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魂の生産者に訊く!

【魂の生産者に訊く!Vol.3-1】 「湘南唯一の蔵元」は、時代と地域と共に育つ(酒造り編) 《天狼院書店 湘南ローカル企画》


記事:河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
かつて神奈川県内には、1,000軒を超える酒蔵があった。
しかし現在残るのは13軒。
そして湘南に存在するのはここ、熊澤酒造のみである。
 
酒蔵を維持するとは、どういうことなのか。
地域の文化を企業が守ることに貢献するためには、何が必要なのか。
並々ならぬ熱意を注いだその神髄に迫ってみたい。
 
 

Vol.3-1 「湘南唯一の蔵元」は、時代と地域と共に育つ(酒造り編)
熊澤酒造株式会社 六代目蔵元 熊澤茂吉さん


後編(街づくり編)はこちら
 
神奈川県出身。
早稲田大学卒業後、米国留学を経て家業である熊澤酒造を引き継ぎ、1997年熊澤酒造株式会社代表取締役に就任。六代目蔵元。本名:信也。
 
熊澤酒造株式会社HP →https://www.kumazawa.jp/
 
 

明治創業の造り酒屋は、時代に沿った酒を造る



 
1872(明治5)年創業です。
相模平野のほぼ中央に位置する、ここ香川の水田地域の中では、元は小作人を抱える大きな農家でした。
明治維新後に、日本中の大きな農家で造り酒屋になったところは多かったと思います。
一応職業は選べる世の中になった時、農家の人が何をやってもいいよと言われたら、自分たちが作っているもの、すなわち米を加工するしかなかった。なので造り酒屋を始める農家は多数ありました。
 
神奈川県内で、明治のピーク時には1,070軒の造り酒屋がありました。
「今の若者がビジネスを立ち上げる時には、IT系しかない」みたいな感覚だったと思います。それが一番メジャーだったからというよりも、それより他に選択肢がなかったのでしょう。
作っているお米に付加価値を付けることなので、新規事業というよりは、米作りの延長線上といったところです。今でいうところの「6次産業化」の先駆けですね。
 

6次産業化とは

:1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組です。これにより農山漁村の所得の向上や雇用の確保を目指しています。(農水省HPより)

 
創業時から残っているお酒は「放光」(ほうこう)です。
僕の祖父の代で「曙光」(しょこう)という銘柄になり、僕の代で「天青」(てんせい)になりました。
 
お酒の味ですけど、例えば「とらや」の今の羊羹って、江戸時代と同じ味ではないんですね。
どんなものでも時代に合わせて変わっていくんで、風味は若干初代とは変えている部分はありますけど、「地域の食文化に寄り添っている」という意味では、基本的な味は変えていないです。
目指している味わいは変わっていない、しかし、社会の変化に応じて変わってもいるということですね。
 
明治の頃は瓶も車もなければ道路も整備されていないし、物流そのものが発達していなかった。近所の人だけが買いに来るわけです。その年その年でできるもので、その時の味を作っていたのでしょう。
高度経済成長の時に大量生産になって、便利になって、その時々の味わいがなくなっていった。バブル崩壊以降は逆に季節のものを楽しむ味わい方に戻っていきました。
今は素材本来の良さとか味わいを見直して、旬のものを楽しむ感覚に還っています。それはお酒だけじゃなくて世の中の流れともリンクしていますね。
 
 

「酒蔵を残す」ことは、すでにDNAレベルで刻み込まれていた



 
この酒蔵ですが、祖父から継ぎました。ちなみに父は継いでいないんです。
生まれた時から、家の敷地に酒蔵があったのは当然わかっているので、全く「家業を継ぐ」という意識はなかったですね。
 
僕が大学を出た頃に父の会社が倒産して、造り酒屋も一緒に売却する話が出ました。
「(造り酒屋を)辞めるんなら辞めるで、そこに立ち会った方がいいよ」
と母に言われて、1人息子の僕は親族会議に出ました。
その時に、「酒蔵はどうしても残したい」と僕の方で話をしました。そんなわけで継ぐことになりました。
 
