祭り(READING LIFE)

離れているから、祭りができた《週刊READING LIFE「祭り」》

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2021/04/26/公開
記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
 
 
あーあ。
どうして引き受けてしまったんだろうか。
ZOOMを切ってから私はため息をついた。
 
突然の依頼だった。
「クイズ番組を作りたいんだけど、協力してくれませんか」
ただのクイズ番組ではない。
あるアーティストのファンによるクイズ番組を作りたい、というのだ。
 
困った。この話、実現するのだろうか。
依頼してきたのは、とある女性だった。
「2020年はライブを見ることができたけれど、今年はコロナだから、できないし、ファン同士で盛り上がりたいんです」
彼女は言った。
 
複雑な気持ちだったが、断る、という選択肢はなかった。
断りたかったけれど、小さな自負が邪魔をした。
 
そのバンドには思い入れがあった。
BARBEE BOYSというバンドをご存知だろうか。
80年代後半から90年代前半に活躍した日本のバンドだ。
椿鬼奴さんとレイザーラモンRGさんが物真似をしていることで
知っている人もいるだろう。
 
そのバンドのDJイベントを、10年以上やってきたのだった。
人が来る時も来ない時も、年に2回ほど、仲間とずっとやってきた。
バンドの活動がある時も、ない時も。
 
そして、昨年の1月、久しぶりに復活ライブがあったのだ。
復活となれば、アラフィフや40代前半くらいまでのファンが狂喜した。
一時期忘れていたであろう人たちも注目し、
1万人ほどが代々木体育館に集まった。
 
もちろん、私も嬉しかった。ライブのあとのオフ会の幹事をしていた。
興奮さめやらぬ40人ほどで楽しく飲んで、歌って盛り上がった。
新型コロナが広がる直前、あんなに飲んで騒げたのは最後だったという人も
いただろう。
依頼してきた女性は、そのときの参加者だった。
仮にNさんとしておこう。
 
そのNさんから連絡がきて、自主的にクイズ番組を作りたいから手伝ってくれ
と言われたのだ。
 
一緒に誘われた方は、バンドのトリビアを発信しつづけているSさんだった。
 
「Sさんがクイズを出してくれたら、面白そう」
彼女は言った。
 
もちろん、そうだ。私もその1年ほど前に、Sさん出題のクイズ大会を
イベントの中でやってもらったことがあった。
 
司会も上手だし、出題も難しすぎず、優しすぎず、絶妙だった。
これは、楽しそう、と思いつつ、なんだかパクられた気もした。
 
いやいや、そんなことはない。そもそもSさんが考えていることだ。
私は発案しただけで、何もしていないじゃないか。
そう自分に言い聞かせた。
 
「カノーさん(私の通称) には、出演者の声がけと編集をお願いしたい」
と彼女は言った。
 
うーん。なんだ、私が依頼するのか。
たしかに、この十数年でファンのつながりはある方だと思う。
が、しかし、自分が考えたのでもない企画で人に出演をお願いできるだろうか。
っていうか、それって主催者のやることじゃなかろうか。
という思いもあった。
私はDJイベントを始める時、お誘いを一人一人に直接メッセージした。
つながりは、昨日今日できたものではない。
長い時間をかけて、お互いの関係を気づいてきたのだ。
それを簡単に、「声かけて」 と言われてもなあ。
正直、そう思った。
 
そして、もうひとつ。動画の編集だ。
私は動画の編集も仕事でやっている。
お金をいただいて普段やっていることを、
無料でやることには複雑な気持ちがあった。
 
2つのもやもやを抱えながら、その日はアクションを起こさずにおいた。
もしかしたら、思いつきだけで、おわるかもしれないし。
 
ところが、予想は外れた。
Nさんは、せっかちな人だった。
「出演者、この人はどうでしょうか」
日々、連絡がきた。
私は、依頼をかけないわけにいかなかった。
 
恐る恐る、よくSNSで絡んでくれる人にメッセージしてみた。
「BARBEE BOYSのクイズをやるんだけど、出演してもらえませんか」
複雑な気持ちだった。
まだ、自分の中でイメージができていない企画を人に依頼する、という
若干のうしろめたさもあった。
 
ファンのみんなはそれぞれ考えがあるし、どうなんだろうな。
 
「なにそれ、面白そう。参加しますよ」
思わぬ速さで答えが返ってきた。
 
「え」
驚いた。と同時に少し嬉しかった。
続いて、もう一人。
「いいですよ。面白そう」
また一人。
「面白そうですね。やりますよ」
あっという間に出演者が決まった。
 
