美術商に学ぶアート思考

第1回 美術品の魅力に気づくきっかけは感動ではなく、嫌悪感かもしれない《心震える感動を求めて 美術商に学ぶアート思考》株式会社加島美術 代表取締役 加島林衛


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2024/2/19/公開
記事:杉村五帆(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
ファスト文化が定着し、時間や手間をかけずおいしいところだけを次々と味わうことができるようになった。新品を安く手に入れ、真新しいものに囲まれた生活も特別なことではない。しかし、それと逆行して「傷み」に美を見出す世界があるのをご存じだろうか。答えは、“日本美術”である。今回は古美術の聖地である京橋に若くして日本美術の画廊を構える加島林衛氏を訪ね、4回シリーズで話をうかがう。
AI技術の隆盛でいかに速く目的を達成するかというタイムパフォーマンスに注目が集まる一方で、対極として『アート思考』がブームとなっている。この言葉はさまざまに解釈されているが、ここではアートを鑑賞する感性を身につけ、感動に至ることができる技術だと捉えてみたい。ロジカルに割り切ることが良かれとされる時代だからこそ、感じる心を研ぎ澄ませ、美術品がもたらす味わいに身を任せてみよう。

 
 
■話し手
加島林衛(かしま しげよし)
1974年、東京生まれ。株式会社加島美術 代表取締役。

 
 

風呂敷の包み方からスタートした修行時代


---思わず入りたくなる、すてきな画廊ですね。
加島:ありがとうございます。初めてのお客様にも構えず入ってきていただきたいと思っています。
 
---ちなみに加島さんのうしろにある屏風はもしかして……。
加島:ええ、曾我蕭白(そがしょうはく。江戸時代の水墨画の絵師で観るものを圧倒する画風が特徴。作品の多くが重要文化財に指定されており、海外でも高く評価されボストン美術館が最大のコレクションを所蔵している)の唐獅子です。
 

写真:曾我蕭白《唐獅子図》
 
---蕭白は東京国立博物館で見たことがあります。こういった日本美術の名品を売買されているわけですが、加島さんご自身は古美術業界では若手に入るのではないですか。どのようなきっかけでこの道に進まれたのでしょうか。
加島:加島美術は、1988年に父が設立し、日本美術を専門に扱っています。もともと父は京都の人間で「思文閣」という大手の古美術商の東京店で18年間働いていました。京都へ戻ることも考えたようですが、ご贔屓のお客様がいらっしゃったため東京で事業を始めたという流れです。2009年に引き継ぎまして、私の代になって今年で15年目です。
 
---最初から継ぐことを考えておられたのですか。
加島:はい。私が「大学を途中でやめて業界に入る」と父に言ったところ、古美術の経験がありませんでしたから、先に業界の慣習を学ぶ機会を持った方がいいということになりました。それで業界では有名な京都の「鉄斎堂」に父が頼んで31歳までの10年間、修行をさせていただきました。
今の時代ではなかなか聞く機会もない「丁稚奉公」というかたちです。それこそ「掛け軸ってこうやって巻くんだ」というところから始まり、額の絵の持ち方や器物、茶碗など、その所作や取扱いに関して学びました。
この業界で一番最初に仕込まれるのが「風呂敷」なんです。包み方一つ、真田紐の結び方一つを商品の知識以前に徹底的に叩き込まれるわけです。全く未知の経験でしたので驚きがありました。
その後に東京に戻りまして、そこからは父が得意とする書と私が京都で学んだ絵画をあわせて、加島美術という事業の拡大を行ってきました。
父の頃は定期的に目録と呼ばれるカタログを作成して、通信販売でやっていました。私としてはやはり美術品は、実際のものを目にしていただきたいという考えがありましたから、店舗をこの京橋に移し、展示空間を広く取りました。インターネットの普及にともなって、美術品の流通をしっかりと考えていかなければいけないというところから、⽇本画から洋画、筆跡、⼯芸品まで、⽇本美術を中⼼に多彩な作品を取り扱うオークション「廻 -MEGURU-」を立ち上げ、今は実店舗とともに弊社の営業の柱となっています。
 
---古美術において、京都と東京の違いはありますか。
加島:京都という街は歴史もありますし、戦火に遭っていないという点で、古い美術品自体が比較的残っています。日本の歴史を遡ると江戸期以前までは京都が都で、文化芸術の中心だったわけです。さまざまな流通が活発に行われたという点では、京都に限らず、関西圏では珍しい美術品と巡り合える機会が大変多かったです。
ですから、それこそ美術館に納まっているような作品も数多く手がけてきましたし、私がちょうど修行していた、今から20年くらい前ではまだ京都には比較的そういうものがありました。今は難しいと思いますけれど。
この数十年ほどでインターネットによって美術品の流通自体も劇的に変わってきていまして、今は仮に京都でものが出てきたとしたら、東京でもいち早く知ることができます。情報が非常に早くなっているのです。
 
