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出してからおいで

本性、出してからおいで《出してからおいで大賞》


記事:笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)

 

※この記事はフィクションです

 
 

とんでもないものを見つけてしまった。
日曜日の夕方、僕は異様に興奮していた。
かれこれ3時間以上スマホを触りっぱなしだったのでスマホが熱い。そして僕の目も熱っぽく、いつまでもスマホの画面から目を離すことができないのだった。

 

僕は休日の癒しとして、インスタグラムで可愛い女の子をフォローしてその子たちの投稿を見ることを習慣にしている。
インスタグラムの「発見」ページで「#今日のコーデ」とか「#おしゃれさんと繋がりたい」とかいうハッシュタグで検索して出てきた投稿からビビッときた女性をフォローする。僕の好みはキリっとした美人系よりも可愛らしい感じ。ふわふわに加工されたものが好きで、そういう加工なら髪型と口元しか写っていないようなものでもフォローする。そして僕は彼女たちの投稿にときおり「いいね!」を押してニヤニヤする。

 

自分でもなかなか気持ち悪い趣味だと思う。この習慣のことはもちろん誰にも言わず、ただただ一人で楽しんでいる。
けれど僕は決して変態ではない。釈明させてもらうと、僕がインスタグラムをはじめたのは応援していた女性アイドルの投稿を見るためだった。メジャーデビューを目指して毎週ライブを行い、平日はまめにSNSを更新する彼女たちを応援したい一心でアカウントを作成した。しばらくは彼女たちの投稿を追うのに精一杯だったが次第に慣れ、やがて彼女たちだけでは飽き足らなくなりいろんな人を「発見」するようになったのだ。

 

たまにブロックされることはあるけれど、大抵はそのままフォローさせてくれた。しかし僕はフォローと「いいね!」以外のアクションは起こさない。フォローしている女性たちのことを性的対象ではなく応援対象として見ているからだ。僕は出会い目的でインスタを使っているわけじゃない。誰にも言わない趣味だけれどここだけは自信を持って言いたい。
とはいえ一応自分のアカウントが怪しいものだと思われないように近所の猫の写メをいくつか撮ってそれをアイコンにした。おかげで未だに通報されずに癒しの日々を送れている。猫は無敵だと思う。

 

そんな生活を続けているうちに、僕はとんでもない出会いを迎えてしまった。
あ、これ、タカハシさんだ。
インスタグラムの「発見」ページであれこれ検索していると、見覚えのある顔が僕の目に飛び込んできた。

 

タカハシさんは会社の同僚だ。僕はとあるメーカーの営業として働いていて、タカハシさんは事務をしている。とは言え僕はタカハシさんの顔がわかる程度で他のことはよく知らない。僕は日中外回りで社内におらず、僕が戻る頃には帰ってしまうからだ。

 

インスタグラムのタカハシさんは、職場では見たこともないようなまぶしい笑顔をしていた。僕の好みのふわふわの加工がしてあって、可愛かった。僕は何の迷いもなくアイコンをタップしてプロフィールページに飛び、彼女の投稿を眺める。タカハシさんは自撮りがあまり好きじゃないようで、友達や食べ物と一緒に映った写真が多い。それか手元のジェルネイルを写したもの、カフェ、本などタカハシさんのお気に入りを切り取った投稿が無差別に並んでいた。ざっと見る限りは恋人の存在を匂わすような投稿はなかった。

 

さすがに知り合いとなると後ろめたい思いがした。しかしスクロールの手は止まらない。
投稿をひととおり見てプロフィールページに戻ると、タカハシさんのプロフィールページにブログとおぼしきURLが貼ってあった。迷わずタップ。すると「タカハシライフ」と題された個人ブログのページがあらわれ、僕は「うおぉぉ」と心の中で叫んだ。

 