それと同時に少しずつ、ある気持ちが芽生えてきた。
「みんなを誘ったんだから、やらないわけにはいかないだろう」
 
そして、メッセージのグループができ、オンラインで打ち合わせが続いた。
「これさあ、台本がないとダメでしょう」
ある日そんな話がでた。
 
クイズはZOOMで出題されて、回答者が答える。
それだけではなくて、ベットする人がいて、
どの回答者が当てるか、をベットする仕組みだ。
 
往年のクイズ番組を再現するのだ。
 
まず、クイズを2問作ってもらい、カメラテストを行った。
ZOOMは2ヶ所から録画した。
全員が映った絵と、喋る人がアップにする絵だ。
 
この2種類を録画しつつ、進行を確認する。
答えは一人ずつだすのか、一斉にだすのか、正解をだすときどうするのか。
などなど。
 
テストは思いの外、うまく進み、本番への不安はなくなった。
 
これはいけるんじゃないか。
 
ここでさらにテンションがあがる出来事が起きた。
なんと、クイズ番組のオープニング映像ができたのだ。
制作してくれたのは、プロの方。
ビルの周りを鳩が飛ぶ、クイズ番組のオープニング映像にちなんで
簡易CGで、ビルの周りを蜂が飛ぶ映像が作られた。
歌も、クイズ番組の歌に近いようなものが制作された。
 
昭和の大人ならば、みんな「あー。あれだ」
とわかるようなものだ。
 
「すごい、すごい。楽しみだね」
出演者のみんなは、喜んだ。
 
2週間後、本番を迎えた。
ZOOMの前に五人の回答者と3組のベッター、そして出題者が
登場した。
 
待てよ。これ、全国から参加してないか。
福岡、名古屋、新潟、滋賀、東京、埼玉
全国からファンが集まったのだ。
 
なんだか嬉しい気持ちになった。
 
普通に飲んでも楽しいかもしれないが、そこに、好きなバンドに関するクイズが
出題される。
ワクワクした。
 
全部で8問。
4時間かけて録画した。
 
正解すれば喜び、間違えれば悔しがり。
回答者もベッターも大盛り上がりだった。
 
あっという間の4時間。
 
集まってよかった。という心地よい疲れがあった。
リモートってすごい。そして楽しい。
 
爽快な読後感の中、みんなは手を振って別れた。
喜んでいたことだろう。
 
私を除いたみんなは。
 
次の日から私の地獄が始まった。
「いつ編集できますか」
Nさんからのプレッシャーはすごかった。
しかし、私もすぐには編集に取り掛かれなかった。
収録の1週間後が資格試験だったのだ。
資格試験の勉強をさせてほしい。それから編集する。
そう伝えたのが、12月の5日だった、
 
クイズ動画の公開は1月13日になった。
昨年、バンドのライブがあった日に公開しよう。
みんなの総意だった。
 
あと1ヶ月ある。
ひとまず、試験勉強がおわって、さあ、編集に取り組もう、と思った時
事件が起こった。
 
本業の仕事で大きめのものが入ってきた。
締め切りが1月22日。
なんだよ。
という感じだった。
 
なかなか仕事が落ち着かない中、Nさんからの催促は続いた。
「どうですか。できそうですか」
心の中で思った。
「無料やんか」
好きなバンドの好きな動画とはいえ、
葛藤は絶えなかった。
 
ある日、ついに言ってしまったこともあった。
「私はあなたのように、会社に行けば給料がもらえるわけではないんです。
仕事をしないとギャラがもらえないんです」
言ってはいけないことかもしれないけれど、言わずにはいられなかった。
 
プレッシャーはさらにきつくなった。
予告動画ができて、それが拡散されたのだった。
1月13日に、クイズの動画を公開します。という予告動画はよくできていた。
ご自身のバンドの告知動画を作っている方が、作ってくれたのだ。
Twitterを見るのが嫌になった。
「楽しみ」
「かっこいい」
などというコメントがあふれていた。
 
どうするんだよ、これ。
 
2つのプレッシャーがあった。
いままでファンイベントを続けてきた、
という小さな自負からくるプレッシャー。
もうひとつは、仮にも動画編集も一応プロである、というプレッシャー。
 