---ちなみに加島さんが自分のために初めて美術品を買われたのは、どんなものだったのでしょうか。
加島:個人で持ったものは、一枚の色紙でした。当時お金もなかったので、4万円くらいだったかな。島成園(しませいえん。大正から昭和にかけて活躍した女流画家)の美人画です。ただ今から思うと、決して褒められたような買い物ではなかったように思います。
 
 

古美術を知ると、現代アートがわかる


---美術に興味がある方は多いのですが、なかなか超えられない高い壁があるように感じます。そういった方々におすすめのステップは何でしょうか。
加島:「美術」と一言で言っても、絵画もあれば書もあり、器物(うつわもの)、彫刻などさまざまな分野がありますよね。しかし、それぞれへのアプローチの仕方は同じです。
わからなくても手を伸ばしやすいのは、現代アートといわれる分野の作品です。人気もありますし。いわゆる感覚的なところで鑑賞するにはいいと思うんですが、美術を追求していく上では、絶対と言えるぐらい古美術にまずはしっかりと向き合っていろいろと勉強することが、現代アートに共通する「よい作品」を見抜く一つの核になります。壁を超える鍵は、古美術の中にあると私は思っています。
 
---具体的にどういう意味ですか。
加島:そもそも物の価値とは、どこに基準を置くかによって変わります。お金というものさしで見ると、当然買った時より数年たって値段が上がるかどうかが気になりますよね。
お金を基準にすると、そういうことにしか目が行かなくなってしまうのですが、美術というのは本来は本質にあるべきで、その結果として価値が付随している。古美術は、100年、200年、300年という長い歴史の中で価値を認められ続けてきたものなのです。
そして現代でも光輝き、そのメッセージが鑑賞者に伝わってくる。その普遍的な価値に勝る魅力というのはなかなかないと思うんですね。
そこが一番大きな要素でして、古美術の普遍的な魅力を追求していくと、感覚が研ぎ澄まされ自分自身のアンテナに何かが引っかかってくるようになるんですね。現代美術や違う分野の美術などを見た時にも、その感度が役に立つんです。
当然、現代アートと言われるものも100年後に古美術になっていくわけです。ただその時に、今の古美術と同じように残っている作品なのかどうかというところを、私は基本的には見ています。
 
---確かに。掛け軸や古文書が書かれた当時は現代アートだったということですね。古美術を見る感性を養う方法はありますか。
加島:入り口として一番楽なのは美術館です。東京国立博物館、根津美術館さん、近代だったら山種美術館さんなどたくさんありますよ。
例えば東京国立博物館では、絵画、仏像、彫刻、刀剣などさまざまな分野が展示されています。コツとしては、最初からなかなか理解できない、感覚的にあまり入ってこないジャンルに無理やり興味を持とうとしても難しいものですから、そのなかで自身の興味がどこに引かれるのかを観察してみるわけです。国宝や重要文化財はぐうの音も出ないくらい歴史的価値や鑑賞価値がありますのでこのクラスに関してはシンプルに見て圧倒されていいんじゃないかなと思います。
美術館で見て展覧会の図録を買うようになったりして、少しずつ知識が増え、だんだん楽しみが湧いてきますよね。これが最初のステップです。
ただ美術館というのはどうしても名品ばかりが展示されているので、一般庶民にとって身近な感覚になかなかならないと思います。
次のステップとしては、雑誌社や、時にはうちのようなギャラリーが開催しているような古美術に触れる機会のあるイベントに実際に行ってみて、徐々に自分の感覚に落とし込んで見ていく。ようやくそれくらいになってきたところで、手に入れられそうな金額のものを買ってみるという流れがおすすめです。
 
 

傷みと破れの美学


---財布事情を気にする人も多いと思いますが、だいたいどのくらいを入れていけばいいのでしょうか。
加島:金額で言いますと、20万、30万円といったところまでは、資産形成という目的にはならないと思います。資産としてなら、100万単位くらいからとお考えください。ちょっと高級なブランド品を買うくらいだったら自分が気に入ったものを家に飾って楽しんではいかがでしょうか。美術品の世界はまた時期がくれば、もう一度売却して次のものに持ちかえたりできるのがよいところです。
 
---買うといっても、失敗して後悔するのではないかと思うと怖いですね。
加島:実際、美術品は買わなければわからないところがあるのです。歴史上には名だたる数寄者(すきもの。名品の美術コレクター)がたくさんいますが、すべての方に共通して、初めての買い物から失敗のないコレクション人生を送った人なんていないのです。絶対と言えるくらい、多くの失敗や経験をした上でコレクションが成立しているわけです。そういった意味で手に入れた後もまた勉強が続いていくのが古美術という分野なので、それを楽しいと思えるようになれるといいですね。
 