それから僕の休日は、インスタパトロールに加えてタカハシさんのブログを見るのが習慣になった。
「タカハシライフ」にはタカハシさんの日記のほかに、面白かった本や映画のレビュー、お気に入りのカフェの話などが書かれていた。
タカハシさんはどうやらライターを目指しているらしく、ブログには天狼院書店という書店が主催するライティングゼミに通っていると書いてあった。だからインスタグラムもブログも公開しているんだと合点がいく。たまに「記事掲載されました」というタイトルでブログが更新され、「ぜひご覧ください!!」という宣伝とともに別サイトのリンクが貼られている。そのリンクをタップすると、タカハシさんの署名入りの記事が確かにあった。

 

僕はてっきり取材記事かと思って読んだら、それはタカハシさんのエッセイ記事だった。
テーマはブログのネタとほぼ変わらないのだが、ブログよりもエピソードを膨らませて書いていて面白かった。仕事のことも記事にしていて、僕は一瞬ヒヤリとした。けれどそれは取り越し苦労で、タカハシさんは自分が理想とする働き方や憧れの先輩女性のことについて記事にしていた。僕はタカハシさんの働き方を目にしたことはほとんどないのだけれど、きっとまじめに働いているんだろうなぁと思った。

 

「タカハシライフ」もライティングゼミの記事もけっこうな頻度で更新されるため、僕はタカハシさんのことについてだいぶ詳しくなってしまった。牛肉が食べられないこと、ディズニーが大好きなこと、水玉模様の小物をつい集めてしまうこと、積ん読が30冊以上あることなど。どれも他愛ないことなのだけれど、本人を知っているのとそうでないのとでは感覚が全然違う。あ~タカハシさんっぽいなぁと思ったり、へぇ~そういうところがあるんだと意外に思ったりするのは案外楽しく、そしてやはり後ろめたかった。

 

この習慣を続けているうちに、僕は職場でタカハシさんを強く意識するようになった。
それはときめきではなく後ろめたさによるもので、僕はタカハシさんのブログや記事を定期的に読んでいることを絶対バレないようにしようと心に誓った。というかバレたら僕の「休日の癒し」までもがバレてしまい、社内の全員から白い目で見られることは間違いなく、そんな状況には絶対なりたくないため僕はタカハシさんが視界に入った瞬間に一定の距離を取って必要以上の会話をしないように努めている。そもそも会話などほとんどなかったのだが、念には念の対策だった。

 

しかし改めてタカハシさんを意識してみると、まじめで可愛らしい子だなと思った。ライティングゼミの効果があらわれているのかブログの文章もエッセイ記事もみるみる上達していて、僕は彼女を心から応援したいと思うようになった。タカハシさんはたまにインスタグラムで「人生、上手くいかないこともある! 一旦へこんでまた頑張ろう!」なんて落ち込んだ投稿をすることがあり、会社でタカハシさんを見かけたときは心の中で「がんばれ!」と声をかけている。僕はブログを通して完全に彼女のファンになっていたのだった。

 

「タカハシライフ」を発見してから2ヵ月ほど経った頃、タカハシさんはすごく気になるタイトルのブログを更新した。
「恋のはじまり」
僕はまたも心の中で「うおぉぉ」と叫んだ。
タカハシさんに、恋。
まじか、と誰にともなくつぶやく。
ブログにはものすごく遠まわしな表現で好きな人ができたということが書いてあった。文脈から察するに、それは社内の誰かのようだった。
誰だ。
僕の血が騒いだ。
もちろん自分である可能性はない。僕はこの2ヵ月タカハシさんとロクに会話をしていないからだ。この2ヵ月でタカハシさんは社内の誰かと距離を縮め「恋のはじまり」を体感してしまったらしい。
おい、誰だ。タカハシさんの心を揺さぶる奴は。僕は何故かタカハシさんの親のような気持ちになった。

 

絶対見つけだしてやると強く思ったのも束の間、僕はタカハシさんの心を揺さぶる奴をあっけなく見つけてしまった。
皮肉にも僕の同期のアイザワだった。
アイザワは身長165センチと低めなのだが、とにかく人当たりが良い男だ。太陽のような笑顔で周りの人みんなを明るい気持ちにさせてくれる。そんなアイザワの明るい性格と営業という仕事は抜群に相性が良く、30歳ながら若手のエースとして上からの評価も高い。同期からの人望も厚く、タカハシさんがアイザワに惹かれるのもうなずけた。

