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環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅

【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第3回:変革と挑戦――時空を超える酢づくりの旅(MIZKAN MUSEUM)


2021/10/04/公開
記事:深谷百合子((READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
運河沿いに黒塀の蔵が建ち並び、ここだけ時間がゆったりと流れているような気持ちがする。その風景に溶け込むように建っているのが「ミツカンミュージアム」だ。ミュージアムには2つの「蔵」がある。最初の蔵は「大地の蔵」。蔵の中には大小様々な桶が並び、「コン、コン、コン」と木を叩く音がする。至る所で、はちまきをした男達が酢づくりに励んでいる。すべてを手作業で行っていた江戸時代から、道具は変われども受け継がれてきた酢づくりに対する思いは変わらない。
 
そして2つめの蔵は「時の蔵」。薄暗い空間に浮かび上がる巨大なシルエット。そこは時空を超える空間だった。
 
ミツカンがこの地で酢づくりを始めてから200年以上が経つ。受け継がれてきたものを守り、原風景を保ちながらも新しい風を感じるのはなぜか?
そこにはピンチをチャンスに変えてきた挑戦の歴史と、食に対する一貫したポリシーがあった。
 

(写真右)高木 宏さん
MIZKAN MUSEUM館長
 
(写真左)日比野容久さん
MIZKAN MUSEUM学芸員
 
 

ピンチをチャンスに! タブーへの挑戦



 
酢を使ったものと言うと、何を思い浮かべますか? 実は酢は、お寿司、酢のもの以外にも、色々な調味料に使われています。例えば、ソース、マヨネーズ、ケチャップにも酢は使われています。それくらい身近な調味料です。
 
では、酢はどうやってつくられるかご存知でしょうか? 基本的には米を原料にして酒をつくり、その酒を更に発酵させてつくるのが「米酢」です。ところが、ミツカンの酢の始まりは米ではありません。何からつくったと思いますか? 実は「酒粕」です。
 
ここ、愛知県半田市は醸造業、特に酒造りが盛んで、江戸時代は日本でも有数の酒どころでした。酒を沢山つくれば、副産物として酒粕も沢山できるわけですが、江戸時代は酒粕の用途があまりなかったのです。ミツカンの創業者である初代中野又左衛門は、ここに着目して「何かできないか」と試行錯誤を重ねました。その結果できたのが「粕酢」です。
 
又左衛門が酒粕に着目したのには、大きな理由があります。
 
又左衛門は元々酒造業を営んでいました。20歳頃に半田の有力な酒造家へ養子に入った後、1804年に分家を許され、中野又左衛門家を興したのです。当時尾張、知多の酒は江戸に多く出荷されていたのですが、又左衛門が本家から独立して酒造りを本格的に始めた矢先、幕府の政策のあおりを受けて、江戸への出荷量が大幅に減少し、尾張、知多の酒造業はピンチに陥ります。
 
よく、「ピンチをチャンスに変えろ」と言われますが、そんなに簡単にできるものではありません。発想の転換をしなければなりません。そうした苦境に立たされて、又左衛門は「今あるもので生かせるものは何だろうか」と考えたのだろうと思います。その時自分たちには「酒粕」と「発酵技術」があった。それで粕酢づくりに取り組むのです。
 
酒粕は3年ほど熟成すると、うまみや甘みが増えます。見た目は赤味噌のようになります。これを水で溶かして木綿の袋に入れて絞ります。うまみや甘みを含んだ絞り汁に酢酸菌を入れて発酵させると粕酢になります。この粕酢は、米酢と比べてうまみや甘みがあるのです。
 
その頃江戸では寿司がブームになっていました。当時、酢飯に使われていたのは米酢と塩だけです。何かが足りないと思いませんか? 甘みです。砂糖は当時は高級品でした。加えて米酢も高価です。一方、粕酢はつくるのに手間はかかるが、うまみや甘みがあるうえに、安価です。
 
実は又左衛門は独立した年の秋、食の大消費地である江戸へ行き、寿司と出会っていました。「あの寿司には、粕酢のうまみや甘みが合うに違いない」と確信した又左衛門は、粕酢づくりを本格的に始めるのです。
 
しかし、当時は酒造家が酢をつくるということは有り得ないことでした。せっかく作った酒に酢酸菌が入ってしまうと、酒が酢になってしまうからです。そんなタブーに又左衛門は敢えて挑戦したのです。
 
