【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第16回:笑顔を生む商品は、笑顔のあふれる現場から生まれる――「農」から始まるものづくり(カゴメ上野工場・カゴメ記念館)
*この記事は、天狼院書店のライティング・ゼミを卒業され、現在「READING LIFE編集部」の公認ライターであるお客様に書いていただいた記事です。
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記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
「焼きそばの香りがする!」
工場入口の扉が開くと、見学に訪れた子どもが嬉しそうな顔をして叫んだ。スパイシーな香りが食欲をそそる。この工場でつくっているのは、ソースだ。
まだ日本人になじみのなかったトマトやレタスなどの西洋野菜の栽培にいち早く取り組み、トマトソースの開発に成功。その後、日本人の口に合うウスターソースとトマトケチャップの製造にも取り組み、家庭料理の洋食化の流れに乗って成長したのがカゴメ株式会社だ。
カゴメがこの地で創業してから120年以上が経つ。ソースをつくる工場の隣には、西洋野菜の栽培から始まるカゴメの歴史がわかる「カゴメ記念館」がある。カゴメファクトリーツアー上野工場・カゴメ記念館は、平日でも定員が埋まるほど人気がある。
そこには、訪れた大人も子どもも、そしてそこで働く社員も、みんなが笑顔になるものづくりの現場があった。

(写真左)小林 洋介さん
カゴメ株式会社上野工場 生産管理課長
(写真右)新美 奈那さん
カゴメ株式会社上野工場 生産管理課
「挑戦」「探究心」「人とのつながり」が成功をもたらした

あなたが好きな野菜はなんですか。
日本人が好きな野菜ランキングの上位に入るトマト。カゴメが毎年実施している調査でも、トマトはここ2年連続で「子どもの好きな野菜ランキング」で1位になっています。
そのくらい日本人に親しまれているトマトですが、カゴメが創業した明治32年当時の日本では、まだ珍しい西洋野菜でした。
カゴメの創業者である蟹江一太郎は、兵役を終えて軍隊から除隊するとき、上官から除隊後の進路をたずねられました。「農家の跡取なので、農業をやります」と答えた一太郎に、上官は「これからの農業は、西洋野菜を手がけたほうがいい」と勧めました。
西洋野菜の栽培を勧められたのは一太郎だけではありませんでしたが、実際に栽培に挑戦したのは一太郎だけでした。一太郎は名古屋の農業試験場に通って西洋野菜の知識を学び、ハクサイ、パセリ、ニンジン、トマトなどの種を分けてもらいました。翌年収穫したこれらの西洋野菜は、最初こそ馴染みがなくて売れなかったものの、外国人客を持つホテルや西洋料理店などで少しずつ売れ始めました。しかし、なぜかトマトだけは売れ残ってしまいます。青臭く、独特のクセがあったからです。
たくさん収穫できても売れ残ってしまうトマト。それでもどうにかしてトマトを広めたいと思っていた一太郎は、農業試験場の技師から「アメリカではトマトを加工して食べる」と教えてもらいます。その言葉を頼りに、名古屋ホテルの料理長から一瓶のトマトソースを分けてもらいます。トマトソースは、生のトマトよりも酸味が弱く、香りも穏やかでした。
「トマトを煮詰めて裏ごししているに違いない」
そう考えた一太郎は、家族やまわりの農家の人たちと協力しながら、トマトソースづくりにとりかかります。この挑戦こそが、農業から工業へ踏み出す一歩となりました。
3年ほどの試行錯誤を重ね、完成したトマトソースは「舶来品に負けないほどおいしい」と高い評価を受けました。こうして、本格的にトマト加工業をスタートした一太郎は、自宅敷地内に工場を建設。近くの半田市内にある企業から良質なお酢を手に入れ、トマトケチャップやウスターソースもつくり始めます。日本人の味覚に合うよう調味料や香辛料の配合を工夫したこれらの商品は、洋食が広がり始めた時代の流れの中で、広く受け入れられるようになったのです。
お客様には「楽しみ」を、社員には「やりがい」を感じる現場

カゴメ上野工場は、一太郎が最初につくった工場です。現在は、ソースの製造拠点として、「ウスターソース」「中濃ソース」「とんかつソース」「こいくちソース」を製造しています。
ソースのベースとなる「醸熟液」は長野県内にあるカゴメ富士見工場でつくられています。「醸熟液」は、トマトや野菜をカゴメ独自の植物性乳酸菌で発酵し、その発酵液に調味料や香辛料を加えて熟成させたものに、加熱した野菜や果物の風味をなじませてつくられたものです。上野工場では、この「醸熟液」に野菜や果実、香辛料などを調合して加熱、容器への充填、検査、出荷を担っています。熱を伝えやすい銅でできた「蛇管(じゃかん)」による急速加熱という昔ながらの製法で、香辛料の香りを出しているのが特徴です。「蛇管」は、蛇がとぐろを巻いたような形のため、洗浄がしづらいですが、香り豊かなソースを楽しんでいただくために使用しています。
工場見学では、ソースをペットボトルへ充填する工程と、お弁当用のミニパックへ充填する工程をご覧いただいています。ミニパックへの充填は、「ミニパックだから小さな窓から見られるようにしよう」という製造課長のアイデアで、壁にあけられた小さく丸い窓から覗けるようになっています。

私たちにとってソースの充填は見慣れた光景ですが、窓に張りつくようにして熱心にご覧になっているお客様の姿を見て、「自分たちの仕事がこんなに喜んでいただけるのだ」と感動しました。
工場内で働く人も、はじめはお客様から見られていることに慣れない様子もありましたが、今では手を振ってくれたり、自分たちで説明用のパネルを用意してくれたりしています。

