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こな落語

饂飩(うどん)でも、飽きが来るの《こな落語》


2021/02/23/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
こんところの外出自粛とやらで、すっかり在宅時間が増えて来ています。そうなると、今迄より増して来るのが、内食ってぇもんです。
いやこれ別に、ボールペンの芯を軸に詰めたり、封筒を貼ったりする内職てぇ訳じゃなくて、お家で頂く‘おまんま’の事でして。
そうなるってぇと、三度三度炊事をする方はたまったもんじゃない。買い物だって、まいこ出掛ける訳にも行け無ぇって寸法で。そうなるってぇと、頼りたくなるのが冷凍食品てぇ物(もん)でして。
凄い時代になったもんです。最近では食料品てぇと何でも冷凍で調達出来ますし、冷凍の方が美味しい物も出て来たりしていて、話がややこしくなって困るってぇもんで。
今回の御噺に登場しますのは、各自作業、横文字にするとリモートワークてぇやつですな、になったてんで連日長屋に籠りっ切りの哲さん。何やら冷凍食品に飽きが来たとかで、大家さんのとこに相談にやって参りやした。
 
「こんちはー、大家さん。哲です」
「はいはい、哲さんじゃないか。今日は、何かあったのかい?」
「大家さん、あったなんてぇもんじゃありませんよ。ちょいと、聞いて下さいよ。
ここんとこですね、あっしゃ出掛け無ぇで家で仕事してるんですよ。あっしの仕事は、電子計算機、横文字で言うところのコンピュータてぇやつです。そいつの動作を設計する仕事なんです。こいつも横文字にするてぇと、プルグラミングですね。
えぇ、家に電算機さえありゃ、大概のことは済むんですよ」
「へぇ、そりゃ楽なこったねぇ。んじゃ、毎日、満員電車なんぞに乗る必要が、ハナっから無くなった訳かい」
「大家さん、それ言っちゃぁ御仕舞い(おしめぇ)てぇ奴で、何もあっしゃ、無駄に仕事を拵(こしら)えている訳でも無ぇんでして」
「んなもん、解ってるよ。店子(たなこ)と言やぁ子も同然だ、親父(おやじ)の小言と思って聞きなさい」
「へい。って、あっしゃ何も大家さんに謝りに来たんじゃ無ぇんでして。
実はですね、ここんとこずーっと籠っておりやして、三度三度、カミさんの御飯を頂いてるんですよ」
「哲さんの奥さんは、料理上手って聞いてるよ」
「そうなんですよ。料理上手は床上手ってんで、夫婦になったんで。って、そんな話じゃ無ぇんです!
実はここんとこ、料理上手なカミさんのおまんまが、あっしには何だか飽きたてぇか、物足りなくなったんですよ。贅沢な話かもしれませんが……」
「そいつぁ、穏やかじゃないね。特に、どんなとこが気になるんだい?」
「へえ、強いて言えば昼飯ですかね。饂飩(うどん)とか」
「哲さん、もしかしてお前んとこの奥さんは、冷凍饂飩を買って来てお前さんに食べさせてないかい?」
「おっしゃる通りで。いつも、業者向けの店で、たんと冷凍饂飩を買い込んで来てます。何でも、業務用ですとたいそう安いとかで。
ただ、量が多いもんで、カミさんが冷凍饂飩を買い込んできた日にゃ、暫く昼飯はうどんが続くってぇ寸法でして」
「そうだろ、そうだろ。そいつは、どんな饂飩だい? 包装袋でも持って来てるかい? 持って来てる。ちょいと見せてみな。
ほう、サト吉の饂飩ねぇ。
サト吉といえば、本業は製麺屋じゃ無ぇとこだな。最近じゃ、猫も杓子も冷凍饂飩を作るからねぇ」
「そんなもんですかい?」
「そうなんだよ。だからねぇ…… おう、やっぱりなぁ。解ったよ、哲さん」
「解って、何がです?」
「哲さんなぁ、お前さんお餅は好きかい?」
「えぇ、大好きですけど」
「んじゃ、その大好きなお餅が、まいこまいこご飯の代わりでも平気かい?」
「そりゃ、毎度お餅は勘弁ですね」
「何でだい?」
「何となく、飽きちまうんで」
「そうだろ。この冷凍饂飩は、お餅と同じなんだ」
「え!! 餅が饂飩に為っているんですかい?」
「そうじゃない。この冷凍饂飩は、お餅と同じ飽きが来るてぇ話だよ。
この袋に書いてる“集中表示”を見てごらん内容量や賞味期限なんか書いてあるとこな。
そこの、原材料をよく見るんだ。何て書いてある」
「えーと、小麦粉(国内産)、加工澱粉、食塩ってありますね」
「そうだろ? 普通、饂飩は小麦粉と食塩だけで出来てるな?」
「へい、その通りで。んじゃ大家さん、ここにある加工澱粉てぇ奴は、何の為に入(へえ)ってるんです?」
「それを今、おせーよーてぇんだ。黙って聞きなさい。
ここにある加工澱粉手ぇのは、多分、タピオカとか作る澱粉に近いんだろうな。
ほれ、冷凍饂飩は茹で上がった饂飩を急速冷凍するだろ? するってぇと、普段通りに小麦粉と食塩だけで作って冷凍した饂飩じゃ、解凍した時に茹で上がった時の滑らかさが出難いんだ。
そこで、餅見てぇな弾力性を出す為に芋系から抽出した澱粉を、加工して小麦粉に混ぜるてぇ寸法なんだ」
「ほぉ、流石に大家さん、何でも御存知で」
「タピオカもそうだけど、澱粉は嗜好品には向いてるんだな。これが、毎日食べるてぇと、事情が違ってくるてぇもんだ。嗜好品だと、飽きを気にし無ぇでいいからな。
哲さんが言ってた、『何となく、饂飩に飽きた』てぇのはな、冷凍饂飩に入ぇってる澱粉のせいだってこった」
「そんなもんですか。んじゃ、加工澱粉が入ぇってない饂飩を選べば大丈だってぇことですか」
「ま、そうだな」
「んじゃ、帰りにどっか寄って探してみます。やっぱ、大家さんに聞いてよかったですよ。有難うごぜぇやす」
「だから、言っただろ、大家は親父みてぇなモンだって。
昔から言うだろ。『親の言葉と茄子(なすび)の花は、千に一つの無駄も無い』って。
ま、私の場合は、少々無駄が多いけどな」
「本当、その通りで」
「余計なこと、言わんでよろし!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2021-02-23 | Posted in こな落語

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