こな落語

カップ麺に隠された謎の数々(其の参)《こな落語》


2021/05/17/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
未だ、気軽に外を放付き(ほっつき)歩いちゃいけねぇそうで。今年こそ夏に、国際大運動会が有るてぇのにどう為るのでしょうねぇ。
ま、こんな時は、自宅で御飯(おまんま)を頂くのが本寸法てぇことでして。そうなるてぇと、料理が達者な方々が有難がられるてぇことに為ります。
そんな、料理上手で有名な隣横丁のなつきさん。今日も何やら気になることが有るらしく、蘊蓄大家の処に尋ねてきました。
 
「大家さんこんにちは」
「はいはい、おなつさんこんにちは」
「先日、八百屋さんが筍を沢山運んでたんで買ってみたんですよ。それで、一杯炊いたんで、少しばかりですけど大家さんに御裾分けに持参しました」
「ほう、これはこれは有難いことで。…… おなつさん、これはまた、えらく新しい物みたいでねぇ」
「あら、流石大家さん、よくお解りで」
「そりゃそうだろ。なんたって、新筍といえば、刺身でも食べられるってぇ品物(しろもん)だ。でも、生で食べられるのは穂先だけだろ。この筍は、全部先が無いじゃないか。どうやら、先っぽは、おなつさんが全部食べちまったと踏んだんでね」
「嫌ですよ、大家さん。生の筍は、灰汁(あく)が強いんで、沢山食べると当たっちゃうんですよ。他人様(ひとさま)に差し上げて、もしもの事が有ったりしたら大変ですから、全部ウチの宿六(御亭主の事)に食べさせたんですよぉ。なぁに、生で食べてくれれば、こっちは楽ですからねぇ」
「いやいや、おなつさん。別に、筍の刺身を催促した訳じゃないんだ。こちとら、年寄りだから、元々あんまり生ものは頂かないんだ。腹壊すってぇと、御医者の御世話に為るだろ。こんところ、流行り病のせいで御医者は大忙しだ。年寄りの世話なんかで、手間とらしちゃ申し訳無ぇってもんだよ」
「そうですかぁ。そう言って頂けると安心なんですけど」
「いやねぇ、新しい筍を茹(う)でるてぇのは、大変だろうなと思ったところでね。でも何だね、流石おなつさんは料理上手だ。綺麗に茹ってるじゃねぇか」
「有難う御座います。筍茹でるには、御米の研ぎ汁を使うんです。でも、筍を多く買い過ぎちゃって、御米の研ぎ汁が足(た)んなくなったんですよ。そいで、仕方ないんで、即席麺を茹でた御湯を流用したんですけど、大丈夫ですよね大家さん」
「大丈夫って、即席麺の茹で湯で、筍炊いたってぇ話は聞いたこと無ぇなぁ」
「いやいや、勿論、大家さんに御持ちしたのは、ちゃんと御米の研ぎ汁で茹でたものですよ。即席麺の方は、私が頂きました」
「それで、どうだった」
「まぁ、少し軟らか過ぎかもしれませんが、灰汁はちゃんと抜けてましたよ」
「そうかい。灰汁は澱粉質で抜くもんだから、多分大丈夫(でぇじょうぶ)だったんだろうねぇ」
「ただね、少し問題が有ったんですよ。即席麺って麺を茹でた御湯にそのまま粉末スープを入れて作るでしょ。ところが、筍茹でるんで使っちゃったんで、仕方なく普通の御湯に粉末スープを溶かして出したんですよ。そしたらウチの宿六が、一丁前に味が薄いって言うんですよ」
「そりゃそうだろ。業者さんは皆、手順通りに作ってもらえる前提で商品をこさえてんだから」
「そういうもんですね。反省します。他にも即席麺やカップ麺を食べる時に注意しなきゃいけないことって有りますか」
「そうだねぇ、例えばだ、カップ麺は他の容器に入れ替えて作っちゃまずいな。それと、百さんとこの“鶏麺”みたいに御湯を差すだけの即席麺は、二つに割ったりしないで丼に入れた方が良いな」
「あら、そりゃまた何故ですか」
「おなつさんは、カップ麺の構造を知らないな。容器の中で麺は宙に浮いてるんだ。別に特別な何かがある訳じゃないが、容器の底に麺が着いちゃいねぇってぇこった」
「へぇ、そうなんですね。でも、そりゃまた何でですか」
「そりゃな、おなつさん。麺が宙に浮いてねぇってぇと、麺の下に御湯が行き渡らなくてちゃんと茹らねぇからさ。だから、“鶏麵”なんかも丼の底に着かない様に注意しなさいてぇ寸法なんだ」
「でも、カップ麺って、容器の中で麺を宙に浮く様に入れるなんて、随分と器用な作り方するんですね」
「そうなんだよ。その製法特許を百さんとこの会社が考案したんだよ。しかもな、ありゃ容器に麺を入れるんじゃなくて、麺に容器を被せて作るんだ。そうでもって、そいつをクルっとひっくり返(けぇ)して出来上がりって寸法だ」
「へぇ、随分と工夫してんですね。百さんも頭使ってるんですね」
「そうなんだよ。だから、カップ麺や即席めんを喰う時にゃ、百さんに感謝しなきゃな」
「はい、そうします。もう、百さんに足を向けて寝られませんね」
「そりゃそうだろ、百さんとこの会社は新宿や横浜に在るんだ。そっちに足向けて寝た暁にぁ、‘北枕’に為っちまうから」
「ほんと、そうですね」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

【間もなく開講!】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《全国通信受講対応》


2021-05-17 | Posted in こな落語

関連記事