食文化は地域によって異なりますが、ソースにも地域性があります。たとえば、東日本では「中濃ソース」、西日本では「ウスターソース」、東海地方では「こいくちソース」が好まれています。工場見学後には、「ウスター」「中濃」「とんかつ」「こいくち」それぞれを試食し、味の違いを感じていただいています。どのソースが好きか、お客様同士の会話も弾む時間になっています。

カゴメ記念館と工場のご案内は、社員が行っています。日常の業務を持っているからこそ、自分の話としてカゴメの歴史やものづくりのことをお客様に伝えられると思います。
直接お客様と接することがなくても、「お子様も楽しめるように」と、トマトやニンジンをかたどった帽子やカチューシャを社員の家族がつくってくれたり、バッジや差し棒などの小道具を従業員がつくってくれたりしています。
現地で私たち社員と接していただくことで、「あの人たちがつくっているものだから」と当社の商品を選んでいただけるようになれたら嬉しいですね。私たち自身も、お客様からいただく声が励みになり、「ここで働いていてよかった」と思え、ご案内するたびにやりがいを感じています。
畑が第一の工場

カゴメが農家から始まったことは意外と知られていません。ほかの工場のように、原料を仕入れるところから始まると思われています。しかし、カゴメでは原料となる野菜をつくる畑を「第一工場」と位置づけています。
農家からスタートしたからこそ、作物を育てることの苦労を知っているし、お互いに助け合わなければ農業はうまくいかないことも知っています。したがって、カゴメは創業のときから、「契約栽培」という形で、収穫された野菜の全量を買い取り、農家が安心して栽培できるように環境を整えてきました。また、育てやすい品種の開発など、農家と二人三脚で地道に取り組んできました。
最近では、気候変動に対応するため、高温の環境下でも育ちやすい品種や、少ない水分でも育つトマトの開発に取り組んでいます。また、猛暑のなかで収穫をする農家の負担を少しでも減らす対策も進めています。
たとえば、トマトが熟して赤くなるタイミングがバラバラだと、手作業で収穫しなければなりませんが、熟すタイミングが同じで一斉に赤くなるような品種を開発すれば、機械で一気に収穫することができます。そのためには、国内外の研究機関や、ベンチャー、農業機械メーカーなど、さまざまな関係者と連携した取り組みが必要になります。
カゴメの企業理念には、「開かれた企業」という考え方があります。自社だけで完結しようとするのではなく、さまざまな人と協力することで、大きな社会課題の解決に挑む――これは創業時から変わらぬ精神です。
人と自然の循環の輪をより太く、大きくしていくために

Growth tomato in greenhouse
野菜は機械とは異なり、短期間でアップグレードできるものではありません。「トマトジュースがすごく売れているから、トマトをたくさんつくろう」と言っても、急にできるものでもありません。自然が相手ですから、思うようにならないこともたくさんあります。
カゴメでは、毎年トマトの苗が社員に配られ、自分で育てる体験をします。野菜を育てることがどれだけ大変なのか、育ててみて初めてわかることは多いですね。
同じトマトでも、やはり一つひとつ育ち方が違うので、「こういうときはどうしたらいいのだろう」と思うことが多くあります。いい実を育てるためには、要らない芽を摘まなければならないのですが、どれを摘んでいいのかわからなかったり、生育状況が正常なのかどうなのかがわからなかったりしたこともありました。栽培のうまい人は、立派なトマトをたくさん収穫していましたが、初心者だと実をつけるのに精いっぱいです。
農家の人たちが毎年育ててくれるのは当たり前ではないことが身にしみてわかりますし、原料を大事にすることを実感として学んでいます。トマトの苗は、取引先や子どもたちにも配っていますが、そこには、自然の恵みのありがたさを多くの方に感じていただきたいという思いがあります。
野菜を育てることは大変ですが、一方で喜びも与えてくれます。種をまいて芽が出たとき、小さな実をつけたとき、収穫できたとき、そこには笑顔があります。そして、おいしいものを食べたとき、人は笑顔になります。「笑顔」を生み出す自然の力は、身体にとっての栄養だけではなく、心にとっての栄養も与えてくれるでしょう。
これからも自然の恵みと人との出会いに感謝しながら、「農」から「食」にわたる革新的な技術で、自然の豊かさを育み、より健やかな暮らしの実現に貢献していきます。
最後に

カゴメのファクトリーツアーは、愛知県の上野工場とカゴメ記念館のほか、栃木県の那須工場、茨城県の茨城工場、長野県の富士見工場でも行っています。それぞれ特徴がありますので、ぜひ実際に訪ねてみてください。ただし、カゴメの歴史を知ることができるのは、カゴメ記念館だけです。ぜひ創業の精神を感じにきていただけたら嬉しく思います。お待ちしております。
カゴメファクトリーツアー上野工場・カゴメ記念館
所 在 地:愛知県東海市荒尾町東屋敷108
所要時間:約80分
予約方法:完全予約制(1週間前までにWeb より申し込み)
https://www.kagome.co.jp/ftl/factory/apply/
入 館 料:無料、お土産つき(ソース160ml、オリジナルグッズ等)
アクセス :名鉄常滑線「聚楽園駅」より車で約5分、「太田川駅」より車で約10 分
車の場合は伊勢湾岸自動車道「大府I.C.」より約10分、「東海I.C.」より約5分
利用条件:30名様まで(小学生以下のお子様は保護者同伴でお申込みください)
ホームページ:https://www.kagome.co.jp/

写真提供:カゴメ株式会社
文:深谷百合子、写真:松下広美(名古屋天狼院店長)
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。
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