波佐見焼物語

第2話 元料理人の夫とドイツ出身の妻が、ゆかりゼロの波佐見町で器づくりをする理由とは?《400年の歴史を持つ陶磁器の町で、ドイツ人の妻と熊本出身の夫が伝える「波佐見焼物語」》


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2021/05/10/公開
記事:今村 真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

窯元で作業を続けていくうち、健一郎さんには違和感が芽生えてきた。

ふと、毎日大量に型で作られた器が、表情のない、のっぺらぼうのように思えてきたのだ。

窯業大学校を卒業し、波佐見町の窯元で働くようになった健一郎さんは、そこで一日に400個から1000個ほどの器に、窯で焼く前のうわぐすりをかける仕事をしていた。

「釉薬」と呼ばれるうわぐすり器の表面にかける仕事は、大切な工程だ。焼き上がりの風合いや器の強度にもかかわるため、一つ一つ丁寧にかけなければならない。

ところが、釉薬をかけようと器を手に取る度に、何故か器の表情が冷たく見え始めたのだ。健一郎さんには、型で作られた器よりも、ろくろなどで一つ一つ手作りで作られた器のほうが、作った人の喜びや楽しさを強く訴えかけてくるような気がした。しかしながら、そのやり方は、波佐見焼の本流ではなかった。

波佐見焼は、分業が主流だ。素焼き前の生地を作る「生地屋」、生地を形づくる型を担う「型屋」、絵付けから焼いて商品に仕上げる「窯元」など専門性を活かした製作手法が、ここ波佐見町においては、通常のやり方なのだ。

専門性があるということは、それに特化した作業の繰り返しでもある。熟練した技やスピードによって、一人で全部の工程をこなすよりも、均整の取れた製品を大量に作ることができる点では効率的だろう。

けれど、作り手の想いまで伝えたい健一郎さんにとって、型で作られた器はどこか物足りなさを感じた。

「これから器を作っていくのなら、気持ちを伝える作品を作りたい。大量には作れないかも知れないけれど、一日中同じ工程を繰り返すよりは、全てを自分で作ってみたい」

健一郎さんには、そんな想いが次第に湧き上がっていた。

元々、健一郎さんは、陶芸家を志していたわけではない。大学で学んでいたのは、陶芸ではなく薬学だった。薬科大学へ進んだものの、その後はイタリアンレストランの料理人となっていた。しかし、このまま料理を続けていけるのかと悩んでいたときに、家族が勧めてくれたのが陶芸だった。

心機一転、自分をリセットするつもりで入学した有田窯業大学校は、これまで健一郎さんが生きてきた世界とは物差しが異なる所だった。何故なら、以前大学の実験室で作業をするときには、微細なほこりも混ざらないようなクリーンルームで実験をするのが当たり前という、ちょっとの汚れや誤差さえも見逃さないような環境だったからだ。

ところが、やきものでは、釉薬の原料を計量する時には、950グラムでも1050グラムでも、それが1キロという、ざっくりとした世界だったのだ。

健一郎さんは、きちんと判を押したように出来上がるわけではなく、また、決まりきった正解が出ないところに陶芸の面白みを感じた。いくら計量をしっかりしていたとしても、別の釉薬の厚さや濃度、窯の温度などで、いくらでも器の出来上がりが左右されてしまう。今まで見てきた世界とは未知のものが器づくりにあるような気がして、すっかりその魅力に引き込まれてしまったという。

©2019 千倉志野

一方、ドイツ出身のミリアムさんが、焼き物に惹かれ、はるばる遠く離れた日本までやってきたのは、3か月間学んでいたアメリカで出会った陶芸家の話や本がきっかけだった。当時、日本の陶芸をしていたアメリカ人作家のもとで学んでいたミリアムさんの目を捉えたのは、日本の茶道を紹介する本の数々だった。外国人向けに作られたその本は、日本特有の「わび・さび」に溢れ、実用性や機能性だけではなく、もの自体のつくりの美しさや使い方などが魅力的に描かれており、今まで知らなかった日本ならではの感性に感銘を受けたという。ミリアムさんは夢中になり、論文を書くほど熱心に学んだ。また、アメリカ人作家から聞く日本の器づくりの話も、ミリアムさんの心に深く響いたという。

ドイツにも陶磁器の有名な産地はあるのだが、急激に日本のものづくりに対する哲学のようなものに惹かれていたミリアムさんは、健一郎さんと同じ有田窯業大学校への留学を決めた。

