こな落語

旗の黄色は、あの花の象徴では無かった《こな落語》


2022/03/28/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
このところ、遠い欧羅巴(ヨーロッパ)では、何やら騒乱状態が続いている様でして。離れている日本の江戸(東京)下町でも、知識人を気取った長屋の大家が、ウクライナの国旗を“半旗”にして玄関脇に立てています。
 
そこへやって来たのが、診療所に住み込んでいる、おとよという少女。
この娘はてぇと、以前も御話しした通り、少々可哀そうな身の上でやして、実の親が育てられなくなった、おとよちゃんを診療所の新出(にいで)医師の所に預けたってぇ寸法でして。
今では、おとよちゃん、しっかり療養所の賄(まかな)いをしながら、健気に働いて居ります。おとよちゃんは、勉学に対する向上心も旺盛で、何でも気に為ることを大人に聞いて居ります。
今日も、蘊蓄大家の玄関先に立てられた旗が気に為ったようで。
 
 
「こんにちは、大家さん」
「こりゃこりゃ、おとよちゃんじゃないか。こちらこそ、こんにちは」
「大家さん、玄関先の旗には何か意味があるのですか?」
「ィヨ! おとよちゃん。段々と知恵がついて来たねぇ。ウチの与太なんかは、異国の旗のことを“幟(のぼり)”なんてぇ、酔狂なことを言って来る始末だから。大体ウチは国技館じゃ無(ね)ぇってとこで」
「大家さん、私が言いたいのは旗と幟の違いじゃなくて、どんな訳が有って異国の旗を立てていらっしゃるんですかということなんです」
「あ、その旗ね。あれはウクライナてぇ大陸のずっと西に在る国の旗だ」
「ウクライナって、隣の露西亜(ロシア)とかいう大国に攻め込まれているあの国ですか」
「おとよちゃんは、賢いねぇ。瓦版(新聞のこと)とかも、よく読むのかい?」
「ハイ、診療所の保本先生から『賢く為りたかったら、瓦版を読みなさい』って教えられましたから」
「そうかい、そうかい。保本さんは、おとよちゃんが可愛くて仕方ないんだね。
そう、保本さんが言う通り、瓦版には世の中のことが沢山詳しく書いてあるからねぇ。
そいでもって、何だっけ? おとよちゃんが聞きたい事って?」
「玄関先のウクライナの旗のことですよ。何で、竿の天辺じゃなくて真ん中に付けているのですか?」
「あぁ、あれはなぁ、“半旗”といって哀悼の意を表することなんだ。哀悼って解かるかい? 少し難しいけど」
「他人の死を悲しみ嘆くことですね」
「流石だ、おとよちゃん。ウチの熊なんか……」
「あ、長屋の方達の話は結構です。長く為りますから」
「そうかい。こりゃ、失敬失敬」
「大家さんは、このところの紛争で、亡くなったウクライナの方達を悲しんでいらっしゃるんですね」
「そうだよ。日本でも昔、戦争が有ってな。あ、私は知らない時代だよ。オヤジや爺さんから聞いたんだけど。その時代にゃ、沢山の日本人が亡くなったんだそうだ」
「悲しいですね。誰かが亡くなるのって」
「そうだよ。だから私は、こうして半旗を掲げているんだ」
「ところで大家さん、国旗ってその色に意味が有るって聞いたんです。例えば、日本の日の丸なら登る太陽の意で、地球の東に位置する日本を象徴してるって」
「おとよちゃんは、賢いねぇ。よく勉強してる証拠だ。そいじゃ聞くけど、ウクライナの国旗の青色と黄色は何を意味してるか解かるかい? 青は簡単だ。青空の意味だ。それじゃ、下半分の黄色は何だか解かるかい?」
「聞いたこと無いけど、多分、向日葵(ひまわり)の黄色じゃないんですか?」
「残念ながら不正解だ。何で、おとよちゃんは、黄色が向日葵って思ったんだい?」
「確か、伊太利亜(イタリア)の活動写真(映画のこと)に『ひまわり』って名作が有るんですよ。私もこの間(こないだ)、新出先生が御持ちのDVDを観せて頂いたんです。ソフィア・ローレンって女優さんが綺麗でした。それに、舞台に為ったウクライナでロケーションしたらしいです。画面一杯に広がった、向日葵畑が印象的だったもので」
「うん、おとよちゃんは、目の付け所が良いねぇ。確かにウクライナは、向日葵の一大生産地だ。ただね、小麦の生産高も多いんだ。特に、小麦に輸出は世界第5位だ。もう解かったと思うけど、ウクライナ国旗の黄色は、たわわに実った小麦を象徴してるんだ」
「そこで、小麦の話ですか。流石、大家さんの蘊蓄のツボですね」
「そうだよ。今日んとこは、私からしか聞けない蘊蓄で、おとよちゃんも得したねぇ」
「ハイ、半旗の国旗が気に為って良かったです。また知らないことが出来たら、教えて下さいね」
「いいとも、いいとも。おとよちゃんみたいに、何でも覚えてくれる子は大歓迎だ。その点、ウチの八ときたら……」
「あっ! 長屋の皆さんの話は結構です。長く為りますから。
では、御使いの途中なのでこの辺で。御邪魔しました、有難う御座います」
「おとよちゃんは、挨拶もちゃんとしてるねぇ。その点、ウチの……
あっ、行っちゃった」
 
 
 
 
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
 
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志

❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。

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2022-03-23 | Posted in こな落語

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