当時酒粕から酢をつくった記録はないので、製品化までには試行錯誤を繰り返したのではないかと思いますが、独立して7年後の1811年に酢蔵(半田工場)を開設し、完全に事業化しました。うまみと甘みのある粕酢は江戸で評判となり、寿司のブームに乗って大ヒットしました。発想の転換とタブーに挑戦することで道が開けたわけですが、タイミングも良かったのだと思います。寿司との出会いは非常に大きかったと思います。
 
 

五感で感じる体験型の展示



 
このミュージアムは、もともと工場があった場所を再整備し、2015年にオープンしました。展示は5つのゾーンに分かれていますが、最初に「大地の蔵」で、江戸時代の酢づくりや、現在の醸造の様子をご覧頂きます。酢づくりの主役は「酢酸菌」、そして一番大事な工程は「発酵工程」です。
 
酒に酢酸菌が入って成長すると、酒の表面に白い膜ができます。酢酸菌が作った膜です。成長の具合によって膜の状態が変わるのです。展示では実際に桶の蓋を開けて、膜の様子を見て頂くのですが、「へー、これが酢の菌なの!」 と皆さん驚いてくれます。
 
この膜の下で酢酸菌が酒を酢に変えていくのですが、酢は酒より比重が大きいので、自然に下に沈んでいきます。展示している桶では、2週間くらいで自然に対流して酢ができあがっていきます。昔は大きな桶でやっていたので、1ヶ月位かかったそうです。
 
これは「静置発酵」という発酵方法で、今はメインの製造方法ではないのですが、敢えてミュージアム内に残しました。なぜなら、元々この方法で酢をつくっていたからです。ものづくりは、どんどん技術が発達しますが、原点である職人のスピリットを受け継いでいくために、あるべきもの、原点は残しておきたいし、伝承していきたい。それが発酵室の展示です。
 

 
ミツカンの歴史を紹介するゾーン「時の蔵」では、江戸時代に活躍していた「弁才船(べざいせん)」を再現しました。船に乗って、江戸へのタイムスリップを体験して頂きます。展示しているのは310石クラスの船で、ほぼ実寸大です。全長20m、46トンほどの荷物、今の酢の500mlのビンでいうと9万本を運べる大きさです。
 
弁才船は帆柱を立てて風の力で進むので、乗組員は6、7人位でよかったそうです。風次第ですが、半田から江戸まで10日ほどかかったそうです。太平洋側なので漂流の危険があり、難破の記録も多く残っています。命がけで運んでいたんですね。
 
波の音、湊のにぎわい、そして大海原で風を感じ、時に嵐に遭遇しながらも、ようやく活気溢れる江戸に到着した喜びを体感頂けたらと思います。
 
 

歴史の継承



 
弁才船は静岡の造船所で作って頂き、パーツを運んできて、ここで組み立てました。正確な図面などはありませんから、寺社に安全祈願で奉納されている絵馬に書かれた船の絵等も調べながら再現したと聞いています。
 
酢を作る道具も、一部は工場で実際に使っていた物を残したり直したりして展示していますが、こうした道具や桶を作る職人さんがいなくなってきています。酢づくりのゾーンで展示している大桶も、昔使っていたのと同様な桶を再現しようとしても、もう半田地区には作れる人がいない。それで、日本で唯一製造されていた大阪の製造所にお願いして作って頂きました。
 
展示だけなら実寸大にこだわらなくてもよかったかもしれません。けれども、こうしたことを通じて失われつつある技術を継承していくことに貢献したいと考えました。
 
 

やがて、いのちに変わるもの。



 
実はミツカンは戦後、再びピンチに陥ったことがあります。戦後の復興期、物資がまだ不足する中でも品質にはこだわっていたので、ミツカンの酢は評判が良かったのです。それを逆手に取られたのです。当時はまだ酢は樽で売っていました。そして、その樽にはミツカンのマークが入っていました。樽の中の酢が売れて空になると樽は回収するのですが、この空いた樽を悪用して偽物や粗悪品を入れ、あたかもミツカンの酢のように売られるということがあったのです。
 
