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祭り(READING LIFE)

ぼうぼうと燃え尽くした祭りのあとで残ったものは《WEB READING LIFE 通年テーマ「祭り」》


記事:和辻眞子(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

 
 
「これって……何?」
 
そのコメント欄を数時間ぶりに開けた途端、全身に冷水をぶっかけられたかと思った。
どの言葉も、みんな、私に敵意を向けていたからだ。
 
「全く、どうしてこんなこと書くんでしょうね」
「なんなのこの人」
「こんな人、放っておきなよ」
 
PCの画面に出てきた言葉が、どれも人になって、刃物を持って目の前に立っているかのように見えた。
 
どうしよう……。
 
私はしばらく、夜中に光るPC画面を見つめていた。

 

 

 

今から15年ほど前のことだろうか。
当時はインターネットが企業だけでなく家庭にも普及してきた頃だった。ネットでのコミュニケーションツールとして流行っていたブログが全盛期だった。
誰かと何かのことで共感できそうだし、自分からも発信したいし、ブログやってみようかな。PCが好きで、物を書くことが好きで、ようやく子どもの手が離れて暇だった私は、軽い気持ちでブログを登録した。
 
ブログは、確かに楽しいものだった。
最初は、何を書いていいやらわからず、とりあえず身の回りのことを恐る恐る、個人情報が漏れない程度に簡単に書き始めた。
そのうちに、趣味のパン作りのことを書いてみようかと思い立った。「今日はこんなパンを作りました」と、出来上がったパンの写真を撮って一緒に載せると、ぽつりぽつりとコメントがついた。一応義理堅い人間なので、私はその1つ1つに礼を書き、返信した。
 
そうすると、自分のブログが「お友達」として登録されるようになった。ブログには「お友達登録」という機能があるらしく、それは今で言うところのTwitterの「フォロー・フォロワー関係」、つまり「あなたのブログと、わたしのブログは、仲良しな関係になりました」というものだ。ブログ友達になった相手がブログを更新すると通知が来て、私が自分のブログを更新すると相手に通知が行く。お互いに相手のブログを読みに行って、コメントをして、コメントの返事が来て、PCの前で楽しむ。そんなIT文化が、わずか15年ほど前の主流だった。
 
時間が有り余っていた私は、ブログに夢中になった。
最初は何か発信したいと思った時にブログを更新していたが、次第に身の回りのことがブログのネタになり始めた。ブログに書くために、パンを焼く。確かにパンは家で消費するのでいくらあっても困らないのだけど、だんだん単純に食べるためではなくブログネタとしてのパン作りになっていった。
 
毎日違う種類のパンを焼き、ブログに載せる。それが日課になっていった。同時に、ブログのお友達も増えていった。途中からは、パンに加えてこれまた趣味の映画鑑賞のことも書き始めたものだから、そっち方面からもお友達が増えた。パンか、映画か、自分の子どもの笑える話か、読んだ本のことか、そんなことで毎日ブログを更新していった。
 
ブログのお友達が増えるということは、コメントのやりとりも多くなっていくことを意味する。こちらのコメント欄に相手が書き、私が返信したら、次は私が相手のブログを読みに行く番だ。
 
なんかやたら忙しいぞ。そう思いながらも、自分の記事にコメントがつくと単純に嬉しかったし、まして記事を褒められたらさらに嬉しくなるのが人間というものじゃないだろうか。せっせせっせと私はブログを書き、コメントのやりとりをした。あの頃、本当にそれが楽しかったから。

 

 

 

そして何人のブログ友さんがいるかわからないくらい登録者が増えた頃、ある1人のブロガーさんとお友達になった。
 
最初はパンのことでコメントをいただき、次に映画のことでコメントをいただき、私もお相手の記事にコメントしてご挨拶をして、「じゃ、お友達登録しますね」という流れで相互フォロー関係になったと記憶している。
 
仮に、エリさんとでもしておこう。エリさんのブログのコメント欄はいつもいつも、大勢のゲストの書き込みであふれていた。
独身で、旅行代理店勤務の彼女が書くブログは、今で言うところの「インスタ映え」的な要素だらけだった。
旅した国のこと、入ったレストランの素晴らしさのこと、自分が作った料理のこと、その他のエッセイ風のこと。時にご自身がドレスアップした写真などがくっついた記事が出た時などは、1つの記事に対してコメントが50件はあっという間につき、それに彼女が返信すると軽く100件は超えてしまっていた。
 