©2019 千倉志野

陶芸は、綿島夫妻を結び付ける強い絆となった。ミリアムさんが就労ビザを取得して波佐見の窯元で働いていたとき、健一郎さんと出会ったのだ。

「きちんとしようと思えば、機械に任せた方がいい。正解がなく、多様性のある器づくりこそ、自分たちができることではないか」

窯元での修業中も、健一郎さんの頭にあったのは、型どおりの器を作るのではなく、全ての工程に心を込めて、手作りのオリジナル作品を使う人に届けたいというものだった。

ミリアムさんも同じ想いだった。元々日本の美しい工芸に惹かれて、はるばるドイツからやってきたのだ。日本の工芸は、アートにもプロダクトにも寄り過ぎない、程よい中間地点にあるとミリアムさんは言う。自分自身で、「美しい手作りのもの」を作りたいという想いは変わっていなかった。

「自分たちの作品を届けるために、工房を自分たちで立ち上げよう」

2人は、一念発起、独立を決意した。

ついに工房を構えるために立ち上がった2人だったが、出身地でもない波佐見には何のつてもなかった。周りに親戚や昔からの友人がいるわけでもなく、ここで工房を立ち上げるのが困難であることは目に見えていた。

しかも工房を開くには、初期投資としてまとまった資金や設備が必要だ。早くも壁にぶつかっていた2人が、独立するための方法を探していたときに知ったのが、波佐見町でもの作りをしたい人を応援する空き工房バンクという情報提供機関や、移住者のための町の支援金制度だった。それらを活用することで、工房となる築50年以上の元生地屋だった古民家に移り住むことができた。

また、波佐見には制度だけでなく、移住者に対して温かく、新しいことを始めるのを応援する土壌がある。余所者だからと距離を置くのではなく、受け入れて一緒にやっていこうという雰囲気もまた心地良かった。

人と違うことをするからといって、白い目で見られるということはなかったという。綿島夫妻のように、分業が主流の波佐見焼のやり方を踏襲しない姿勢についても、「そういうやり方もあるよね」とさらっと受け入れられているようだ。

これには、波佐見焼の歴史も関係しているのではないだろうか。

400年以上も前の江戸時代から始まった波佐見のやきもの作りだったが、長い間、隣町の有田焼の下請けとして発展し、有田焼として流通していたため、波佐見焼としての知名度は無いに等しかった。

しかし、2000年代に起こった産地偽装問題の影響で、有田焼とは決別しなければならなくなった。伝統工芸ならではの縛りがなく、良い意味でプライドを持たない波佐見は、貪欲にデザインや商品開発に取り組んだ。

そして、人を受け入れて一緒にチャレンジしていく姿勢を持ちつつ、作り手の個性を引き出すデザインの差別化によって生まれた「新生」波佐見焼は、徐々に今日の人気を獲得していったのだ。

自分たちらしい器づくりを求めていた綿島夫妻には、この波佐見での作品作りが性に合っていたようだ。伝統工芸に受け継がれた既存のやり方や、絵付け方法やデザインなどを限定されることなく、大らかに自由な発想で作ることができるのも魅力だった。

2人のやきもの作りは、化学というよりは家庭料理に近いと言う。きちんと量って作るというよりは、家庭で作る料理のように目分量で美味しさを想像したり、食べてくれる人の顔が思い浮んだりといった感覚が当てはまるのかもしれない。

そして、夫妻が大切にしたい、気持ちを伝える作品作りができる道は、やはり「全ての工程を2人で行う」というものだった。デザイナーと職人という両方の視点が必要になり大変ではあるが、その分やりがいも感じられて楽しみがあるそうだ。それ以外の方法は考えられなかったと、口を揃えてミリアムさんと健一郎さんは言う。

縁もゆかりもない場所だった波佐見は、今では夫妻にとって風通し良く作品作りに励むことができる地へと変化した。

作品を認められ、徐々に2人が歩む陶芸の道にも明るい光が射してきた。工房を構えて3年余りとなった2人は、更に新たなチャレンジを続けていた。

そんな中、折しも2020年に発生したコロナ禍は、夫妻に新たな壁として立ちはだかるのだった。

第3へつづく>>

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©2019 千倉志野

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□ライターズプロフィール
今村 真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。元地方公務員。まちづくりや地域を盛り上げるために頑張る熱い人々に、スポットライトを当てたい。20209月より、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
波佐見焼と出会い、そのデザイン性と機能性の高さに魅せられ、一気にファンに。
徐々に、自宅の食器を波佐見焼に入れ換えていくことを計画中。
波佐見焼と魅力的な職人のストーリーを、ぜひ多くの方にご紹介したい。

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2021-05-10 | Posted in 波佐見焼物語

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