こな落語

筋を通すと嫌われる《こな落語》


2021/06/21/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
相変わらずの御時勢で御座いまして、ロクに外で吞め無(ね)ぇてぇのに、来月にはデカい運動会が開かれるそうでして。どうも、お上の言うことには合点が行きやせん。
それだけじゃ無くって、このところ、色んな物(もん)の値が上がってるそうでして。
本日登場するのは、いつもの長屋の大家さん。この大家さんてぇのは、以前は手広く製麺屋を営んでおりました。その製麺屋を畳んで長屋を買い取り、その大家をしながら、暇に任せて訪ねてくる人に蘊蓄(うんちく)を垂れているてぇ、少々面倒な御仁です。
そんな大家さんのとこに相談に来たのが、以前大家さんとこの製麺屋で修業し、独立した徳兵衛さん。
相当悩んでいるみたいで、浮かぬ顔をしています。
 
「こんちは」
「はいはい、おぉこりゃ、徳兵衛さんかい。ま、上がって上がって」
「いやねぇ、今日んとこはちぃと相談が有りやしてね」
「難しい相談かい? やけに険しい顔して」
「そうなんですよ。いやねぇ、先日の事なんですけど製粉屋がまたしても値上げするって言って来やして」
「そうかい。そりゃ大変だねぇ」
「そうなんですよ。何でも、小麦の相場が上がったとかで」
「あぁ、そのことなら網(ネット)の瓦版で見ましたよ」
「そいで、こちとら困り果ててる次第でして」
「どうしてだい? 粉が上がったんなら、御前さんとこの麺も値上げしたら良いじゃねぇか」
「良いじゃねぇかって、大家さん。嫌ですよ、そんなトーシロ(素人)みたいなこと言っちゃぁ。ウチ等の業界の事は、誰より御存知じゃねぇですかい」
「ま、そりゃそうだがね。ただね、私も製麺屋を畳んでよく解かったんだけど、御前さん達製麺屋こそ、世間知らずだねぇ」
「大家さん、そう無責任なこと言わんで下さいよ。こちとら、もう馘(くび)括るしか無ぇてんで、枝ぶりの良い松の木を探してんですから」
「そりゃ、穏やかじゃないねぇ。ところで徳さん、小麦粉は幾ら上がったんでぇ?」
「へい、一袋(読み:いったい 25kg入り)で300円といったところで」
「そいで、御前さんは幾ら値上げしたいてぇんだい」
「へい、一玉10円で御願いしようと」
「それが、甘いてぇんだよ。御前さん達は」
「どうしてです?」
「よく御聞き。小麦粉一袋300円の値上がりだな。そうすると、麺一玉当たり幾らになる?」
「へい、1円見当です」
「そうだろ。それが、どこをどうすると10円値上げの根拠に為るんだい? 理屈が通らないだろ」
「嫌ですよ、大家さん。またまたトーシロみたいに。こちとら、もう何年も値上げして無ぇんですよ。その間、若い衆(わけぇしゅ)の手間賃も上がってるし、人足の運び陳だって上がってます。湯を沸かす槙代(まきだい)だって、年々上がってるんですから」
「そんなこたぁ、先刻から御承知ですよ。こちとりゃ素人じゃ無ぇんだから。私が言ってるのは、御前さん達の業界の言い分が、世間から見ると通らねぇてんだよ。だから、上手く値上げ出来ねぇんだよ」
「そんなもんですかねぇ。ウチ等は、小麦粉や蕎麦粉が上がった時じゃないと値上げ出来ねぇって、教わって来たもんでね」
「私は、そんなこと教えませんよ。徳さん、よく御聞き。御前さんが言っている、経費が年々上がるてぇのは道理だ。でもな、経費が上がってるのは、製麺屋だけじゃないよ。世の中の商売てぇ商売は、必ず経費が上がるものだ。そこを、何とかして経費を削減したり、売り上げを伸ばして経費を掛けられる様にするのが経営努力てぇもんだろ」
「へい、仰(おっしゃ)る通りで」
