年の瀬に確かめたい粋な所作(しょさ)ここへ来て注意すべき点《こな落語》
2021/12/20/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
カレンダーが、12月だけの残り1枚に為るってぇと、どうもいけません。
何がいけ無ぇかてぇと、どうしたって気が急くといった具合でして。12月は何たって、『師走』てぇ位(ぐれぇ)ですんで。
ま、もっとも、あっしはもう何十回も12月を経験していやすが、暮れに走ってるのは体操の先生ばかりでして。だいてぇ先生なんざぁ、期末試験を採点すりゃ、後は暇だと思うんですがねぇ。
御話に出て来るのは、いつもの蘊蓄大家さん。
何でも、日頃から店の連中(借家人)の蕎麦の食べ方が御気に召さない様で。
「はいはい。皆集まったかい?
さぁさ、こちぃ入って(へぇって)入って。
何、もたもたしてやがんだ。
いいから、入れ(へぇれ)てんだ!
何? 何?
賃店(店賃〈家賃のこと〉)を寄こせって言われるから入れないって?
こちとら何年、大家やってると思ってんだい?
御前さん達が、年柄年中ピーピー言ってんのは十分承知ってぇもんだ。
まぁ、いいから。今日のとこは、御前達に改めて蕎麦の喰い方を指南しようと思ってね。
御前達が、江戸っ子らしい粋な手繰(たぐ)り方をし無ぇてぇと、隣長屋の大家に私が笑われるってぇ寸法なんでね。
何? 蕎麦屋の支払いが出来無ぇって?
大丈夫だ。御前達の代金は、全てこの大家さんが支払ってやるから」
「さぁさ、車座に座って。今日は、無礼講だ。
いいから、与太。お節ちゃんも一緒で。そこで、こそこそと連れて来たんだろうが。
今度は何だい? 熊さんは。
無礼講なのに酒は出ないのかって? 馬鹿だねぇ、御前は。今日は粋な喰い方を教えようてぇんだ。昼日中(ひるひなか)から酒なんぞ喰らったら、それこそ野暮てぇもんだ。
次は何だい? 八は。
無礼講ってぇのは、金集めんのかって? 馬鹿だね、御前も。無礼講てぇのは、無尽(相互扶助制度のこと)じゃ無ぇ。だから、御前さんは金を出す必要なんてぇ無ぇんだ」
「さぁ皆、蕎麦は回って来たかい。おなつさん、今、蒸籠回そうとしただろ。
今日んとこは、ギャグは要らないから。
今度は何だい? 寅よ。蕎麦しか出てこ無ぇって? 薬味があるだろ。粋な手繰り方にゃ、天麩羅や鴨は邪魔なんだ。そいで足んなきゃ、もう一枚(めぇ)、蒸籠を追加しなさい」
「オイ、与太! 大切なお節ちゃんに向かって、箸を割る奴があるか! 割り箸は手前に向かって割るもんだ。そうそう、上手に出来るじゃねぇか。
熊! 蕎麦をそんなに汁に浸すんじゃない! 粋に食べるにゃ、蕎麦の裾だで、ほんのチョコンと浸けるんだ。そうそう。
寅! 蕎麦猪口(そばちょこ)をちゃんと手に持って、蕎麦をすする時に一緒に口元にもっていくんだ。そうそう、やれば出来るじゃないか。そうするってぇと、汁が飛び散らないだろ」
「今度は八! 山葵(わさび)の匂いだけ嗅ぐんじゃない! 山葵はその横の鮫肌、そう、その四角い板にザラザラな物(もん)が貼ってある奴な。それで、静かに下(お)ろすんだ。見てみろ、なつきさんは上品に下ろしてんだろ。そうそう、そうやって静かに、そうそう」
「コラ、与太! おろした山葵をそのまま喰うんじゃない! だからって、汁に直接山葵を入れるんじゃない! お節ちゃん、教えて(おせーて)やりなさいよ。
山葵は、刺身を頂く時みたいに蕎麦にチョコンと乗せるんだ。
そうすりゃ、蕎麦湯を頂く時に鼻にツンと来ないだろ?
何? 私はそのツンが好きですって、お節ちゃんは変なこと言わんでヨロシ」
「マッタク、御前達の相手してるてぇと、年柄年中気が抜けないねぇ。
これだから最近、歳喰って感じがして仕方が無ぇんだ。
何、八? 私がボケない様に気を使わせてるって?
何言ってんだい。私ゃボケてる暇なんてないよ。御前さん達の世話で。
それに、12月に世話焼かすのは、大家じゃなくて先生だよ!
何たって、『師走』てぇ位ぇだから」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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