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波佐見焼物語

第1話 漫画とコラボした一輪挿しが3分で完売!新たな波佐見焼の魅力を発信する夫婦陶芸家ユニット《400年の歴史を持つ陶磁器の町で、ドイツ人の妻と熊本出身の夫が伝える「波佐見焼物語」》


2021/04/26/公開
記事:今村 真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

20201214日、たった3分間の出来事だった。

漫画とコラボした限定50個の一輪挿しは、販売開始時刻を過ぎると、あっという間に完売してしまった。

その漫画とは、「青の花 器の森」という波佐見焼を題材にした作品で、現在も小学館の雑誌「月刊flowers」に連載されている。

この漫画を描いているのは、アニメや実写映画化もされた漫画「坂道のアポロン」の作者である長崎県佐世保市出身の小玉ユキさんだ。

その漫画の中で、主人公たちを繋ぐキーアイテムとなる一輪挿しを、佐世保市のお隣である波佐見町の若手夫婦陶芸家ユニット・綿島夫妻が手掛けたのだ。

©2019 千倉志野

ドイツ人の妻である綿島ミリアムさんと、熊本出身の夫である綿島健一郎さんが器づくりをしているのは、長崎県東彼杵郡波佐見町という人口約15,000人の、長崎県では唯一の海なし町である。実際に波佐見町を訪れてみると、どこか懐かしい雰囲気が漂う自然豊かな山あいの町といった印象だ。Studiowaniまでの道すがら、町のあちこちに窯元や商社と呼ばれる卸問屋の看板が目に付き、ここ波佐見町が、400年以上も前の江戸時代からやきもの作りが始まった波佐見焼の産地であることを実感する。

波佐見焼は、現在でも全国の家庭で使われている日用食器シェアの16%を誇っており、気づかないうちに誰しも一度は使ったことがあるかもしれない。

近頃では、長い間に培った技法を活かしながらもモダンで斬新なデザインを取り入れた結果、若者を中心に人気が高まり、波佐見焼という名前を知る人も増えているようだ。

そんな波佐見町で陶芸家として活動している綿島夫妻が、2人の工房「studiowani(スタジオワニ)」を構えたのは、わずか3年半ほど前の20179月だ。歴史のある波佐見焼の中から見れば、新参者の夫妻の旅路はまだ始まったばかりである。

現在、夫妻が波佐見町で工房として借りているのは、築50年以上の古民家だ。長年にわたって波佐見焼の生地を作っていた場所だったが、やはり作業しやすいように随分と手を入れなければならなかったそうだ。改修費用を抑えることと、自分たちらしい空間を作るために、夏の暑い時期も大汗をかきながら、自ら壁の漆喰塗りや床板張りなど作業の大部分を行った。

そうして夫妻が、大変ながらも楽しんで手を入れたことで、眠っていた元生地屋が、愛着ある工房兼ギャラリーへと姿を変えた。

(工房兼ギャラリー:ギャラリーの管理人は、看板猫のチャーリー)

しかし、夫妻にとっては、オリジナルの作品を作ることができる喜びで溢れていた一方、これからの見通しに不安を抱えながらの出発だった。

自分たちだけで器づくりの全工程をやり抜くことを選んだ2人は、経営のことや作品作りの構想、それに加えて実際の器作りと何役もこなさなければならない。

せっかく始めた工房なのに、上手くいかなかったらどうしようとプレッシャーばかりがのしかかってきたそうだ。以前、窯元に勤めていた2人は、これから器を作り続けていくにあたり、そんなに儲けは出ないかも知れないが、自分たちの頑張り次第で目指せる可能性に賭けて独立したのだ。何とかして、安定した経営ができないものかと悩んだという。

子供が生まれれば、さらにお金が必要になるし、何よりも収入源を増やさなければという思いから、英会話教室や陶芸のワークショップを始めることにした。このことは、波佐見町出身でない2人にとって様々な人とのつながりを作ることにも役立った。

半年くらい試行錯誤を続けていると、少しずつ作品を知ってもらうようになり、明るい兆しがほのかに見え始めた。

そんな時、一本のメールが新たな扉を開けた。差出人は、出版社である小学館の編集部だった。

「とある漫画家さんが、波佐見焼を舞台にした漫画を描きたいそうなので、取材させてくれませんか?」

小玉ユキさんが描く新作漫画のための、取材協力の依頼だった。

「うちでやれることは、何でもやりますとお答えしました。ミリアムも楽しそうだっていうので、ノリノリで引き受けることにしました。ただ楽しそうだなという、結構軽い気持ちで」

