こな落語

極太青竹の使い道とは? 蘊蓄大家に訊いてみた《こな落語》


記事:山田将治(READING LIFE公認ライター)

連日の猛暑で、参ってしまう御時世です。炎天下の仕事が多く、真っ黒に日焼けした大工の棟梁(とうりゅう)が、一息着こうと横丁の大家さんのところに来ました。

「こんちは、大家さん」
「おぉ、棟梁。表か裏か判らない位日焼けしているところを見ると、たいそう仕事に精が出てますね」
「へい、今年は梅雨が長かったもので、仕事が溜まっちめぇやして。でも、若ぇ衆(わけぇし)を遊ばせず済んで助かっています」
「ほぉ、そりゃ何よりだ」
「盆の休み(江戸・東京は7月)もゆっくり取れせられましたし、一石二鳥ってぇところで」
「そうかい、そうかい。ま、そんなところに突っ立てちゃ話にならねぇ。お前さんは大きいんだから、こちとらの首だって疲れるってもんでぇ」
「へい、すんません」
「ま、こっち座って涼んでおいきよ」
「有難うごぜぇやす」
「ま、冷(つべ)たい茶でも飲んで、それとも棟梁は冷酒の方がお好みかな」
「いやいや、滅相も無い。未んだ、出来上がっちまうには早過ぎますんで」
「そうかい、二人の仲で遠慮はいけないよ」
「へい、これから荷物を持って帰って(けぇって)仕立てなきゃいけねぇんで」
「何を持ってこられたんだい」
「大家さん、実はですね、ウチに留公ってぇ奴が居りまして、故郷(くに)が丹波なんですよ。奥京都の」
「丹波と言やぁ、篠山の竹が有名だね」
「そうです、そうです。あっしもそれに気付きましてね、浅草の文扇堂ってぇ扇屋さんから、丁度良い具合に扇子の骨に使う竹を仕立てて欲しいってぇ注文を受けたんですよ」
「そりゃまた、丁度良い具合だねぇ」
「そうなんで。ところがですね、大家さん。留公のバカに頼んだアッシが悪いんですけど、行き路の滋賀・草津で頼んじまったらしいですよ」
「何か、都合の悪いことでも有るのかい」
「へい、扇骨に使うにゃ軽くて撓(しな)りの少ない竹が必要なんで。草津の竹は撓り過ぎて、扇子にゃ使えねぇんでさぁ」
「そういや、活動写真でエゲレスのチャップリン候が、ステッキにしているのが草津の竹だったね。よく撓るって、喜んでいたって運転手の虎さんから聞いたよ」
「えっ、大家さんはチャップリンの運転手と知り合いなんですか」
「そうだよ。曽爺(ひいじい)さんの幼なじみだ。ついでに言っとくと、メリケンのトーマス・アルバとかいう辺地来(へんちき)な発明家に、電燈に使う竹を南京都の八幡から取り寄せて紹介したのは、ウチの曽婆(ひいばあ)さんだ。留学中、隣に住んでたもんでね」
「チャップリといい、エジソンといい、大家さんの御先祖は、凄い知り合いが居るんですね」
「ま、本人がじゃない所が悲しいけどね」
「良いじゃ有りませんか。アッシなんざぁ誰も居やしませんよ。
そういでね、大家さん。その草津の竹を送り返して、丹波篠山の竹を仕立てて貰ったんですよ」
「おぅ、そりゃ良かったじゃないか」
「それが良くないんですよ、ひとっつも。(外を指さして)あそこの大八車に載ってる竹がそうなんですけど、あんな太い(ぶっとい)のを送ってよこしたんですよ。そいで、太過ぎて使えねぇって、電子郵便で文句言ってやったんですよ。
ダメですね、上方の奴等は。今年は気候が良かっただの、雨が多かっただの、御託並べやがって埒(らち)が開きゃしねぇ。どうしたもんかと考え込んで、ここ迄大八車を曳(ひ)いて来たってぇ訳で」
「おぅおぅ、それは、それは、御苦労なこって。それにしても、大層立派な青竹だねぇ」
「えぇ、そうなんで。こい(れ)じゃ、扇骨に仕立てるまでに何回裂かなきゃいけねぇか、考えただけで憂鬱になるってぇもんで」
「憂鬱なんてぇ難しい言葉、よくお前さんが書けるね」
「いえいえ、“ことば”ってぇアプリが変換して下さるんで、って冗談言っている場合じゃ無ぇんですよ。どうしたら良いんですかい、台車一台分の極太青竹なんて」
「そうよなぁ、んじゃこうしてみちゃどうでぇ。青竹の特に太い部分を半間(はんげん。畳の狭い辺。約90cm)程に切って、ラーメン屋に売り歩くってぇのは」
「ラーメン屋で青竹なんてぇ、何に使うんです? よく煮込んでメンマにするとか」
「バカ言っちゃぁいけねぇ。煮込んだって、成長した竹はメンマにゃならねぇよ。
ラーメン屋じゃ、麺を打つ時に青竹を使うんだ。切った青竹を、下野(しもつけ)の佐野辺りのラーメン屋に持ってってごらんよ、重宝されるよ」
「重宝されるって、そんなとこまで行商にゃ行けんですよ。手間も掛かりますし。他に何か有りませんかのぉ」
「そうよなぁ。(膝を叩いて)そうだ! 八んとこ行って素麺余ってるか、聞いてみると良いよ。八っつぁんのカミさんが、故郷からたんと送ってもらったらしいから。ウチも、御裾分けしてもらったんだけど、これが中々のもんなんだ、小豆島産で」
「青竹で素麺をどうしようって」
「いいかい、棟梁。素麺がたんと有る。余分な青竹がある。しかも、極太の。
そうなると、ほれ、あれが仕立てられるじゃないか」
「あれって何です」
「棟梁も、ちょっとばっかし機転を利かさにゃいけません。
夏場に素麺と青竹が揃えば、『流しそうめん』しか無ぇでしょう」
「あ、はいはい。青竹を二つに割って、節を刳り抜い(くりぬい)て、冷たい井戸の水を流しゃ立派な『流しそうめん』の出来上がりってこってすね」
「そうだよ。今年の夏は特に暑いんだ。新型の感冒で、子供達も自由に水遊びも出来てねぇんだ。井戸の水ならいくら使ってもいいから、長屋の子供達を喜ばしてやんなさいよ」
「へい、そうさせて頂きやす。それにしても大家さん。何で『流しそうめん』の樋(とい)にゃ、竹を使うんですか」
「そりゃな、竹には殺菌効果が有るからなんだ。今年みたいに、やたらと殺菌・滅菌に気ぃ付けなきゃならん年にゃ、丁度良いてぇ寸法だ」
「分かりやした。準備が整ったら、御声掛けますんで、大家さんも奥様と是非お運び下さいな」
「そんな、殊勝なこといって、棟梁、そうめん茹でるの手伝わせ様ってぇ魂胆だろ」
「あっ、バレました(笑)」

〈著者プロフィール〉
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります

【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2020-08-17 | Posted in こな落語

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