こな落語

『そば』は、日本蕎麦だけの名前ではない《こな落語》


2021/10/18/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
長く続いた御上の外出自粛とやらも解除されて、やっと自由に出歩ける様に為りやした。
ただ、こうなるてぇと、一気に人が出歩くもんだから、どこへ行っても人だらけに為っちまって、どこもかしこも『満員御礼』だったりするもんです。
しかも未だに、“密”を避けようてぇんで正味の満員では無いので、余計にややこしく為ったりしていやす。
この間(こないだ)なんかも、ちょいと腹減ったともんで何か喰おうてんで、近くの飯屋に飛び込んだんです。ところが、ここも満員で店の外迄人が並んで待っている連中までいる始末。
時間は既に二十時近く。二十一時閉店の御達しが出ているので、早くしねぇってぇと、こちとら飯を喰いぞこなっちめぇやす。仕方が無ぇってんで、隣に在ったお好み焼き屋に飛び込んだってぇ寸法で。
こうなるてぇと、もう、何が何やらで……

私と同じ様なことを経験したのが、長屋の住人の熊五郎さんです。
何やら不満が有ったらしく、大家さんの所に相談に遣って参りました。

「こんちは! 大家は生きてますか?」
「おう、何だい、熊さんじゃないか。それにしても『生きてるか』とは御挨拶だねぇ」
「ま、御互いに江戸っ子なんですから、固いこと言わないで」
「で、熊さんや、今日は何の用なんだい?」
「ちょいと聞いて下さいよ。いやね、一昨日(おとつい)のこってすけど(ことですけど)、川向うに出来たてぇ『広島風お好み焼き』屋に行ったんですよ。御上の御達しが解けたんでね」
「ほぉ、そりゃ良かったじゃないか。そいで、その広島風てぇお好み焼きは、どうだったんでぇ?」
「聞いて下さいよ、大家さん」
「だから、さっきから、聞いてるじゃないか。前置きはいいから、さっさと御話よ」
「それがですね、粉物だと思ってたんですけど、お好み焼きてぇぐらいですから、野菜ばっかで全然腹持ちが良く無いんですよ。それに、味付が“おたふく”とかいう甘ったるいソース味で、どれを喰っても同じにしか感じねぇんですよ。あっしは、“ひょっとこ”でもいいんで、もうちょいと(ちぃと)ピリッと来るソースで喰いたかったのが本音で」
「そうかい。熊さんは、広島風お好み焼きって、どんなのを想像してたんだい?」
「アッシはね、広島てぇぐらいですから、赤い紅生姜で『C』の字を描いてくれるとか、コテじゃなくて杓文字(しゃもじ)で返すとか想像してやした」
「馬鹿だね、御前さんも。そもそも御前さんは、野球の観過ぎなんだよ、紅生姜の『C』とか杓文字とか」
「そうですかい? 広島といえば鯉軍団でしょ? 広島商業の応援団でしょう?」
「もう馬鹿には、付き合ってらんないよ。くだらないこと言うんだったら、もう帰ってくれ。こちだって、何かと忙しいんだ」
「大家さん、まぁそう言わずに聞いて下さいよ」
「解かったから、早く続きを話しなさい」
「へい。俺がカウンターのピカピカな鉄板の前に座るってぇと、杓文字じゃなくて鉄の大きなコテを両手に持った店員が、『饂飩ですか、蕎麦ですか』って聞いてくるんですよ。アッシは、お好み焼きを喰いに行ったのにですよ」
「お前さんは、広島風のお好み焼きを喰いに行ったんだろ? 饂飩か蕎麦かを聞かれるのは当然じゃないか。沢山の野菜と麺が入ったお好み焼きが、広島風てぇもんだよ」
「そうなんですか! アッシは全く知らなかったもんで、こちとら江戸っ子なもんだから、蕎麦にしてもらったんですよ」
「ほう、私なら、粉が少ないから饂飩にしてもらうけどな」
「何で、広島風お好み焼きは、ああまで粉を使わないんです?」
「それを、御前さんみたいに少し足らない(頭が)野郎に説明しすると、時間がいくらあっても足りなくていけねぇ。その件は、またこんだ(こんど)にしようやなぁ」
「へい、解りやした。そいでですね、アッシが言いたいのは、蕎麦って頼んだのに入っていたのは、焼きそばなんですよ。てっきり、蒸籠(せいろ)乗っかって出て来る様な蕎麦と思ってたんですがね」
「馬鹿だね、熊さんも。日本蕎麦を焼いちまってどうするつもりなんでぇ? 勿論、日本蕎麦を寿司風にしたり焼いたりする変わり種は有るよ、でもな、よく御考えよ、広島てぇのは安芸の国だ。完全に関西だ。あちらじゃ、“そば”といえば江戸っ子が思う日本蕎麦じゃなくて、細目の麺の総称に為るんだ。何たって、饂飩文化の地域だからね」
「そんなもんですか? 何とも今一つ納得いきやせんが」
「それにな、熊さんの江戸弁が、あちらさんには漢字の“蕎麦”じゃなくて仮名の“そば”に聞こえたんだろうよ、捲くし立てたから。
ま、今日んとこは、それで納得してくれ。これから出掛けなくちゃいけねぇんでね」
「へい、そうしやす。そいでもって、大家さんはこれからどちらへ?」
「何言ってるんだい。川向うへ行って、広島風お好み焼きを饂飩で拵(こしら)えてもらうのさ」
「あっ! 大家さんズルい!!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2021-10-18 | Posted in こな落語

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