廃業するっていうことがもし決まっていたら継がなかったと思うんです。そんなに興味がなかったので。
もし僕が「継がない」と言った瞬間に酒蔵がなくなってしまうという決断を迫られて初めて、「残していきたい」と急に思えてきたんですね。
たぶん僕のDNAに、「おまえは酒蔵の息子だよ」という遺伝子のスタンプが押されちゃってる。だから、一族の危機の時にその遺伝子が発動するんでしょう。
僕自身もそうだったし。父は造り酒屋を継いでないんですけど、「蔵を残していくべき」という気持ちは僕と同じだったし。
 
何か会社の存続の危機があったときは、子どもや孫は必ず「存続する」という遺伝子が発動すると思ってます。だから細かいことは言わないけど、そういう気持ちを代々受け継いでいければ。
その時代に合わせてふさわしい蔵の姿があると思うけど、僕の願いは、蔵元として存続してほしいということだけですね。
 
祖父が亡くなった時に、父と一緒に金庫を開けました。そうしたら、その初代茂吉が書いた紙の巻物が出てきました。読んでみたら、どれだけの苦労をして酒蔵を立ち上げたかが書いてありました。「子孫よ、この想いを忘れるな」みたいなことが書いてあるんですよ。
 
この仕掛けはすごいなと思って。そんなもの見ちゃうと、下手なことできなくなりますからね。
だからたぶん僕が死ぬときも金庫にそれを入れておいて、孫かなんかが金庫を開けたら初代の書いたものが出てくる。そういう仕掛けもプラスしていこうかなと思ってるんですよ。
 
 

店づくりとともに、「湘南」のイメージを作り上げる



 
いろいろな形態の店を出していますが、例えば藤沢にある「MOKICHI CRAFT BEER」は、香川の酒蔵とは作った目的が全然違っています。
 
この店は10年前にできたんですけど、今のクラフトビールブームが来る前です。
クラフトビールブームは僕らが始めた20年前頃から水面下でありまして、その頃は「地ビール」って言っていました。
当時、地ビールを飲む機会と言えば、お中元・お歳暮の百貨店ギフトに入っているものを飲むくらいしかなかったんですよ。湘南地域では、うちが直営でやっているお店は飲めますけど、他では飲めるところがなかった。
 
たまたま僕の先輩が、10年前にご自分で出店したお店で、うちで出している湘南ビールを扱おうとした時に、「できれば『湘南ビール』って名前をラベルから消してくれないか?」って言われたんですね。理由を聞くと、「おみやげ商品っぽくて恥ずかしいんだよ」って言う。
僕としては自信を持って出していたビールなのに、藤沢の駅前で扱うと「百貨店のギフト」ってイメージ、単なる贈答品みたいな感じに受け止められてしまう。
 
湘南で出している湘南ビールであれば、湘南で一番の繁華街に直売でちゃんと味を伝えられる場所がないと、ただの「おみやげ商品」になってしまう。そういう危機感から藤沢駅南口にきちんとしたお店、「MOKICHI CRAFT BEER」を出しました。ですので、あの店は酒蔵とは違って「ビールを飲んでもらう場所」ですね。
幸いなことに、この10年で一気にクラフトビールが広まって、「飲んで楽しむ」形になりました。文化が根付きましたね。
 
よく商業施設から、「レストランを出店してほしい」って言われることが多いんですけど、考えてみるとそういう商業施設って100年後に残っているところはほとんどないだろうと思うんですよ。商業施設は数年おきに1/3くらいのテナントを入れ替えますから、10年持つお店って数%しかありません。ですので、そういう所ではなく、形が残るようなお店を作りたい。
「MOKICHI CRAFT BEER」は、そんなコンセプトの成功例の1つです。
 
 

目の前で起こることに夢中で対応すると、いつの間にか商品が生まれている



 
コロナの影響は大きかったです。もともと日本酒は特約店制度があって、日本酒専門店さんだけに納めてたんですね。日本酒専門店のラインナップはマニアックな商品ばかりで、飲食店をターゲットにしている。そしてうちのビールは観光立地に強かった。結局観光立地と飲食に特化していたので、売り上げは急降下でした。
オンラインもありますけど、極端には増えませんからね。
 
