲を聴いて、今日のやる気を引き出す。
ランチをした後は、レゲエのような能天気で陽気な曲を聴いて、午後のけだるさを吹き飛ばす。
そして、家に帰ってからは、スローテンポのジャズを聴いて、自分へのねぎらいをする。
寝る直前は、瞑想にふさわしいニューエイジの音楽を聴いて、深い眠りを誘うようにする。
時間に合わせた活用だけではない。
じっくり何かを考えたい時は、クラシックの曲で思考に集中できるようにする。
気分が落ち込んでいる時は、テンションを上げるために、アニソンで気持ちを盛り上げる。
そして、改めて心を奮い立たせたい時には、かつて青春時代の自分が聴いていた1990年代のJ-POPと共に、心の奥底にある情熱を呼び覚ます。
そんな様々な日常のシーンや、呼び寄せたい感情に合わせて、自由自在にプレイリストを選び、日常生活に音楽を溶け込ませられるようになった。
それからというものの、何げない日常に彩りが感じられるようになったのだ。
長い長い「音楽ロスジェネ」という灰色の期間から僕を救ってくれたのは、まさしく編集という磁力だった。
編集というと、どこか日常から遠い感覚があった。
「それって、出版社にしかないものでしょ?」とすら思っていた。
ところが、このApple musicをはじめとする定額制の音楽配信サービスによって、それはごく身近にあるものだと実感するようになった。
「好きなもの(曲)を目的に合わせて選び、それを人にわかりやすいかたちにまとめて、人に伝え、そして提供する」
単純に言えば編集とは、これに尽きるのではないだろうか。
そして、それは特別な人だけのものではなく、僕たち1人1人ができることだ。
むしろ自分も編集ができるんだと実感させてくれるものの1つが、音楽ではなかろうか。
まさしく音楽において、1人1人が編集者になれる時代となったのだ。
しかも、音楽で培った編集力は、他の分野である書籍やWEBメディア等のコンテンツの編集にも活かすことだってできるだろう。
もしかしたら、自分の編集力を待ち望んでいる人が、この世界で1人でも存在するかもしれない。
そんな想像をしつつ、僕は今日も「自分を奮い立たせるため」のお気に入りの曲を編集し、プレイリストとしてまとめたのだった。
自分のために、そして何より、僕のプレイリストを待ち望む見知らぬ人のために。
◻︎ライタープロフィール
日暮 航平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
茨城県ひたちなか市出身、都内在住。1976年生まれ。
東証一部上場企業に勤務した後に、現在はベンチャーから上場した企業で、法務に携わる。
平成28年度行政書士試験合格。
フルマラソン完走歴4回。最高記録は3時間46分。
過去に1,500冊以上の書籍を読破し、幼少時代からの吃音を克服して、ビジネスマン向けの書評プレゼン大会で2連覇という実績を持つ。
http://tenro-in.com/zemi/86808