祭り(READING LIFE)

ゆっくりと時間が流れた2日間のお祭り《READING LIFE 不定期連載「祭り」》

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2021/07/26/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
祖父は私が30歳のときに、92歳でこの世を去った。
私の両親は私が大学を卒業する頃に離婚している。離婚後いろいろと事情があり、父親とも、父方の親戚とも一切連絡を取っていないため、社会人になってからの私にとってのおじいちゃんは母方の祖父ただ一人ということになる。
それなのに、私はちっとも祖父を大切にできなかった。
社会人になっても祖父は元気に生きていたので、私は勘違いし、死なないような気がしていた。いつでも会えると。もちろんそんなわけはないのだが。
社会人になってからというもの、サービス業に就きカレンダー通りの休みはなく、休みもなかなか取れず殺人的な残業をこなす日々だったため、祖父母に会いに行くのは年に1回もなく、大学卒業後祖父と顔を合わせたのは数回ではないだろうか。
今さら後悔したってどうにもならないのだが、もっと祖父に会いに行けば、一緒の時間を過ごせばよかったと思っている。
 
しかし、祖父が亡くなる約1か月前、私は数年ぶりに祖父に会いに行っていた。
お盆にたまたま1日休みが取れ、泊まりがけで行く母と一緒に、私は日帰りで行った。
一人暮らしをしていた私は、母と会うのもかなり久しぶりだった。
家に着くと、祖母が迎えてくれ、しかしいつもの定位置に祖父はいなかった。
「あれ、おじいちゃんは?」 と言うと、母は「そんなに来ていなかったっけ? あっちよ」と前は私たちや親戚が泊まりに来た時に使っていた部屋へ入って行った。
祖父は介護用ベッドに横たわり、ベッドの頭側を上げて半分体を起こした状態でいた。
祖父はその世代にしては珍しく身長が180近くもあり、もともと痩せていたが更に痩せていて、でも表情は昔の印象より穏やかだった。
祖父は母を見て嬉しそうに微笑み、「水」と近くのテーブルに置いてあったコップを指さし、母に取らせた。
私は、想像していなかった祖父の姿に衝撃を受けつつも、「わぁ! 久しぶり!」と挨拶したが、祖父は私のことがわからなかった。
12人もいる孫のうちの1人で、ここ数年会っていない孫の存在なんて、病と老衰と闘っている祖父の頭の中には残っていなかった。
それは仕方のないことで、今ならそう分かるのだが、そのときの私は祖父が私のことがわからない事実があまりにもショックで泣き出しそうになってしまった。
目に涙を浮かべて、トイレ、とトイレへ向かった。
いやいや、泣いている場合ではない。必死にこらえた。
トイレから出ると、伯母がお昼を用意してくれていて、昼食を食べながら、祖母や伯母や母と話しをした。
 
食事が終わって祖父を見に行くと眠っていたため、顔を少し見ただけで部屋を出た。
そのあとも何度か様子を見に行ったが眠っていた。
祖母や母と話しをしているうちにあっという間に帰る時間になってしまい、祖父に挨拶しに行くと、ベッドから起き上がり、頑張ってポータブルトイレに座ろうとしているところだった。
これはきっと見てはいけない、と思いすぐに戻った。
母に「挨拶してきたの?」ときかれ、「トイレ中だったから。また来るから、今度でいいよね。今度は何年なんてあけずに来るようにするから」とそのまま私は帰ってきてしまった。
そして、その「今度」は来ないまま祖父はこの世を去り、次に再会した祖父は、真っ白な布に覆われて、おなかの上に刀(守り刀というらしい)を乗せた姿で、家の一番奥の部屋に横たわっていた。
「細長いなぁ、おじいちゃん」なんてぼんやり思い、祖父の死を実感できずにいた。

 

 

 

