美術商に学ぶアート思考

第2回 アートは心のトレーニング。正解のない世界をおおらかに味わって《心震える感動を求めて 美術商に学ぶアート思考》株式会社加島美術 代表取締役 加島林衛


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/3/25/公開
記事:杉村五帆(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
あなたは、歴史ドラマを見るタイプだろうか? もし関心がなくとも番組に登場するような戦国武将の手紙や大名ゆかりの掛け軸、維新の志士たちの直筆の書を買って部屋に飾ることができると聞くと驚くのではないだろうか。それを可能にするのが美術商である。今回は古美術の聖地である京橋に若くして日本美術の画廊を構える加島林衛氏を訪ね、4回にわけて話をうかがうシリーズの第2回目となる。
AI技術の隆盛でいかに速く目的を達成するかというタイムパフォーマンスに注目が集まる一方で、対極として『アート思考』がブームとなっている。この言葉はさまざまに解釈されているが、ここではアートを鑑賞する感性を身につけ、感動に至ることができる技術だと捉えてみたい。ロジカルに割り切ることが良かれとされる時代だからこそ、感じる心を研ぎ澄ませ、美術品がもたらす味わいに身を任せてみよう。
 
■話し手
加島林衛(かしま しげよし)
1974年、東京生まれ。株式会社加島美術 代表取締役。

 
 

歴史上の人物たちと交差する画廊


---今日はシリーズ2回目でビジネスパーソンにおすすめの日本美術、真贋問題を中心にお話をうかがっていきたいと思います。よろしくお願いします。
加島:よろしくお願いします。
 
---加島美術さんの店内には教科書に載っているような人物の作品がさりげなく展示されていますよね。さきほど夏目漱石の書を初めて見ましたが、達筆でビックリしました。
 
加島:書にはいろいろありまして、戦国時代の武将の書、禅師の書、政治家の書、文学者の書など、どれもとても面白い。あとは画家も書を書いたりするんですが、それぞれ特徴があります。勝海舟や伊藤博文など政治家の書は基本的に鋭いんですね。お坊さんの字っていうのは比較的重たいですかね。お殿様の書はやはり、気品がありますね。展示の徳川慶喜の書はご覧になりましたか。
 
---はい。洗練された文字でうっとりしました。そうそう、川端康成の色紙もありましたね。ファンなのでドキドキしました。
 
加島:彼の作品は「魔界の書」という名前をつけられるぐらい魅力的な書体なんですよ。
 

写真:川端康成の筆跡「水晶の…」
出典:加島美術
 
---目にしたら二度と忘れられない独特な書体ですね。最低落札価格は12万円からでしたか。率直で申し訳ないですが、ノーベル文学賞受賞者の作品としてはお手頃すぎませんか。
 
加島:ええ、私はね、川端康成さんはもっと評価されるべきだと思っているんですよ。もちろん文学者としての評価はもう確固たるものがあるんですが、彼は生前からライフワークで書を書くぐらい、書に対する思想が非常に深い方なんですね。美術マーケットにおける川端康成の作品の位置づけとしては、文字としてではなくて視覚から入ってくる感覚的なところで彼の書はすごいと思います。文学が好きな方にはおすすめの日本美術への入り口かもしれないですね。
 
---例えば西洋絵画を初めて買う時は、値段が手ごろな版画からスタートして慣れていくのが無難だと言われます。日本美術の場合はどういったものがおすすめですか。
 
加島:基本的には肉筆から買うべきだと思います。版画ではなく直筆ですね。作家が実際に筆で描いていることによって作品が醸し出すオーラというか力があります。まず、それを感じられた方がいいと思うので、有名画家の複製よりは、無名であっても自身の波長が合う肉筆のものを買って、そこから少しずつ勉強していくという方がいいのではないかと思います。
 
---前回のお話で金額で言いますと、20万、30万円といったところまでは、資産形成という目的にはならないと思います。資産としてなら、100万単位くらいから考えたほうがいいという話がありましたね。
 
加島:勉強をしに学校に行ったと思って向き合うのがいいですね。
 
 

日本美術におけるアート思考は禅


---それでも最初の一枚としては自分にとって意味があるものを買いたいと考える人が多いと思います。例えばビジネスパーソンにとっての最初の一歩というとどういったものがおすすめでしょうか。
 
加島:ビジネスパーソンに一つおすすめしたいのは、禅語をお坊さんや哲学者、文豪が書き記している作品です。その言葉が大変教訓になる側面がありますので、そういうところから美術の方に入っていくのもよい方法ですね。
 
---そういえば茶道で床の間に掛けてある軸には、「一期一会」や「和敬清寂」など茶室に集う人へのメッセージをこめた禅語が書いてありますね。
 
加島:茶道は、茶禅(ちゃぜん)といわれるように禅との関わりが深いんですよ。もともと茶掛け(茶室の床の間に飾る掛け軸)として大徳寺のお坊さんが禅語で書をしたためた作品が残っていますが、個人的にはやはり禅宗のものは奥が深く思想を強く刺激してくれますので、何かと大変な現代社会の中では脳内の整理ができて人生が有意義になるきっかけになるんじゃないでしょうか。
 