ゲストが多い理由は、恐らくだけど、エリさんの文章やブログの書き方にあった。
 
記事タイトルに外国語を多用して、仕事やプライベートで行った外国の記事を書くことで日本人の外国コンプレックスをくすぐる、
料理やメイクのことを書くことで男子の妄想をくすぐる、
文章の末尾を濁すことでふんわりとした女子のイメージを作る、
自作料理や自撮り写真の撮り方も、完全に綺麗にピントがあってはいないため、逆にリアルな人物像を思わせる、
 
なんと言うか、覗きに行きたくなる要素が満載なのだ。
これから自分のHPとかインスタにたくさん集客したかったら、エリさんのやり方をそのまま真似するといいかもしれない。よく言えば「女子力高い」、悪く言えば「釣り要素」だらけなのだ。
 
そして私も、エリさんのブログを日々見ずにはいられなくなっていた。
人に読んでもらうために「釣る」ことが嫌いな私だったから、自分のブログにはありのままの文章を書いていた。エリさんとは書くスタンスが全然違うはずなのに、どういうわけか彼女の文章を読む癖がついてしまっていた。
 
なんか、この人、すごいな。
素直にそう思う反面、どうしてこの人の記事にはこんなに人が集まるのだろう、というわずかな黒い感情もあった。

 

 

 

そんな習慣が続いたある日のことだった。
エリさんは、1本のブログ記事を上げた。
 
その記事は彼女がよく書く旅のネタだったが、内容にどうしても私は賛成しかねる部分があった。彼女が書いている内容は無邪気な感想なのだが、テーマが微妙だった。彼女が書いていることによって迷惑を被っている人たちが身近にいた。困っている人がいるのに、こんな風にポエティックに書かれてしまって美化されることで、その裏にある問題がすっかり霞んでしまうことがとても不快だった。
 
そんなことは全く知らぬエリさんが書いた記事を大勢の人がコメントで「素敵ですね」と絶賛して、Yesと言っている状況が目の前にあった。どうしようと思いながらも、そのイライラは自分で抑えられそうになかった。気がつくと、指が勝手にキーボードを打っていた。
 
「綺麗ですよね。景色を見ている分には、こうして読んでいる分には。でもこの問題で日常的に危険に晒されている人たちがいます。そういう人がいることを忘れないでください」
 
一気にコメントを書いてreturnキーを押し、しばらくの間PCを閉じた。なんとなくそこから先を読むのは気が引けたからだ。
 
そして数時間後。
 
私はどこか引っかかるものを感じた。胸騒ぎがして再びPCを開いて彼女の記事を見た。私が書いたコメントの後に書き込んだ人たちが、口々に私のコメントを非難していた。
 
「なんでこの人こういうこと書くんだろうね。嫌なら黙ってればいいのに」
「エリさん、こんな人と友達なの?」
 
ゲストの人は、自分たちが信奉しているブロガーを否定されたことで頭に来ていた。そして彼女は彼女で私のコメントに返信をつけていた。
 
「この度は、不快にさせるようなブログを書いて申し訳ありませんでした。何かお気に触るような文章でしたでしょうか。
ご意見ございましたら、ここではなく行政や市民団体に申し上げてはいかがでしょうか。
私は何のお役にも立てませんので、ここで失礼します」
 
彼女は一応謝ってくれてはいたけど、その返信コメントに対して、ゲストさんたちが更に一斉にコメントをつけた。
 
「エリさんが謝ることじゃないよ! 悪いのは向こうの方だから」
「勝手にいちゃもんつけた人に気を使う必要なんて1ミリもないからね!」
「私たちはエリさんの味方ですから! ああいう人はもう来ないでもらいたいよね〜」
 
ああ……。
私はだんだん寒気がしてきた。これが「炎上」ってやつなのか。
 
ブログには、メッセージ機能が付いていたので、とりあえず私はエリさんにメッセージを送った。
 
「エリさん、さっきのコメントなのですが、炎上してしまってごめんなさい。自分の身近に、今日のブログでお書きになられたことで困っている人がいたから、つい感情的になってしまって書き込んでしまいました。ゲストの皆さんにも不快な思いをさせてしまって申し訳ないです」
 
「そうでしたか。こちらも、事情がわからないで書いているので、不快な思いをさせてすみませんでした」
 
「とりあえずブログのお友達登録はどうしましょうか。お互い解除しておいた方が良さそうですね」
 
「そうですね。とりあえずそうしましょう」
 
コメント欄でけなしてきた人の中に、理想のブロガーとお友達でいることに文句をつけてきた人もいたので、事態がこれ以上広がるのを防ぐためにも私は彼女との友達登録を解除した。
 
それから数日間は、どうなるのかがわからず、怖かった。
彼女のファンが、こっちのブログを見ているかもしれない。彼女にはファンも多かったけど、その人気を妬んで荒らしてくるアンチもいた。ファンもアンチも、私にとっては同じようなもので、どちらも怖かった。
 