母の実家は秩父の山の奥の奥、とてつもなく不便なところにある。
自然豊かな、というか自然しかない、田んぼと畑と山しかない、コンビニもない(24時間営業ではないコンビニが私が大学生の頃にやっとできた)ようなところだ。
子どもの頃、夏休みと冬休みのイベントといえば、祖父母の家へ行くこと一択だった。
しかし、行くまでは楽しみにしているのだが、行っても野山をかけまわる以外やることがない。
私が子どもの頃は、埼玉だというのに東京と同じテレビ番組が見られなかったし、伯父が川へ連れて行ってくれるとか何かイベントがない限り、外を散歩して、妹と遊んで、昼寝して、本を読んで、持って行った宿題はやらず……、夜は20時前には寝るという規則正しすぎる面白くもおかしくもない数日だった。
祖父は昔ながらの、厳格であり、亭主関白であり、真面目を絵に描いたような、自分にも他人にも厳しく、存在が周りをピリッとさせるような人だった。
ほぼ喋らず、笑わず、私が子どもの頃の祖父は(夏休みと冬休みの印象しかないのだが)、夏は早朝から畑仕事に精を出し、昼寝をし、また畑仕事に精を出し、夕食を食べ終わると早々に寝てしまう、「ザ・農家の老人」という生活を送っていた。冬は冬で畑仕事はなくても農具の手入れとか、なにかしら忙しくしていた。
テレビも見ない、新聞と本を読むくらい、贅沢も一切せず、酒もタバコものまず(60代で大病をしてからきっぱりやめた)、家を守り畑を守ることが人生の使命で、それ以外は必要ないというような生き方だった。
 
母は6人兄弟の末っ子で、伯父、伯母からは祖父はとにかくこわい存在だったと聞く。
しかし、末っ子の母にはとにかく甘かった、依怙贔屓にもほどがあった、母は何をしても許された、と。
その話しをいつも聞かされていたためか、いとこたちは祖父のことをこわがっていたが、私は祖父がこわいと思ったことは一度もなかった。
私に向けてではなく、祖母や親戚に一喝している姿は何度も見たことがあったが、それが私に向けられることはないとなぜかわかっていた。
 
寡黙でいつも仏頂面の祖父は、遊びに行くといつも「いらっしゃい」と笑ったか笑っていないのかわからないくらいの表情で迎えてくれ、それ以上特に話そうとはしない。
小さい頃からの祖父と話した内容を思い出そうとするのだが、特に思い出せない。
祖母や親戚たちがきいてくるような、学校は、成績は、部活は、習い事は、高校受験は、大学へ行くのか、なんの仕事をするのか……ということを祖父にきかれた記憶がない。きかれていないのだ。
でも、祖父が私に興味がない、冷たい、といった印象はまったくなく、可愛がってもらったエピソードは皆無なのだが、私は小さい頃から可愛がってもらっていた印象だ。
たぶん、私が祖母や母や親戚と話しているのを穏やかに聞いてくれていると感じていたから。
そして、私が畑仕事をしていたり昼寝をしている祖父のまわりをチョロチョロしていてもなにも言わず、でも構ってくれるわけでもないのだが、やさしく見守っていてくれたからだと思う。

 

 

 

祖父の死は、母からのメールで知った。
母も亡くなってから連絡をもらったため、死に目には会えなかったと。
その日の昼頃までは変わらず過ごしていて、昼寝をしていると思ったら、夕方祖母が見に行ったら息をしていなかったと。
駆けつけた往診の先生や看護師は「苦しまずに、眠りながら逝ったみたいですね」と言っていたそうだ。
 
私はすぐに上司に相談し休みをもらった。
通夜と告別式の2日間しか休めなかったが、連休なんていつぶりかわからず、そもそもまともに休みが取れていなかった。
急に、ゆっくりと時間が流れる2日間ができた。
 
町にひとつしかない、小さな葬儀場で通夜は行われた。
参列者は、男性は三角頭巾(よく漫画やテレビに出てくるお化けが頭につけている白い三角形のもの)、女性はお経が書いてある布を肩にかけるようにと渡された。
母に、お化けの三角形をどうしてつけるのかきいたが、母も昔から特に理由をきいてみたことはないから知らない、との返答だった。
「大往生だ」「よく頑張った」という言葉が口々に聞かれ、泣いている人はほとんどおらず、私も始まる前の方が泣きそうだったがその雰囲気と、男性陣のおでこの白い三角形がなんだかおかしくて、泣くに泣けなくなってしまった。
その姿で喪主の挨拶をしている伯父の姿もなんだか滑稽に見えてしまった。不謹慎だが。
こらえきれず妹と「なんだかおかしいよね」とささやきあった。
 
そのあとの通夜振る舞いでのこと。
母方の親戚はお酒が好きな人が多く、にぎやかな席になった。
祖父ももともとはお酒が好きだったから、お酒もたくさんお供えしてあり、「一緒に飲もう」と祖父と乾杯している人も多かった。
それならば、私もおじいちゃんと乾杯して一緒に飲もう、と思った。私がお酒を飲める年齢になった頃には祖父はお酒をやめていたから、一緒に飲んだことはない。
そう思っていると、母のいちばん上の姉の伯母が言った。
 