---ビジネスシーンで「アート思考」という言葉がブームになりましたが、どうお考えですか。
 
加島:私が考える「アート思考」となると、さきほどの続きとなってしまいますが禅です。メディテーションと言ってよいかもしれません。経営者の方が健康のためにジムに行ったり、無農薬の食材を選んで栄養バランスをとるなどされていますが、身体の管理は比較的意識しやすいです。でも心・技・体といわれるくらい心と身体はつながっています。私はアートが心のトレーニングの一つになると思います。
 
一番よく聞く例えで言いますがスティーブ・ジョブズさんがアップル社でiPhoneという形を生み出した思想原点はやはり禅ですし、IT業界でいうとビル・ゲイツさんもそうですし。グローバルに革新的なものを作り出している方々はやはり禅的なところを意識されたり、理解されている方が多いです。
 
特に禅画や禅語の作品には視覚的な魅力もありますし、言葉が内包する意味合いの重みやとらえ方が有用だと鑑賞されてきた分野なのです。好みのアートのジャンルはそれぞれの方にあるでしょうが、まず禅というものに触れて刺激を受けてみるというのはいいことなのではないかと思います。
 
 

美術商が運営するネットオークション「廻 -MEGURU-」


---加島美術さんでは、インターネットオークション「廻 -MEGURU-」も開催されていますよね。実店舗との違いを教えてください。
 
加島:基本的なコンセプトは、オンライン上に日本美術を売りたい方々と買いたい方々がいて、加島美術はそのフィルタリングの役目を果たしています。「おかしなもの」が取引されていないかという監視役の位置づけでいます。
 
---「おかしなもの」というと贋作ということですか。日本美術で真贋問題はあるのでしょうか。
 
加島:真贋問題は古美術において特に切っても切り離せない問題です。様々な方が気にされますし、実際に問題が歴史上にもありました。
 
浮世絵の世界では“春峯庵事件”(1934年に起こった偽造事件。春峯庵という旧家の所蔵品という触れ込みで東洲斎写楽、喜多川歌麿などの肉筆浮世絵の入札会が開かれ「世紀の発見」と注目を集めたがすべてが贋作であることが発覚した)や焼き物だったら加藤唐九郎の“永仁の壺事件”(鎌倉時代の古陶として重要文化財に指定されていた「瀬戸飴釉永仁銘瓶子」が偽作ではないかとの声が専門家からあがり、1960年に陶芸家の加藤唐九郎が自分の作った作品だと告白した)がありました。私は古美術を含めて、アートの世界に興味を持たれる方に肝に銘じていただきたいのですが、この問題でさえも楽しみの一つとして捉えるべきなんですね。
 
究極の例を挙げると江戸時代の狩野探幽(江戸幕府の御用絵師)の絵があるとします。それについてこれは素晴らしいものだという人もいれば、いやこれは偽物ではないかという人もいて、有識者の方々でさえも意見が分かれるのです。ゼロから100まであるとすると、100が誰もが認める真作で、ゼロは誰もがおかしいと思う品で、その間に様々な段階があるわけです。
 
私からすると70、80より上のものに関してはある程度認めています。なかには批判的なことを言われる方もいるかもしれません。しかし突き詰めると、描いていた狩野探幽の横にいた人は今となっては誰一人といないわけです。すべて自身の調査研究などに基づいて導き出してくる答えであって正解はないのです。そのため数学のように必ず正解があるものではないことを前提として持っておかないといけません。
 
例えば、器ではよく桃山期の品と言われますが、桃山期が1600年から何年までだという答えはないわけです。同じく江戸初期は何年から何年までというのはなくて、もしかしたら江戸中期に重なっている可能性があるかもしれません。そのあたりは厳密な細かいところではなくて、作品が生み出している色合いですとかそういった点を味わうので十分ではないでしょうか。
 
美術商たちもある程度しっかり説明をする義務はあると思いますけど、そもそもが「ちょっとおかしなものがある」という世界であって、夢を見ることを享受する心の器を用意しておかないと美術品を楽しむことはなかなか難しいのではないでしょうか。
 
---心が大きな見方ですし、そうするとリラックスして美術品と向き合える気がします。
 
加島:とは言ってもあまりにも緩くしすぎないことです。『なんでも鑑定団』さんに「これはさすがにダメですよ」と言われてしまうようなものは手を出さないぐらいの程度の知識を養う。そういったところを目指したいですね。
 
