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こな落語

茶蕎麦の緑は抹茶とは限らないって本当?《こな落語》


2021/01/18/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
このところの外出自粛で、保存が利く食料を買い込んで居られる方も多いかと存じます。
生モノが多い麺類の中で、保存が利くモノも御座います。例えば、インスタントラーメンなんてぇのはその代表です。
御噺に登場するのは、そんなハイカラなモノが出来上がるずっと前に長屋で暮らしていた熊造さんで、何でも、御年賀に京都から『茶蕎麦』の乾麺が送られて来たそうです。その『茶蕎麦』に何やら問題が生じた様で……
 
「こんちはー。大家さーん」
「ハイハイ、昼間っから喧(やかま)しいねぇ。おりゃ、誰かと思えば熊さんじゃないか。今日はの処は、どうしたてんでぃ」
「へい、ちぃとばっかし大家さんに伺いたい処が有りまして」
「ダメだよ、熊さん。新年早々に金の相談は」
「いやいや、そうじゃ無(ね)ぇんでして。年明け早々に、お上から『外出ちゃいけねぇ』っておふれが出ましたでしょ。ウチには奈良に親戚が居りましてね、電子新聞かなんかで『江戸の連中は外出ちゃいけねぇ』って、聞いたそうで。そこで、俺っちが大変(てぇへん)だてぇんで、日持ちがする乾麺をたんと送ってくれたんですよ」
「そりゃ良かったじゃないか。奈良といえば『三輪素麵』てぇ名物が有る位(くれぇ)だから、いい物が来たんじゃないかい」
「それがですねぇ、そうでもないんですよ。素麺は美味しかったですよ。勿論、冬なんで『にゅう麺(温かい素麺のこと)』にして頂きやしたが」
「そうかいそうかい、『三輪素麺』は上モノだから『にゅう麵』でもいけただろ」
「へい、そうなんですけど、一緒に送られて来た『茶蕎麦』が良くないんで。袋に京都って書いて有りやしたんで、ありゃ、奈良の物(もん)じゃ無ぇんですかね」
「そいつを持ってきたかい? 持ってきた。袋もかい? 何? 在る。んじゃ、ちょいと見せとくれ」
「こいつなんで」
「ほうほう。何々『京都の茶蕎麦』ねぇ。そいでもって、『宇治茶使用』とな。こいつの何処がいけ無ぇてんだ」
「へい、そう書いてあるんですけど、袋空けたら中から何やら変な臭いがしてきたんで」
「そうかい? ははーん、この臭いね」
「そうなんでさぁ。腐ってはいないみてぇなんですけど、何か嫌な臭いなんですよ」
「解ったよ、熊さん。こいつぁ乾麺だから、腐っている訳じゃ無ぇ。この臭いは、抹茶のせいだ。正確には、抹茶に見せかけたこの緑色のせいだ」
「と、言いますってぇと」
「ま、よくお聞き。長くなるから、座って」
「へい、大家さんの話が長くなるのはいつものことで覚悟してますんで」
「いらんこと言わんでよろし。お前さんにゃ、前に袋の何処の見ろって教(おせ)ぇーてあった? うん、そうだ。袋の裏をよく見ろって言ってあったな。この、裏に書いている『集中表示』てぇ奴をよく見なきゃいかん」
「『集中表示』って、どれです?」
「この、製品名・原材料・生産者・賞味期間が書いてある処だ。原材料の処に何て書いてある?」
「えーと、小麦粉・蕎麦粉・小麦蛋白(たんぱく)・増粘剤(ぞうねんざい)・全卵・抹茶・ほうれん草色素・ビタミンB2とありやすが」
「生産者は?」
「奈良県三輪郡……」
「まぁ、そんなとこでいい。よくお聞き。
先んずは、表には京都と書いてあるが、この茶蕎麦が作られたのは奈良だ」
「そいじゃ、詐欺じゃねぇですか!」
「そりゃ違う。奈良の業者が作って、この商品の名に京都と付けただけなので、騙したことにはならん」
「何か、納得出来ねぇなぁ」
「それにだ、多分、宇治のお茶を使っているのは間違いないだろう。ま、信じてやろうってぇとこだ。問題は、原材料だ。ここには、成分の多い物から書かなきゃならない決まりが有るんだ」
「そんな決まりが有るんですか」
「そうなんだ。けどな、その前に、お前さん達ゃ普段見掛ける色の付いた蕎麦に、抹茶を加えるってぇと、こんな綺麗な緑色した茶蕎麦が出来上がるって思ってるんじゃないのかい」
「違うんですかい?」
「あんな茶色い蕎麦に、どんだけ抹茶を入れたらこんな緑色に為るってんでぃ。冗談じゃないよ。抹茶てぇもんは、100グラムで1,000円はしようてぇ高価な品物(しろもん)だ。何たって、天皇陛下やお公家さんが召し上がるもんだからな。そんなもんを、緑色にするまで入れた暁にゃ、幾らで売っても赤字だよ。我等庶民にゃ手ぇ出せねぇことに為っちまうよ。第一、そんなに抹茶を入れたら、蕎麦湯がお茶に為っちまうよ」
「……」
「だからな、先ずは蕎麦を白くしなきゃいかん。白い蕎麦粉もこりゃまた高価だ。そこで、繋ぎの小麦粉を多くして、そうだなぁ、七分方(しちぶがた)いれるわなぁ、そいつで元の蕎麦にするんだ。ただな、この茶蕎麦は、もう少し蕎麦粉が多いかも知れんなぁ。何たって、繋ぎの補強に小麦蛋白や増粘剤を使ってるからな」
「全卵もそうですかい?」
「いや、全卵は違うな。詳しく話すと夜が明けちまうから、また今度教ぇーてやるが」
「へい、御願ぇしやす」
「そいでもな、いくら小麦粉を減らしたって、綺麗な緑にするまで高価な抹茶は入れられねぇな。そこで、色素を使ってるってぇ寸法だ」
「この、ほうれん草色素ってぇ奴がそうですかい? するってぇーと、臭いの下手人(げしゅにん)は、この、ビタミンB2って奴ですかい?」
「熊さんや、早合点はいけないよ。ほうれん草の色素だけじゃ、抹茶みてぇな緑色にならねぇーんだ。ほうれん草色素に、少し黄色を加えると綺麗な緑色になるんだ。ビタミンB2てぇもんは『リボフラビン』とも言ってな、主にラーメンを黄色くするのに使われるんだ。だから、臭いなんか無ぇさ」
「へぇー、そりゃ俺っちが知る訳ねぇやさ」
「そいでな、お前さんが悩んでた臭いてぇのは、ほうれん草色素から出て来るんだ。ほうれん草てぇのは、繊維質が強いんだ。なかなか、色素だけ取り出せねぇんだ。そこでだ、ほうれん草の色素だけを取り出すんにゃ、酵素分解するんだ。酵素って奴は、微生物だ。微生物が分解する時には、そりゃ臭いが付き物ってぇこった」
「そんなんですか。麺屋さんも大変ですな」
「大変なんてもんじゃないよ。ほうれん草色素単体の臭いってぇきたら、お前さんが茶蕎麦で嗅いだ臭いの何十倍だからね」
「そうなんですね。そいじゃ、文句言わねぇで大切に食べるとしやそうか」
「そうしなさい、そうしなさい。それにな、気になったほうれん草色素の臭いは、茹でりゃ全部飛んじまうから大丈夫だ」
「大家さん。今日のとこは、いい知恵を有難うございます」
「おいおい熊さんや。大切なこの、茶蕎麦を忘れなさんな」
「へい!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2021-01-18 | Posted in こな落語

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