 

アイザワがタカハシさんの心を揺さぶった奴だとわかったのは、外回りから会社に戻ってきたときにタカハシさんとアイザワが親しげに話しているところを目撃したからだ。タカハシさんはインスタグラムの投稿にあったようなまぶしい笑顔をしていた。僕は「あぁ、これが“恋のはじまり”か」と心の中でつぶやき、そして同時に「よりによってアイツかよ」とやるせない思いで胸がいっぱいになった。

 

アイザワは良い奴なのだが、天性の「人たらし」だった。
一度アイザワと接すると誰もがアイツを良い奴だと思う。営業という仕事柄、最近のアイザワは「人たらし」に磨きがかかっていて、同期の僕としてはアイザワの底抜けの明るさに少しいかがわしさを感じてしまう。いろんな経験をして30代になった今、それなりに後ろ暗いものを誰もが持つものだろうと思っているからだ。
しかしこれは僕の嫉妬が多分に含まれている。アイザワみたいな素直で明るい奴だったら、僕はこんな後ろめたい思いもやるせない思いも抱くこともなく素直にタカハシさんを応援できたのではないか。最近そんな風に思えて仕方がないのだった。

 

僕はただの観察者だ。ブログのアクセス数や「いいね!」の数でそれなりにタカハシさんの人生に貢献しているかもしれないけれど、タカハシさんの心を揺さぶり、文章そのものを変えてしまうアイザワの力は絶大だった。
「恋のはじまり」を感じたタカハシさんは、すごくイキイキとしていた。そんなタカハシさんの姿を目の当たりにした僕は、観察者の無力を思い知った。
彼女を心から応援したいと思っていても、観察者である限り僕は彼女に対して何もできないのだ。

 

それでも僕なりにタカハシさんの恋路をアシストできることはないかと思い、アイザワの素性を調べることにした。とりあえず「今度飲もうぜ」とアイザワにライン。「お前から誘ってくるなんて珍しい〜」という返事とともに飲み会の予定がすぐに決まった。

 

「どうした? 仕事で行き詰まってんの?」
仕事で疲れ果てているはずなのに、アイザワは変わらず明るい口調で僕にそう尋ねた。
「いや……まぁ、いろいろ行き詰まってるかも」
「まじか! 何かあった?」
「いや、別にトラブったとかじゃないんだけど、最近趣味がマンネリ気味でさ」
「あー、株だっけ? ルーティーンになっちゃうとつまんないって言うよね」
職場で僕の休日の趣味は“投資”ということになっている。
「まぁね……なんか新しい趣味でも探そうかなと思って。アイザワは何してんの?」
「ん〜、ランニングとかドライブとか? 身体動かすとストレス発散になるし、いつもと違う景色を見ると良い気分転換になるよ」
なんて健全で素晴らしい趣味なんだ、と思ったが口には出さない。
「ランニングとドライブねぇ〜。 ドライブとか、ひとりでやってて楽しい?」
「けっこう楽しいよ。あてもなくフラフラするのは好きだし」
彼女がいるかそれとなく確認しようと思ったが失敗した。僕は作戦を変えて単刀直入に聞くことにした。
「アイザワって彼女とかいないの?」
「いるよー」とあっさり答えられ、拍子抜けした。
「彼女とドライブしないの?」
「たまにするけど、乗り物苦手だからあんまり乗ってこない」
「あ、そう……」

 

その後どうやってアイザワと会話を続けたのかはっきり覚えていない。そのときに聞き出したのは彼女がいるということ、彼女は5歳年下の大学院生で論文に追われてなかなか会えていないということ、彼女は弟の同級生で彼女から熱烈なアプローチがあって付き合ったということだった。
タカハシさんのことについては触れられなかった。ロクに会話をしていないタカハシさんの話題を出すのがどうにも不自然に思われたからだ。アイザワからもタカハシさんの話は出ず、一体アイザワがどういう距離の縮め方をしたのか気になりつつも解散した。

 