---そういった背景があり、加島美術さんが「廻 -MEGURU-」で果たしておられる役割が大切なんですね。
 
加島:例えば、メルカリなどでは売り手と買い手が直接取引していますよね。間に誰も入っていないという状態で全てがユーザー責任になっています。美術に関してそれをやってしまうと本当に無法地帯みたいになりますし、偽物のようなものが乱立してマーケットとしては安定しないのである程度管理・監督してくれるところがないと成立しにくいと思うんです。その部分に弊社も取り組んでいるわけです。
 
---美術商が管理しているプラットフォームなら初めての方も安心して入れますね。「廻 -MEGURU-」の最新カタログを見ますと、狩野派の画家、伊藤若冲や円山應挙などビッグネームの作品から与謝野晶子の色紙、渋澤栄一や福沢諭吉の書、数万円の陶器まで多彩な品が出ていて見るだけでワクワクします。
 
加島:ええ、時には手塚治虫さんや俳優の緒形拳さんゆかりの品が出ることもあります。美術という枠組みよりは少しゆとりを持った取引の場としてやっています。
 
---そういった現代の品は100年後、200年後の価値がどう変わっていくのか面白いところですね。売却のご相談にものっていただけますか。
 
加島:もちろんです。査定もしますし、その場合の一番いい売却のかたちが「廻 -MEGURU-」なのです。また次にその作品を欲しがっている方との出会いの場所として作ってありますので、そこを活用していただくのがいいと思います。
 
 

制限のもとでは魅力的なアートが生まれやすい


---DXやAIが急速に進歩をしています。アートは今後どういうふうになっていくとお考えになりますか。
 
加島:人が生み出すものの魅力と、人工的なもので作り出されるものの差別化という点でアーティストの方に対しては課題が突きつけられていると思います。私は美術品を見る上で、無法地帯というか真っ白なキャンバスに何でも描いていいというものには、あまり良いものが生まれてこないと考えています。古美術もそうなのですが、歴史上優れた画家や美術品が生まれている時代背景って、動乱期や貧富の格差の激しい時とか戦時中など、何かしらの抑制や制限のもとで、人が何かを発っして生み出そうとする時には魅力的なものができやすい。そういう意味で言うとAIやデジタル技術が進歩した今、一つの制限がまたかかったということです。それでもなお人としてどういうものを作るか、どういうメッセージを出すかという点で面白い作家さんが生まれてきてほしいなと思いますね。
 
---会社の経営にはどのように取り入れていかれますか。
 
加島:「廻 -MEGURU-」のPRなどもう少し力を入れないといけないのが東南アジアや中国のマーケットです。インターネットを使う意義としてそういったところからもオークションに参加していただけるようにしたいです。あとは国内でも認知度を高めて、いかに美術品市場を安定させるかが課題です。
 
---ありがとうございました。
 
 

株式会社加島美術
1988年創業の東京・京橋に店舗を構える画廊。中世から近代までの日本画・書画・洋画・工芸など日本美術を取り扱っている。定期的な販売催事や選りすぐりの優品をご紹介する日本美術を中心に取り扱う画廊。展示販売会「美祭 撰 -BISAI SEN-」、日本美術に特化したインターネットオークション「廻 -MEGURU-」、イベントなどを通じて新たな美術ファンの開拓を行っている。公共機関や美術館への作品納入も行なっている。
店舗住所:〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-2
https://www.kashima-arts.co.jp/
 
「廻 -MEGURU-」とは
⽇本美術をもっと気軽に、安⼼して、正しく売買してもらうために2019年に始まったのが、⽇本美術に特化したオークション「美術品入札会 廻-MEGURU-」だ。国内外の美術品を売りたい⼈と買いたい⼈をつなぐプラットフォームとして、全国から出品された作品が揃う。2021年にはインターネットオークション「廻 -MEGURU- オンライン」がスタートし、アート初心者も構えず参加できる身近なプラットフォームへと進化を続けている。
 
「美術品入札会 廻 -MEGURU-」:https://meguru-auction.jp/
「廻 -MEGURU- オンライン」:https://www.meguru-online.jp/
 
 
アートがわからない人のための「美術商に学ぶアート思考」

渋谷・通信【4/7(日)12:00〜】アートがわからない人のための「美術商に学ぶアート思考」


 
 
取材・執筆:杉村五帆

□ライターズプロフィール
杉村五帆(すぎむら いつほ)

天狼院READING LIFE編集部公認ライター。20年あまり一般企業に勤務した後、イギリス貴族に絵画取引の薫陶を受けたアートディーラー加藤昌孝氏に師事し、40代でアートビジネスの道へ進む。美術館、画廊、画家、絵画コレクターなど美術品の価値とシビアに向き合うプロたちによる講演の主催を行う。アートによる知的好奇心の喚起、人生とビジネスに与える好影響について日々探究している。

熱海で推し活、尾形光琳の紅白梅図屏風を訪ねて《週刊READING LIFE Vol.250 この高鳴りをなんと呼ぶ》

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2024-03-20 | Posted in 美術商に学ぶアート思考

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