こな落語

博多の饂飩(うどん)が柔らかいのは親からの遺伝です《こな落語》


2022/01/17/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
写真提供:緒方愛美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 

 
相も変らぬ流行り病で、年が改まっためでたさも今一息といったところです。
今回の噺に登場するのは、今年の年男でその名も寅さん。
何でも、年末年始に故郷の博多へ帰っていたとか。明太子の土産を持って、蘊蓄大家さんの所へ新年の挨拶に参りました。
 
「大家さん、こんちは!」
「おぉ、こりゃ寅さん。今年も宜しくお願いしますよ」
「こちらこそ、宜しく御願い申し上げます」
「ィヨ! 『申し上げます』なんぞとは、ロクに働きもしない他の長屋連中とは違いますね。毎月毎月、きちんと店賃(家賃)を持ってくるのは寅さんだけですよ」
「へい、賃店(店賃の符丁)を納めるのは店子の務めってぇもんで」
「偉い! 他の店子にも寅さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいものですよ」
「有難う御座います。年末年始と亡くなった爺さんの墓参りに郷へ帰っていたもんで、すっかり新年の挨拶が遅れちまぇやした。これ、郷の土産です」
「こりゃ、明太子だね。御飯(おまんま)が進みそうな、いい香りがしてます。
そういや、寅さんの故郷は九州・博多だったねぇ。道理で、少し顔が黒く為ったような……」
「いやですよ、大家さん。落語の『子褒め(こほめ)』みてぇな御世辞を言っちゃぁ」
「世辞では無いですよ。陽に焼けた寅さんの顔を見ると、仕事にも大層励むんだろうって感心するばかりですよ」
「嬉しいこと、言ってくれますね。有難うごぜぇやす。
ところで大家さん。博多の街角で『饂飩発祥の地』ってぇ石碑を見付けたんですよ。本当に、博多は饂飩の発祥地なんですかい? 讃岐とかじゃなくて」
「うーん、そうだねぇ。饂飩発祥の地に付いては、諸説あってね。博多もその一つだし、讃岐ってぇ節もある。ただ、博多の饂飩だけは、他の地の饂飩とは別物ってぇ言っていいなぁ」
「そりゃ一体どういったことですかい?」
「寅さんも御存知の通り、博多の饂飩はやけに柔らかいだろ?」
「へい、そうなんですよ。アッシなんぞは、江戸で頂く饂飩が硬過ぎるんですよ」
「あれはな、博多饂飩に使う小麦粉が特別だからなんだ」
「そうなんですかい!? アッシはまた、特別長い間茹(う)でたのかと思ってやした」
「まぁ、博多の人でも素人さんはそう思うわなぁ。ところがなぁ寅さん、阿蘇より北の九州で栽培される小麦と、その他の日本中で栽培されている小麦はいわば血統が違うんだ。言い換えるてぇと、博多の小麦だけは、外国人みたいなものなんだ」
「アッシは頭が悪いせいか話がこんがらがって聞こえますが。例えばですね大家さん、外国、例えば濠太剌利(オーストラリア)で獲れた小麦で饂飩を打ったって、博多の饂飩みたいに軟らかく為るんですかい?」
「そうじゃない。阿蘇から北の地は、水はけがよくって、本来の小麦栽培に向いている土地柄なんだ。そうして品種改良された九州の意小麦は、普通の農地で作られた小麦とは、品種改良に違った道筋が立てられたんだ。先祖代々といったところだ」
「何だか、解かった様な解からない様な……」
「外国の農地もそうだが、通常の水はけの地で作ったものと、水はけがよい地で作ったものとでは、違った栽培方法を取るってぇこった」
「水はけがよい地で作った小麦からは、柔らかい饂飩が仕立てられるってぇこってすかい?」
「まぁ、簡単に言えばそうだ。そういった土地で獲れた小麦は、グルテン(小麦蛋白)てぇたんぱく質の量が少なくなるてぇこった。そうなるてぇと、仕立てられた饂飩のコシが弱くなると考えた方がいい」
「そんなもんですかい。なんだが、合点がいきませんが」
「ま、これ以上教えると長く為るから、また今度にしなさい。私んとこには、未だ挨拶に見える方も居ることだし」
「そうですね。新年早々長居致しやして」
「いや、いいんだ。こち“とら”、新年から年男に来てもらって嬉しいよ。寅年だけに」
「ィヨ! 今年も大家さん、冴えてる!」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2022-01-12 | Posted in こな落語

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