いや、3つだ。
仕事が重大な局面を迎えていることだ。
 
本当なら、もう無理です。
と言いたかった。
 
しかも、1月の後半にはプレゼンだけでなく、資格試験の面談試験があった。
絶対に受かりたいものだった。
 
そんなプレッシャーの中、クイズ番組の編集を始めたのは
12月28日の夜だった。
 
編集ソフトに素材を入れて、また軽いショックを受けた。
素材は4時間あるのだ。
編集はそれを、30分にまとめるのだ。
 
バシバシ切っていくしかないな。そう思った。
 
もうひとつ、問題があった。
全員が映った画面と、しゃべっている人が映るスピーカービュー。
両方を同期させなければならない。
 
バラエティ番組のカットがわりのように
司会が出題したら、パッと切り替わって全員になる。
みたいなことだ。
 
タイミングを合わせるだけでも数時間かかった。
 
さて、次は不要なところをカットしていく作業だ。
これを始めてから、衝撃の事実に気づいた。
スピーカービューの遅れ。
そうだ。スピーカービューはしゃべり始めて
1秒くらいしてから、話している人に変わるのだ。
つまり、しゃべりはじめは、他の人が映っている。
 
ここを自然にすることが、何より大変だった。
 
間延びしたところを切り、かんだところを切り、NGを切り
やっと50分ほどになったのは、1月も3日になっていた。
 
正月返上で、編集をしていたのだ。
妻も不審がった。
「正月まで仕事してるの」
 
そうだ、というしかなかった。
今年のお正月は、外出が憚られたからこそ、なんとかできた編集だった。
 
カットが終わり、ほっとした。
 
「あとは文字を入れたら完成だよ」
Nさんにメッセージした。
 
ところが、だ。
 
ここからが、さらに地獄だった。
 
出演者の名前を入れる。
自己紹介も文字でフォローする。
とはいえ、全員一般人だ。
面白くするために、文字を入れていく。
プロフィールのオチに向けて文字を動かしたり
補足で写真を入れたり。
正解の時は、正解の文字をどどーんと出したり。
不正解の時にも、文字をしょぼい動きにしてがっかり感をだしたり。
 
作りながら思う。
バラエティ番組の編集ってこんなことをやってるのだろうか。
 
仕事でもないのに、なんでここまで。
と思う気持ちもあった。
 
その間にも、リクエストが入る。
 
問題を読む音声を、別に録音した女性の声にしたい。
シンキングタイムには、音楽を入れたい。
正解の音は、こんな感じ。
 
それだけではない。クイズ番組だから、正解のフリップを大きく映したい。
正解に写真がある場合は使いたい。
途中経過の図も必要だ。
 
毎朝8時に起き、夜は3時まで編集した。
仕事はいつまでもできない。資格試験の練習会もボロボロだった。
 
でも、編集を続けられたのには、理由があった。
 
編集しているうちに
みんなのことが愛おしくなったのだ。
 
こんなに楽しそうに笑ったり、悔しがったり
一生懸命考えたりしている。
 
なんだか、素敵だな。
 
この人たちのために
できることは全部やろう。
 
だんだんにそんな気持ちが強くなっていった。
 
いつの間にか編集をする時間は
朝8時に起き、5時まで、になっていった。
 
一応形になった時には、1月も8日。
この夜、出演者全員で、試写会をした。
 
どうなるか、とドキドキしたが、みんな笑ってくれた。
30分の動画で、最初の5分で笑ってくれた。
 
笑ってほしい、そう思ったところは全部笑ってくれた。
 
ああ、やってよかった。
 
「面白かったです」
試写会のあと、みんなからメッセージをもらった。
 
疲れが吹っ飛んだ。
ずっと感じていたモヤモヤも吹っ飛んだ。
 
1月13日にリンクをあまり貼らずに、公開した動画は
その日のうちに2000再生近くまでいった。
 
全国に離れていても、ライブから1年経っても
いや、離れていたからこそ、祭りができた。
 
バンドのみなさんも見てくれたようだ。
感想を述べないまでも、拡散をしてくれた。
 
ややこしい気持ちを、吹き飛ばしてくれる祭りは
オンラインでもできるんだ。
 
「また会いましょう」
というメッセージを感じてもらえただろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。クリエイティブディレクター。再就職支援会社の担当に冷たくされたのをきっかけにキャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。500人ほどの相談を受ける。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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