お客様の安全、安心、健康を守るためには、自らの手で詰めた酢を届ける「元詰保証」をするのが一番です。そのために、商品の全面ビン詰め化を図ります。しかし、そのためには莫大な設備投資が必要です。当時は「借りたお金を返すのに100年はかかる」と言われたそうです。それでも、金策に駆けずり回り、工場にビン詰めのラインを設置しました。
 
その後スーパーマーケットが登場して食品の販売方法が大きく変わり、樽売りからビン詰めへの切替は結果的に時代を先取りすることになりました。
 
ミツカンには「やがて、いのちに変わるもの。」というスローガンがあります。
食べることは「自然がくれた命を頂くこと」、そして食べることは「命をつくるもの」。ですから、私たちは「安全、安心、健康的で美味しい」、そういうものを提供したいという思いは、昔も今も変わりません。
 
「水のシアター」では、春夏秋冬の四季を通じて、人々が食事を楽しむ何気ない日常をうつした9分ほどの映像をご覧頂きますが、命を頂くことへの感謝を感じて頂けると嬉しいです。そしてまた、映像をご覧頂くと、私たちが食べ物を口にするまでの間には、沢山の作り手の手を経ていることが分かります。食材だけでなく、それらを調理する道具、器……。そうした作り手にも思いをはせて頂ければと思います。
 
 

ここをミツカンファン、ミツカン社員の聖地に



 
ミツカンの酢づくりの歴史は、「変革と挑戦」の歴史です。創業者から新しいイノベーションを作ってきました。古いままだと生き残れません。古いものを大事にしながら新しいものに取り組む、それを伝えることにこの施設の意味があると思っています。
 
そしてまた、ミュージアムも新しいことに取り組んでいきたいと考えています。今までは来て下さったお客様に「体験」を提供していましたが、来て下さるのを待つだけでなく、ここからもっと魅力を発信できるミュージアムにしたいと思っています。デジタル技術の進歩で、発信のやり方、可能性が広がっているので、「ここにぜひ来たい」と思って頂ける体験を提供することを目指しています。そして、来て頂いた方には「もう一度来たい」と思って頂けるよう、展示も工夫を重ねていきたいと思っています。
 
例えば、私たちは「発酵」という強みを持っています。その強みを生かして、発酵の面白さを紹介したり、酢酸菌が膜をつくる様子をご覧頂く発酵室の展示のように、「へー!」という驚きや感動を提供し、子ども達の興味の扉を開くきっかけになれば嬉しいですね。
 
私たちは販売店を介してのビジネスなので、直接お客様と繋がっている部署は少ないのです。しかし、ここは私たちの商品を買って下さるお客様と直接繋がれる貴重な場です。ですから、お客様と一緒になってつくり上げる関係を構築していきたい。一方、工場で製品を作っているミツカン社員にとっても、ここを通じて仕事に誇りを持ってもらいたい。そういう意味で、ここを「ミツカンファンとミツカン社員の聖地」にしたいと思っています。
 
 

最後に


ミュージアムの見学は、2021年9月現在、新型コロナウイルス感染拡大防止のため臨時休館しており、新規ご予約の受付も中止していますが、このピンチをチャンスに変えるべく、より魅力ある施設として存在できるようアイディアを練っています。
 
ここに足を運んで下さった方が、「来て良かった」、「面白かった」というだけで終わるのではなく、10年、20年経った時、「そういえばあの時ミツカンミュージアムに行ったな」と思って頂ける存在、点の繋がりではなく、末永く寄り添える存在になりたいと思います。どうぞ再開を楽しみにお待ち頂ければ幸いです。
 
 

MIZKAN MUSEUM
所 在 地:愛知県半田市中村町2-6
営業時間:9:30~17:00(完全予約制)
休 館 日:木曜日(木曜日が祝日の場合は開館、翌金曜日が休館)、年末年始
入 館 料:全館コース 大人300円、中高生200円、小学生100円、乳幼児無料
大地の蔵コース 大人100円、中高小生50円、乳幼児無料
アクセス :名鉄河和線「知多半田」駅より徒歩13分、またはJR武豊線「半田」駅より徒歩3分
車の場合は知多半島道路「半田中央I.C.」、または「半田I.C.」より15分
駐 車 場:第一 約40台、第二 約100台(バス8台有)
ホームページ: https://www.mizkan.co.jp/mim/

写真提供:MIZKAN MUSEUM
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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