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こな落語

火気厳禁の場所《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)
 
 

「オイ! そこを行くのは棟梁(とうりゅう)かい?」
「へい。大家さん、お早う御座ぇます。
何か用ですかい。どっか、雨漏りするとか、襖が閉まらないとか。直ぐに直しやすぜ」
「何だい棟梁は、人の顔見た途端にパーパー捲し立てて。だから江戸っ子は忙(せわ)しないって言われるんだ」
「すんません」
「棟梁、あんた先達(せんだっ)て、練馬の方へ仕事行ったかい」
「へい、行きやぁしたけど、なんか不始末有ったんですけ」
「有ったんですけじゃ無ぇよ、お前さん。あんたも棟梁と呼ばれる存在なんだ、あんたんとこの与太みたいな若い衆(わけーしゅ)じゃ無いんだ。気―(きーつ)付けて行動せんといかん」
「んで、私の粗相(そそう)は何だったですかい」
「お前さん、練馬の庄屋さんとこに納屋を建てに行ったろ」
「へい、行きやぁした。けど、ちゃんとした物(もん)を建てやしたけど」
「随分と長ぇ間、休憩していたそうじゃないか」
「いや、大家さん聞いて下せぇよ。
納屋なんて物は、普段、あっしみてぇな腕の立つ大工(でぇーく)のやる仕事じゃ無ぇんでさぁ。ところがですね大家さん、急ぎの仕事ってぇ時に限って若い衆
が出払っちまって、仕方なくあっしが行ったてぇところで。ま、こう言っちゃ何ですが、納屋なんてぇ物は、腕の立つ大工にゃ、一日と掛から無ぇ、せめて半日って仕事なんでさぁ。
んでもって、今回は、事前に材木を切って用意して、送り込んであったんでさぁ。そこへ、あっしみてぇな腕利きが行ったもんだから、半日どころか四半日(1/4日)の仕事になっちまって、昼前どころか11時にもならない内に仕舞いそうだったんですよ。
ところがですね、大家さん。手間賃てぇのは、普段、日払いでせいぜい有ったとしても半日って頂くことがあるんですけど、四半日って訳には行かないんですよ。そんで、仕方なく余裕ぶっこいて休憩長くして半日仕事にしたってぇ寸法でして。
別に、サボっていたってぇ訳じゃ無ぇんでさぁ」
「いやね、私が言われたのはそうじゃなくて、納屋を建てた処なんだ。庄屋さんとこの、川っペリの水車小屋の隣に建てたろ」
「へい、そういう指図でやした。場所が違ってたてぇことですかい」
「そうじゃないんだ。叱られたのは、お前さんが休んでいた場所だよ。水車小屋の日陰で一服してたってぇじゃないかい? そりゃ、ダメだよ」
「何でダメなんでさぁ」
「お前さんも、若い衆を抱えた棟梁だろ。それ位、知ってないと困るよ。
よくお聞き。
お前さんが一服してた時、水車は回ってたろ?」
「へい、回ってやした」
「ってぇことは、中じゃ粉挽いて(しいて)たろが」
「へい、蕎麦粉挽いてました。練馬の台地は、赤土なんで米や麦は出来辛いてぇっんで、その辺りじゃ蕎麦を多く作っているらしいんでさぁ。現に、帰りに、駄賃だってぇんで手間賃の他に蕎麦粉を一袋持たされやした」
「んじゃ、その辺りは粉だらけだったろ。そんな場所で、煙草呑むのがいけねぇってんだよ」
「それは、一体ぇどんな訳です?」
「お前っさん、若い頃『バック・ドラフト』って活動写真を観なかったかい」
「へい、観たなんてぇもんじゃないっすよ。メリケンの火消しが格好良くて、俺も火消組に入ぇった位ですから。ウチの奴とも、上方へ行った時にUSJに行って『バック・ドラフト』のアトラクションを観ましたしね」
「全く、大工って奴らは腕は良くっても頭ぁ使わないねぇ。
あの、活動の中にも出て来て題名になってるバック・ドラフトを忘れちゃいねぇよな? あれは、建物の中で燃えてる小さな火が、突然空気が一杯ぇ入ぇって来て猛烈に燃え広がるってぇことなんだ。火が燃えるには、酸素が必要だってお前さんも寺子屋で習ったろ。
ところがだ、その反対に、粉や埃が充満している締め切ったところは、空気の密度が思ったより高いんだ。空気の密度が濃い所じゃ、小さな火が切っ掛けで一気に爆発が起こり易いんだ。“粉塵爆発”といってね」
「え! そんな物騒なことになるんですかい」
「物騒なんてもんじゃないよ。春先に九州で、川っペリで爆発事故があったろ。テロとか言われてたけど、ありゃ間違いなくお前さんみたいな粗忽者が、水車小屋で一服したに決まってるんだ。
それにな、瓦版の隅っこに年に一回くらいの割りで、世界のどっかで製粉工場やセメント工場の爆発ってニュースが出てるよ」
「へぇ、そんなもんですかい。でもね大家さん、あっしは小屋の中じゃなくて外でタバコ吸ってたんだすよ」
「その安心がいけねぇってんだ。水車小屋には、窓があったろうに。ってことは、その隙間みたいな窓から、お前さんの火だって引火する可能性があるってんだよ!」
「そりゃ、面目次第も無いこって」
「まぁ、お前さんもまだ若い棟梁だ。これからは、気をつけなさいよ。しかも、お前さんのとこにゃ、若い衆だって居るんだ。棟梁なら手本にならないといかん。
今回、庄屋さんとこには、私から謝っておいたから心配いらないよ。それよっか、次行った時にゃ、真っ先に詫び入れるんだよ。私が至りませんでしたって。
それにな、お前さんの商売柄、古い家の取り壊しとかもあるだろ。そんな時は、えらい勢いで埃が立つだろ。そんな時も、たった埃が収まるまで、若い衆に煙草なんぞ呑ませるんじゃないよ」
「分かりやした。
今日んところは、大家さんに呼び止めて頂いて、有難うごぜぇやした。
こんだ、何かありましたら、また叱ってやって下さい。
それと、普請が必要でしたら、いつでも呼び付けて下さい」
「はいはい、分かりましたよ。あたしゃ、あんたを頼りにしてんだから、どこへ出しても恥ずかしく無い様な、行儀の良い棟梁におなりよ。頼んだよ」

 
 

≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります

【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

 
 

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2019-11-18 | Posted in こな落語

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