「今日はさ、じいさんを見送るお祭りだから。みんなで集まって、にぎやかに送ってやるんだよ」
 
ふーん、そうか。
妙に納得してしまった。
 
祖父が死んで悲しい。お別れもつらい。祖母だってがっかりして気が抜けてしまっているし、いちばんかわいがってもらったであろう娘の母も落ち込んでいるし、ここにいる誰もが喪失感があるだろう。
でも、92まで立派に生き抜いた祖父を、大往生だね、頑張ったね、とみんなで見送ってあげればよいのだ。
これが若くして亡くなった方だったらそうはいかないだろうが、老衰でゆっくり穏やかに、眠っているうちに旅立った祖父はそれでいいのかもしれない。
祖父の死を悼むため、子どもはもちろん孫も全員揃ったし、ひ孫も4人も来ている。
何年も会っていなかったいとこや親戚との再会を喜ぶ場面をたくさん目にしたし、私もそうだった。
これだけ一同が揃ったことに祖母も満足して嬉しそうだった。
きっと、しあわせな最期なのだ。
祖父のために何もできなかったし、祖父についてほとんど知らない孫の私が勝手にそう解釈するのは違うのかもしれないが、でも祖父は自分の人生を生ききったのだと思う。
そして、これは祖父のための最初で最後のお祭り。祖父に感謝をして、みんなでお見送りをする「○○○(祖父の名前)祭り」なのだ。
 
人はみんないつか必ず死ぬ。
そんな当たり前のことなのに、私は祖父がいつまでも生きていてくれるような気がしてしまい、会いに行かなかった。
せっかく亡くなる1ヶ月前に会えたというのに、私のことがわからないことにショックを受け、話しもせずに帰ってきてしまった。
たとえ私のことがわからなくたって、話しかけたりそばにいたり、そういう時間を過ごせたはずなのに。
それも、正直に謝って、今までの感謝も素直に伝えよう。
 
お祭りらしくにぎやかに進む会の中でそんなことを考え、そして、母と母の2人の姉の伯母たちが、棺桶に薬を入れる、入れないで「あの世でも薬を飲ませるの!?」「あっちでも元気に暮らせるようにだよ!」ともめているのを、穏やかな気持ちで眺めていた。

 

 

 

2日間の祖父のお祭りが、私にとって大きな転機となった。
その頃の私はあまりの忙しさに日々の仕事をこなすのに精一杯で、じっくり考える時間がなかった。という言い訳で考えることから逃げていた、のかもしれない。
ゆっくりと時間が流れる中で、祖父に思いを馳せながら、今後の人生、仕事のことなど様々なことを考えた。
 
祖父が思うように動けなくなってから祖父を支えたのは、もちろん祖母や伯父夫婦なのだが、往診してくれる先生、看護師、ヘルパー、ベッドのレンタルなど、家族以外にも祖父を支えていた存在があることを知った。
それまでの私は介護や福祉のことなんて考えたこともなく、そういう仕事があるのはもちろん知ってはいたが、それは自分とは別世界の、遠い存在だった。
1ヶ月前の祖父の姿、2日間のお祭り、天職だと思っていた接客業……、いろんなことが頭を駆け巡る中で、介護の仕事を「やってみたい」とふと思った。
そこで決意しそのあとすぐ介護業界へ! とトントン拍子にことが運んだわけではないのだが、でも悩んだ末に介護業界へ転職し、以来10数年現在に至るまで、介護や福祉の世界に身を置いている。
祖父が導いてくれた! とまでは思っていないが、でも祖父の存在、祖父の死がきっかけになったことは確かだ。
仕事はつらいことが多い。もちろんそれはどんな仕事であっても言えることではあるが。
でも、そういう時に思い出すのは、祖父が亡くなる1ヶ月前のあの姿であり、2日間のお祭りのことだ。
祖父を支えてくれた方々のように、私も誰かのお役に立てているかな、いや、まだまだだな、おじいちゃんはあの世に行ったら私のことを思い出してくれたかな、たまには様子を見に来てくれているのかな、でも生きていたときと同じようになにも言わないんだろうな……
などと、たまにおじいちゃんと、今は祖母もあちらの住人になってしまったため、おばあちゃんにも話しかけてみたりしている。
 
 
 
 

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