誰がこちらを見ているかもわからないけど、でもそのことで怖気付いて自分のブログを更新できなくなるのもなんか違うよね。実際、私のブログに来るゲストさんたちはこの炎上を知らないのだから。そう考えて、当たり障りのないネタで私はブログを更新した。
 
記事を更新した途端に、私のブログにメッセージが来た。
 
「更新したのね。大したこと書いてないくせに。パンもどれも下手くそで、まずそう」
 
ログアウトした状態で書かれたメッセージを見て、やはりこちらを見張っていた人がいたことがつくづく怖ろしいと思った。そしてエリさんにメッセージを送った。
 
「先日はご迷惑をおかけしました。あれからどうですか? 実は今日、私のブログに中傷してきた人がいました」
 
「そうですか。前から、私のブログにはアンチもいたので、そのうちの誰かかもしれないですね。嫌な思いをさせてごめんなさい」
 
「とんでもない。最初にこちらが書き込んでしまったことが悪いのですから」
 
「実は今日、あのコメントのことについて、集まれる人には集まってもらって、みんなでランチをして話し合いをしたんです」
 
えっ?
話し合いをした?
 
私は椅子から飛び上がるほど驚いた。
 
だって、ブログのことでしょう? ネット上のことでしょう?
彼女は、昼休みにブログのことを知っている面々にできる限り集まってもらって、集団でランチができるくらいに大勢のリアル世界の住人にも知らせていたってこと?
 
そもそもブログとは匿名でできるもの、匿名だからこそ書けることがあるし、基本的に匿名というスタンスでやっているものだと思っていた私は、震えが止まらなくなった。こちらは匿名だと思っているのに、実社会でブログの存在を知らせているのが基本だと思っている相手にかなう訳が無い。相手は失うものは何もないのだから。
 
「……それで、知り合いと今回の件について話し合いをして、これ以上問題が広がらないようにしましょうと言うことで意見が一致しました。もし今後何かご迷惑をおかけするようなことがあったら言ってください。全力で防ぎますから。私もあなたも、お互い楽しくブログをやっていきたいでしょうし、そういうことにしました」
 
エリさんからの返信を読みながら、私はまだ震えが止まらないでいた。
 
一体どんな力を持っているのか知らないけど、ものすごい自信だな。
それに、一声掛けただけでリアルで動く人たちがそんなにいるなんて。
 
その人たちはエリさんの支持者でもあるけど、裏を返したら兵隊にもなる。エリさんが「突撃!」と一言言えば、直ちに動く兵隊だ。エリさんが私に向けたメッセージは、表面上はきちんとしていたけど、中身を読み取ればそう言うことだ。そりゃ、兵隊多い方が勝つに決まってるわ。

 

 
 

その後、エリさんとは全く交流はなくなった。それからは今に至るまで大きな問題はないが、エリさんのブログは東日本大震災の頃から更新されていない。
 
あれから沢山のSNSが生まれ、ブログというツールも下火になった。彼女の消息は全くわからないけど、実名でできるSNSの方が使いやすいのならそちらへ行ったのかもしれない。そして私もブログを更新しなくなって何年も経つ。
 
あの頃を振り返ると、多分私はエリさんに嫉妬していたのだろうと思う。私が実現したくてもできないことを、彼女は全部持っていた。
 
安定した正規の職に就いて、仕事も順調で海外に頻繁に行って、料理も玄人はだしで、独身を謳歌して、大勢の男性にちやほやされて、大勢の女性に崇拝されて。楽しいブログだけど、どこかにそれを僻む気持ち半分で私は読者になっていた。その人のことが気になって仕方がないと言う意味で、ファンとアンチは同じなのだ。
 
炎上という祭りがあったことで、自分とは関係ないことはスルーするという規則が叩き込まれた私は、それからはネット上の交流には慎重になっている。心がけていることは「構い過ぎない」ことだ。どんなに同情したくても、他人の事情に立ち入り過ぎないこと。敢えてコメントしない、読むだけ、「いいね」は余程のことでないと押さない、どれも自分を守ることだから。
 
どんなにうまく隠したつもりでも、人には「嫉妬」という醜い感情があり、容易には消えない。そしてそれはふとした時に、思わぬ形で顔を出してくる。嫉妬が顔を出しそうになった時に抑えられればいいが、感情的になってしまったら防ぐ自信はない。嫉妬を感じるような人とは関わらないようにすることくらいしか、私にはできない。未だにあるに違いない嫉妬とうまく付き合いながら、生きていくしかないようだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
和辻眞子(わつじ まこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属。
東京生まれ東京育ち。3度の飯より映画が好き。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-04-27 | Posted in 祭り(READING LIFE), 記事

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