夫の健一郎さんは、笑いながらそう語る。自分たちにできることを模索している時でもあったから、何かのきっかけになればと思って快諾したという。

実は前年に、小玉さんは、波佐見の陶器市にも訪れていたそうだ。波佐見陶器市は、毎年ゴールデンウィーク中に開催され、約150店の窯元やメーカーが集まり、約30万人が訪れる人気のイベントである。

当時はまだ工房を構えていなかった綿島夫妻も、佐賀県や波佐見の窯業技術センターで、ろくろや窯を借りて作品を陶器市に出品していた。小玉さんは、丁度その陶器市を見学しており、どうやら綿島夫妻の作品もチェックしていたらしい。

翌年、小玉さんが再度波佐見町を訪れたとき、イメージにぴったりだった夫妻と運命の出会いを果たすこととなった。

小玉さんとの出会いの後、新たな扉を開いてくれた一本のメールは、漫画の取材協力という2人が思いもよらない経験へと繋がっていった。

綿島夫妻は、小玉さんに器づくりの工程や一輪挿しの釉薬のかけ方など専門的なことを伝え、それが作品中にもしっかりと描かれているのが嬉しいという。

そんな中、ストーリーを運ぶ上でキーアイテムとなった一輪挿しを販売することになり、その制作を綿島夫妻が手掛けるという流れまで呼び込むこととなった。

2019年に初回の一輪挿しの販売が小学館のインターネットサイトで実施されると、当日数時間で売り切れてしまった。あまりの早さに、買えなかった人から販売元である小学館へクレームが来たほどだった。

2020年に再度依頼を受け販売された一輪挿しは、ものの3分で完売した。

もし2人が創り上げたものが、作中に描かれていた一輪挿しへの思いを体現していなければ、こんなものかとがっかりされる可能性もあり得る。そんな中、2回の販売で、あっという間に完売した夫妻の一輪挿しには、ファンの期待に応えるものが十分にあったことがうかがえる。

「小玉さんの漫画の力があってこそ」と謙遜する綿島夫妻だが、2人が作り出したロマンチックで、夫妻の人柄がにじみ出たかのような温かい一輪挿しの佇まいに惹かれた人は多かったことだろう。

波佐見焼の工程は、大量生産を可能にした分業制が主流である。

しかし、綿島夫妻は「手作り」にこだわり、全ての工程を二人三脚でこなすのだ。

その上、夫妻は、波佐見町の出身ではない。ゆかりのない土地で工房を立ち上げ、自分たちだけで作品作りをしていくのは、時には困難なこともあっただろう。

元々、イタリアンレストランで料理人をしていた健一郎さんと、ドイツの美術大学でプロダクトデザインを学んでいたミリアムさんが、違う分野から、どんなきっかけで器づくりの道へと進むことになったのか?

なぜ、陶芸の場所として、出身地ではない「波佐見」を選んだのか?

その答えに、伝統を踏襲するだけでなく、自分たちらしく歩み続ける夫妻のその先にあるものを垣間見ることができるような気がする。

自然豊かな町で育まれた400年の歴史のある波佐見焼という伝統工芸の中で、独自の道を切り開いていく夫妻の姿を追ってみたい。

第2話へつづく >>

©2019 千倉志野

【お知らせ】

ツイッターでも大注目された2人の工房 studio wani が、ウェブ個展とウェブ陶器市を開催します!
期間は、429()12時~52()24時です。
夫妻の作品に触れるチャンスをお見逃しなく!

アクセスは、こちらから!→ https://studiowani.theshop.jp/

□ライターズプロフィール
今村 真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。元地方公務員。まちづくりや地域を盛り上げるために頑張る熱い人々に、スポットライトを当てたい。20209月より、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
波佐見焼と出会い、そのデザイン性と機能性の高さに魅せられ、一気にファンに。
徐々に、自宅の食器を波佐見焼に入れ換えていくことを計画中。
波佐見焼と魅力的な職人のストーリーを、ぜひ多くの方にご紹介したい。

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2021-04-26 | Posted in 波佐見焼物語

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