「しかもだな、御前さん達が主に仕入れている小麦粉は、お上が相場を牛耳っていて安定してるだろうが。他の商売を見てみなさい。例えば、大豆や小豆の相場なんて、小麦の相場に比べりゃ相当な乱高下してるだろ。乱高下につられて、豆腐や大福が始終値上げしてっかい? 私は、聞いたこと無いよ。そんなこと。ってけことは、豆腐屋さんや和菓子屋さんは、御前さん達製麺屋より、ずっとずっと経営努力をしてるてぇこった」
「面目次第も無いこって。ただですね、他人(ひと)から聞いたんですが、大家さんはその昔、独特の蘊蓄で製粉屋を遣り込めて、値上げさせなかったそうで。その術(すべ)を御伝授頂けないかと……」
「うーん、教えるのは訳無ぇんだが、御前さん“嫌われる勇気”は御持ちかな?」
「へい、雑司が谷に墓参りに行った時に、近くの蕎麦屋の二階に在る天狼院てぇ寺院みたいな名の本屋で買いました。大層為に成る書物で……」
「馬鹿者! 私が言っているのは本の事じゃ無い。御前さんは、この先業界で嫌われて行く勇気を御持ちかと聞いているんだ。覚悟は御決まりかな」
「大家さんにそこ迄言われちゃ、あっしも腹括りやすんで、どうか御伝授を」
「そうかい。そうまで言うなら他でもない徳兵衛さんにだけ教えよう」
「有難うごぜぇやす」
「いいかい、製粉屋にこう言ってやるんだ。『お宅の原価率はどれ位ですか』とね」
「それは、どういったこってす?」
「うん。製粉屋からの値上げの申立書に『小麦の売り渡し価格が一割程上がりまして』と有ったんだろ?」
「流石大家さん、よく御存知で」
「300円もの値上げと聞きゃ、製粉屋の言い分位、想像が付くてぇところだ。そいでもって、原料が一割上がったから卸価格を一割上げて下さいてぇ言い分だろうが」
「全く、仰る通りで」
「それを、御前さんは納得したのかい」
「へい、一割上がるので一割上げて欲しいてぇのは筋が通っているかと」
「御前さんの頭の中にゃ、脳味噌じゃなくて糠(ぬか)味噌でも詰まっているのかい? 頭を使いなさいよ頭を」
「と言いますと」
「いいかい。私の見立てじゃ、製粉屋さんの原価率は一割からいいとこ二割だ。多く見積もっても三割を超えることは無いなぁ。ってことは、今回の値上を文字通りお上の売り渡し価格だけと考えれば、小麦粉一袋当たり、10円から30円てぇところだ。どうだい? 製粉屋さんの理屈は通らないだろ?」
「そうなりますね」
「こりゃな、私は別に、製粉屋さんが儲け過ぎってぇことじゃ無い。あちらさんの技術力は大したもんだ。小麦を挽くてぇのは大変だからね。手間も掛かりゃ、経費も掛かる。屋台が大きい分、利益だって多く取らなきゃいけねぇ」
「仰る通りで」
「ただな、あちらさんもお上が売り渡し価格を調整してくれるもんだから、安心して胡坐(あぐら)をかいているてぇこった。私が言いたいのは」
「土尤(ごもっと)もです」
「しかしな、御前さん達みてぇに頭使わねぇ者は、入りが一割上がるから売りも一割上がるってぇことで納得させられているんだよ。そこんとこを、ちゃんと考えんと、世の消費者は納得させられねぇんだよ。解かったかい」
「へい、よー解りやした」
「でもな、そういう理屈をぶつけると必ず嫌われるから。私みたいに」
「そりゃ、そうですね。大家さんの蘊蓄にゃ勝てやせんぜ。嫌われるのも尤もだ」
「余計なこと、言わんでヨロシ」
「今日んとこは、有難う御座いました。また、お邪魔します」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2021-06-17 | Posted in こな落語

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