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こな落語

麺造りにも諺(ことわざ)が在ります《こな落語》


2021/08/16/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
いつも噺に登場する長屋の住人。江戸っ子らしく、諺に洒落の効いた尾ひれを付けたがります。
代表的なものが、『恐れ入りました』の意味で使う『恐れ入り谷の鬼子母神』てぇものでして、これに、『ビックリ下谷の広徳寺、そうで有馬の水天宮』なんてぇ余計な言葉を付けたりします。
特に意味なんてぇものは無(ね)ぇんですが、娯楽が少なかった時代には、これでも十分に楽しみだったようで、
 
「こんちはー!」
「誰だい、暑い昼日中に蝉みてぇにうるさいねぇ」
「あ、うるさかったですか? それはそれは大家さん、『恐れ入り谷の鬼子母神、ビックリ下谷の広徳寺、そうで有馬の水天宮』てぇところで」
「オイ、八五郎。御前もしかして、そんなこと言う為に、汗かきながらわざわざやって来たんじゃないだろうな」
「へい、大家さん。その、わざわざがアッシでして……」
「御前もバカだねぇ。八っつぁんよ、いい若い者(もん)が暇してないで、少しは働いて溜まってる店賃の一つや二つ持って来いてぇ処だよ」
「面目次第も無いこって」
「そいで、何か用でも有ったのかい?」
「いやねぇ、大家さん。『恐れ入り谷の鬼子母神、ビックリ下谷の広徳寺、そうで有馬の水天宮』ってやっと覚えたもんで、ここはもう一つ、新しくて語呂(ごろ)が良い諺を教えて(おせーて)いただろうと思いやして。何か無ぇーですか? 熊公が唸る様な諺は」
「御前達の馬鹿っ話に付き合う程、私ゃ暇じゃないよ」
「そこを何とか御願(ねげ)ぇしやすよ。大家といえば、親も同然って言うじゃねぇですか」
「マッタク御前等は、都合の良い時ばかり親扱いして!」
「あいスンマセン。あっ! ところで大家さん、麺に関する蘊蓄込めた諺って無ぇんですか?」
「おう、そうよなぁ。一つ有るよ。『土三寒六(どさんかんろく)』てぇんだけど」
「何ですか? その土産を間違げぇちまった様な諺は」
「土産のじゃ無い。『土三』だ」
「へぇ、ですからその『ドサン何とか』てぇのは」
「ま、いいから黙って御聞き。『土三寒六』の『土』は土用の意味だ。先に行っとくが、『土曜』じゃ無ぇぞ。夏を意味する『土用』だ」
「そんなら知ってやす。平賀の源さんてぇ偉ぇ御医者さんが『土用の丑の日』てぇ宣伝文句を考えたと聞きやした」
「ほぅ、八っつぁんも少しは知恵が有ると見えるな。では、『寒』は何のことかお解かりだな」
「へい、湯煎(ゆせん)して暖めた酒のこって」
「それは『燗』だ! だから、御前さんは浅知恵って言われるんだ。よく御聞き。『寒』とは読んで字の如(ごと)く寒い時期、言うなれば冬場のことだな」
「そいで、夏と冬に挟まった数字は何でやす?」
「それはな、塩に対する水の量のことだ」
「ってぇことは、夏場は冬に比べて倍もしょっぱくするんですか? そいつを何に使うんですかい?」
「それはな、饂飩(うどん)の練り水の塩分濃度だ。夏場は暑いから、生地がダレねぇ様に塩を強くして絞めるてぇ訳だ」
「へぇ、饂飩造りにゃそんな工夫が有るんですね。だから、元製麺屋の大家さんは蘊蓄が多いんだ」
「余計なこと言わんでヨロシ。これはな、長い間饂飩を造り続けた伝統の技なんだ」
「全く、有難い限りで」
「だからな、讃岐の饂飩を始め、水沢や稲庭てぇ細目の饂飩も、三輪や島原てぇ素麺(そうめん)に至る迄、大体(だいてぇ)同じ(おんなじ)具合(ぐえぇ)の塩加減で拵(こしら)えるてぇ寸法なんだ」
「へぇ、何だか為になる話ですね」
「そうだろ。しかもな、御前さん達が好きな尾ひれも『土三寒六』には有るんだ」
「ぃよッ! 待ってました、その蘊蓄!!」
「『土三寒六』を正確に言うと、『土三寒六常五杯(どさんかんろくじょうごはい)』と為るんだ。『常』とは、平常な気温のことで、まぁ、春秋の丁度いい気候の頃合いだ」
「へぇ、春や秋のことを『常』って言うんですか」
「そうだよ。意味としちゃ、塩一杯、この場合の『一杯』は沢山の意味じゃ無くて、『一升(いっしょう)』のことだな」
「へぇ、一杯が一升ねぇ」
「そいでもって、塩一升を夏場なら三升の水で溶(と)いて、冬場だと六升、春秋は大体五升の水で溶けてぇ教えだ」
「ただですね、大家さん。いつからが春でいつから夏って、誰が決めるんです? まさか、御上が『今日から夏とする』てぇおふれなんて、私しゃ聞いたこと御座いません(ごぜぇやせん)が」
「そこが、『感』てぇもんだ。いわば、職人技だな」
「へぇ。今日んとこは、有難い教えを頂戴しました」
「そうかい、そりゃ良かった。知恵が一つ付いたところで、今度(こんだ)は稼ぇでこいや。そんでもって、店賃を持って来いって!」
「痛たたた。また大家さんに、説教されちまった」
「大家なんだから、説教の一つもするわい」
「そう言やぁ、昔から言いますね『男は度胸、女は愛嬌、坊主は御経で大家は説教』って」
「コラッー!!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2021-08-16 | Posted in こな落語

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