しかしコロナのおかげでできたものもありまして、それは蒸留酒ですね。
醸造酒は米や麦やブドウなどの原料を煮込んで、そこにイースト菌を入れるとお酒になる。ビール、日本酒、ワインなどです。
これに対して蒸留酒は、醸造酒を下から熱で煮沸して、それを冷やして取ったものです。
ビールを蒸留するとウイスキーになり、日本酒を蒸留すると焼酎になります。
 
うちの場合、お酒やビールもコロナで行き先がなくなったので、そのまま廃棄するのか? って考えた時に、たまたま昨年購入した蒸留器があったものですから、在庫になったビールをウイスキーに変えました。
日本酒は取っておけますので捨てるわけにはいかないんですが、酒粕がコロナで行き先がなくなっちゃって、その酒粕を再発酵して蒸留して焼酎にしました。
 
昨年、社内に農業部門を作りました。元は造り酒屋なので、農業高校出身の人が入社してくることも多いんです。料理人に3人農業高校出身がいますし、酒造りやパンの部門にもいます。
今年はコロナの影響で手が空いていたので、ベリー系フルーツを植えてみました。これから焼酎をその収穫したフルーツで漬け込んで再蒸留したものがジンとして商品になります。
結局、コロナがあったことでウイスキーとジンの製造に着手したことになります。これが何年か後にうちの主力商品になるかもしれないですよね。もしコロナがなかったら、ここまで本格的に蒸留はやってなかったと思います。
 
昨年はたまたま蒸留器も買っていたし、農業部門も動いていたから、時代に背中を押されるような感じで前もって準備していたことが本格的にスタートしました。結果として、マイナスをプラスに転換できたことになるのかもしれません。目の前のマイナスがとてつもなく大きいことに見えても、それが何かのプラスに繋がっているかもしれないから、落ち着いて考えると打開策って意外とあるものです。
 
うちの商品って本当にひょんなことからできるものが多くて、例えば「大磯こたつみかんエール」というビールですけど、うちでやっている「暮らしの教室」のプロジェクトメンバーが1人大磯にいまして、その人が「大磯で自生した無農薬のみかんがあって、それを遺したい」って話をしてるんですね。
そのみかんを「こたつみかん」と名付けたんですけど、「全然お金にならないし注目も集まらないから、これでビールでも作ってくれませんか?」って言われて、誕生しました。
 
「こたつみかんエール」が売れ始めると、「小田原の片浦という地域のレモンが殆ど耕作放棄地になっちゃってるから、これを何とかしたい」って話が来るんです。そこから生まれたのが「片浦レモンエール」です。1つ成功すると芋づる式にそんな話が来たりします。
 
あとは、「レモングラスホッパー」という商品がもうすぐ出るんですけど、これはうちに来ているお客さんが家でレモングラスを栽培していて、うちのお店が気に入って、「うちのレモングラスでビールを作ってほしい」って持ってきてくれたのが始まりでした。
こんな風に、身近な仲間内や知り合いから、楽しみながらビジネスになっていくパターンも多いです。
 
そういうことも合わせて考えると、商品開発にパターンはあまり存在しないかもしれません。
誰かと話していて「それいいね!」ってなることもある。その都度出てきたもの、起こったことに対応したり、考えてたりしていくと商品が出来上がることが多いです。
 

 

受け継いだ蔵元を、どのような形で運営するのか?
時代とともに変わる商品へのニーズを、どこでどう読んでいくかが、食品業界にも問われている。
自身の内に確固たる軸さえあれば、難局と言われる事態を逆手にとって味方につけることができるのではないか。
「運」という一言では言い切れない、時流に対する強さは、日々の事業へ望む姿勢が作り上げているのだろう。

 
 
 
 
(文:河瀬佳代子、写真:山中菜摘、河瀬佳代子)

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)

東京都豊島区出身。
日本女子大学文学部卒。公務員を経て、現在は団体職員、ライター。2020年9月よりREADING LIFE編集部公認ライター。神奈川の農産物の豊富さ・質の高さ・生産者さんの信念を描いた、天狼院書店湘南ローカル企画「魂の生産者に訊く!」連載中。 https://tenro-in.com/manufacturer_soul

□カメラマン
山中菜摘(やまなか なつみ)

神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。

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2020-10-12 | Posted in 魂の生産者に訊く!

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