タカハシさんの恋路を先回りしてしまった僕は、やるせなさと無力感がさらに増して落ち込んだ。
僕はアイザワの素性を確認して何がしたかったのだろう。
タカハシさんの人生を観察して何がしたいのだろう。
もう、そっとしておくべきなんじゃないか。
こんな趣味なんかやめて、ランニングとドライブをはじめた方がよっぽど良いじゃないか。
そう思うのだけれど、帰りの電車で僕はスマホを取り出し「タカハシライフ」が更新されていないかつい見てしまうのだった。

 

自分でも狂っている、と思った。
誰かの人生を観察したところで、自分の人生が好転するわけじゃない。
わかっているけれど、やめられないのはどうしてだろう。
考えたときに頭に浮かんだのは「憧れ」という言葉だった。
きっと僕は憧れているんだ。インスタグラムやブログで自分のことを発信し、自分で自分の人生を切り開こうとする女性たちに。
僕は「観察者」だとか言って評論家ぶっていたけれど、自分では到底行けそうもない場所にいる彼女たちのことを実はとてつもなく憧れていたのではないかと思った。

 

酔いも手伝って、僕はいろんな感情が湧き上がって頭がおかしくなりそうだった。
けれど、「本当の僕」を知る人は誰もいない。
僕は本当にこのままで良いのだろうかと思った。
電車の中で答えはどうにも出せそうになく、少しの吐き気と身体のだるさが僕の身体を襲うばかりだった。

 

アイザワとの飲み会から2ヵ月ほど経った頃、アイザワが結婚するという知らせが入った。
お相手は大学院生の彼女で、大学院の卒業と同時に結婚するのだそうだ。
アイザワはいつにも増して明るく、幸せそうだった。「人たらし」のアイザワの朗報を社内のみんなが喜び、結婚祝いと称した飲み会も定期的に開催された。

 

僕はタカハシさんの顔を見ることができなかった。やはり後ろめたかったからだ。
「タカハシライフ」やエッセイには叶わなかった恋の記事がいくつか更新された。タカハシさんの文章は自分の想いが叶わなかった切なさと恋した相手への感謝の気持ちに満ちていて、なぜだか泣きそうになった。切ない記事だったけれどタカハシさんはアイザワとのことはすでに吹っ切れているようで、むしろパワーアップした感じがした。僕は彼女の成長を目の当たりにして、ますますタカハシさんの人生を応援したいと思うようになった。

 

そして僕はいつまでも誰かの人生の観察者でいることに耐えられなくなり、タカハシさんが通っている天狼院書店のライティングゼミをはじめることにした。タカハシさんのファンとして文章を楽しんでいるうちに、僕も書きたくなったのだ。のべ3000人以上が通っているゼミなのでタカハシさんは僕が通っていることは知らない。今度は観察者ではなく、いち発信者としてタカハシさんと接することができれば良いと思う。

 

今のところ、書きたいことはただひとつ。
僕の趣味について。
狂ったようにスマホを見てしまう僕の趣味について。
これまでひた隠しにしてきた僕の本性について。
上手く書けるか心配だが、迷いはない。
僕は意を決してパソコンに向かい、タイトルを打ち込んだ。

 

「本性、出してからおいで」

 
 

ライタープロフィール
笹川 真莉菜(READING LIFE公認ライター)
1990年北海道生まれ。國學院大學文学部日本文学科卒業。高校時代に山田詠美に心酔し「知らない世界を知る」ことの楽しさを学ぶ。近現代文学を専攻し卒業論文で2万字の手書き論文を提出。在学中に住み込みで新聞配達をしながら学費を稼いだ経験から「自立して生きる」を信条とする。卒業後は文芸編集者を目指すも挫折し大手マスコミの営業職を経て秘書業務に従事。
現在、仕事のかたわら文学作品を読み直す「コンプレックス読書会」を主催し、ドストエフスキー、夏目漱石などを読み込む日々を送る。趣味は芥川賞・直木賞予想とランニング。READING LIFE公認ライター。

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2019-01-14 | Posted in 出してからおいで

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