後一つが本決まりに為らないのも日本的《こな落語》
2022/04/20/公開
記事:山田将治(READING LIFE編集部公認ライター)
相も変らぬ状況でして、陽気が良くなったものの、景気は今一息パッとしません。
せめても、ここだけは景気良く行きたいものでして。
日本ではよく、『三大〇〇』なんてぇ物(もん)が御座ぇます。大概の場合は、世間の殆どの方が「これだ!」なんてぇ納得するものです。例えば、松島・天橋立・安芸宮島の『日本三景』とか、大鵬・北の湖・千代の富士の『戦後三大横綱』、古今亭志ん生・三遊亭圓生・柳家小さんの『昭和三大名人』なんてぇところです。
それでも、「三保の松原は何故入らない」「俺が贔屓の桂文楽はどうした」とか、中には「貴乃花は離婚したから入らないのか」と、やや見当違いの輩も出て来たりして。
今度(こんたび)の噺(はなし)に登場するのは、御馴染み長屋の住人の熊さん。熊さんには、饂飩(うどん)の郷(さと)讃岐(香川)出身の奥さんが居ます。絶えず奥さんから、饂飩に関する蘊蓄を聞かされていて、いつか遣り込めてやろうてんで、麺に関する蘊蓄なら誰にも負けない大家さんの所にやって来た次第です。
「こんちは! 大家さんいらっしゃいますか?」
「はいはい、こりゃ熊さんじゃないか。今日んとこは、早目に店賃(家賃)でも持って来たのかい?」
「いきなり御挨拶ですねぇ。賃店(家賃の符丁)なら、月末にきっちり持って来やすんで、もう暫く御待ち下せぇ」
「はいはい、解りましたよ。それで、今日は一体どういった用件で?」
「御用件といった程、大層なもんじゃ無(ね)ぇんでやすがね、ウチのかかぁが何かと蘊蓄を垂れやがって五月蠅(うるさ)いもんでね。なんか一つアッシも蘊蓄を覚えて、ぎゃふんと言わせたいってぇ寸法でしてね」
「そりゃまた、穏やかじゃないねぇ。どうして御前さんとこは、こうまでのべつ幕無しに夫婦喧嘩するかねぇ。ま、喧嘩するほど仲が良いともいうけどねぇ」
「別に喧嘩ってぇ訳じゃ無ぇんです。かかぁの奴が、『饂飩は讃岐に限る』なんてぇことばかり言うもんでして」
「そうかい。そんじゃ、『日本三大饂飩って知ってるかい?』と聞いてごらんよ」
「大家さん、そりゃ逆効果てぇもんでしょ。何たって、饂飩といえば讃岐と誰でも知ってますから」
「そこなんだよ熊さん。大概の人は『日本三大饂飩』といえば、先ず以って讃岐饂飩を挙げるはなぁ。次いで出て来るのが、秋田の稲庭饂飩だわなぁ。ところが、この後てぇと、越中富山の氷見饂飩とか、上州群馬の水沢饂飩とか、長崎の五島饂飩とか、いろいろな説が飛び交うんだ。中には、尾張名古屋のきし麺を推す者が居たりして、もう収拾が取れ無ぇんだ」
「何でまた、決まっても居ないのに『日本三大饂飩』なんてぇ大層なことを言うんです?」
「そうだよな。ま、三つ目があやふやに為るてぇとこが、何とも日本的ってぇこったな。考えてもごらんよ、祭りだってそうだ。熊さんや、江戸っ子なら『江戸三大祭り』は知ってるよな?」
「へい、明神さんの神田祭、日枝神社の山王祭、富岡さんの深川祭でやしょ?」
「そうそう、昔から『神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王様』てぇくれぇだぁらな。でもな、千貫神輿の鳥越祭りや日本武尊(やまとたける)が祀られてる下谷神社だって黙ってないぞ。神田・山王・深川って言ってるのは、下町っ子だけかも知れんぞ」
「そんな奴が居るんですか?」
「あぁ、そうだよ。『日本三大祭り』に至っては、京都の祇園祭、大阪・天満の天神祭り、そして、お江戸の神田祭ってぇことに為っているが、九州じゃ神田祭を外して博多どんたくを入れるらしい。東北でも神田祭の代わりに青森のねぶた祭を入れるそうだ」
「明神さんを外されるのは、江戸っ子として面白くないなぁ」
「そうだろ? でもな、ねぶたの東北でも問題が有るんだ」
「何ですそりゃ?」
「一般的に『東北三大祭り』といやぁ、青森のねぶた祭、秋田の竿灯(かんとう)祭り、仙台の七夕祭りが定説だ。でもな、山形の花笠祭はどうするってぇ議論が、今でも続いているそうだよ」
「へぇ、東北の方は温厚って聞いたやしたが、思いの外頑固なんですね」
「だろ? だから、何が『三大〇〇』かなんてぇことは、各自勝手に決めりゃぁいいんだ。そいで、話を戻すと『日本三大饂飩』だって、何も讃岐饂飩をいの一番に挙げる必要も無いんだ。それより、ここは一つ讃岐饂飩は別格として外しちまって、稲庭・水沢・五島ってことにして良いと思うんだ」
「誰が思うんです?」
「私が思ってるんだよ! だからカミさんに、ここ迄の顛末を話して、『讃岐饂飩は別格だし纏まりが悪いからから、三大饂飩から外したよって私が言ってた』って言ってごらん。少しは、大人しくなるだろうから」
「有難う御座います。そうしてみます」
「あ、熊さん。間違っても、氷見饂飩や名古屋のきし麺を口にするんじゃないよ。話がややこしく為るから」
「へい、気を付けます」
≪お後が宜しいようで≫
*諸説有ります
【監修協力】
落語立川流真打 立川小談志
❏ライタープロフィール
山田将治(天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター)
1959年生まれ 東京生まれ東京育ち
天狼院落語部見習い
家業が麺類製造工場だった為、麺及び小麦に関する知識が豊富で蘊蓄が面倒。
また、東京下町生まれの為、無類の落語好き。普段から、江戸弁で捲し立て喧しいところが最大の欠点。
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