---なるほど。もう一つの不安としては、例えば、掛け軸を買ったとしたら「これにシミ一つでも付けたら」という責任感が生まれて楽しめなくなることです。
加島:そうおっしゃる方に常々お会いします。たとえ3万円の器であろうか、絵であろうが、今の貨幣価値でたまたま3万円なわけであって、確かにこの国の風土、文化で生まれてきたものを一時的に経由しているという視点で文化を継承しているという位置づけでいいと思います。
とは言っても過度に美術を持ち上げる必要はあまりないですよ。ある時、お世話になった大学教授に状態が悪い掛け軸をお見せしたことがありました。
私が「状態が悪いのですが、字体は非常にいいと思います」と口にしますと、先生は「古美術というのは、傷みや状態の悪さなどマイナスに目を向けるのではなくて、それを補いあまりあるほどの魅力の方に目を向けなければいけない。古美術にふれる時の基本的な考えとして、肝に銘じておきなさい」と言われましてね。何でも状態がよいもの、コンディションがよい方が喜ばれると私は勝手に先入観として思っていましたが、そうではなくて、ちょっと破れがあったとしてもそのもの自体の美しさというか、発しているメッセージの方を汲み取れるように目を向けないといけないわけです。
例えば仏教美術に二月堂焼経(にがつどうやけぎょう。1667年に東大寺二月堂が焼失した時、焼け跡の灰の中から発見された華厳経)というのがあります。実際に焼けてしまって、その焼けた文様のようなものが鑑賞として非常に美しいと言われています。
仏像の蓮の台の一かけらだって、仏像愛好家の人から見たら、形の欠損をしているものに趣があって、平安や鎌倉様式の美しさがにじみ出ていることに感銘を受けるわけです。
 

写真:二月堂焼経(紺紙銀字華厳経残巻) 出典:東京国立博物館
 
基本的にそういうふうに考えるのが美術の見方なのです。ですので古美術に関しては大らかな気持ちで向き合うことが一つ大切なのではないでしょうか。
 
 

感動と嫌悪感は表裏一体


---読者の皆様へメッセージをお願いします。
加島:今回は美術品という切り口でお話ししていますが、映像でも写真でも、まずは何らかのアートに興味を持っていただくことが第一歩です。その先に美術品を所有すると見えてくる深く魅力的な世界というのが必ずあると思います。
 
---所有すると見える世界とは何でしょうか。
加島:美術館や他人様のお宅で、要は自分の所有ではないものをただ鑑賞している行為から、その作品、作家の世界観にさらに一歩踏み込む行為が、所有するということだと考えます。
 
---最後に美術品がもたらす感動についてどうお考えですか。
加島:美術品がもたらすものは、時には感動ではない可能性もあります。作品の思想に共感したり、もしくは叱咤激励されているかのような気持ちかもしれません。
いずれにせよ、五感への刺激が心の琴線に触れるというか、そういう意味で、もしかすると不快感があるぐらいのものもあるでしょう。でもそれも感動と表裏一体だと思うんですね。
好みというのは人それぞれ必ずあり、嫌いなものもあります。ですから「なぜこの絵が世の中で評価されているのだろう。私は全然わからないな」と素直に感じることもいいと思うんですよ。ただ、なぜ評価されているのかをしっかりと咀嚼していくと、ある時に、もしかしたら自分自身が食わず嫌いだったということがわかり始めるかもしれません。最初は非常に嫌悪感が生じていたものを深く見定めていくうちに、気が付くとその魅力に取り憑かれていたりすることもあるんですよ。美術品には、多くの可能性がありますから。
 
---ありがとうございました。(第2回へ続く)
 
 

株式会社加島美術
1988年創業の東京・京橋に店舗を構える画廊。中世から近代までの日本画・書画・洋画・工芸など日本美術を取り扱っている。定期的な販売催事や選りすぐりの優品をご紹介する展示販売会「美祭 撰 -BISAI SEN- 」、日本美術に特化したオンラインオークション「廻 -MEGURU-」、などを通じて新たな美術ファンの開拓を行うほか、公共機関や美術館への作品納入も行なっている。3月7日(木)〜3月10日(日)アートフェア東京へ出店。4月には渡邊省亭展を予定。
店舗住所:〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-2
https://www.kashima-arts.co.jp/
 
美術品入札会 廻 -MEGURU-
日本美術を中心に多彩な作品を取り扱う年4回開催される入札会。全ての出品作品をカタログ、Webサイト、加島美術にて行われる下見会にて見ることができる。2月10日(土)〜2月18日(日)にかけて「美術品入札会 廻 -MEGURU-」Vol.17が開催される。
https://meguru-auction.jp/
 
 
取材・執筆:杉村五帆

□ライターズプロフィール
杉村五帆(すぎむら いつほ)

天狼院READING LIFE編集部公認ライター。20年あまり一般企業に勤務した後、イギリス貴族に絵画取引の薫陶を受けたアートディーラー加藤昌孝氏に師事し、40代でアートビジネスの道へ進む。美術館、画廊、画家、絵画コレクターなど美術品の価値とシビアに向き合うプロたちによる講演の主催を行う。アートによる知的好奇心の喚起、人生とビジネスに与える好影響について日々探究している。

熱海で推し活、尾形光琳の紅白梅図屏風を訪ねて《週刊READING LIFE Vol.250 この高鳴りをなんと呼ぶ》

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2024-02-14 | Posted in 美術商に学ぶアート思考

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