本は3ページで止まるのに、頼まれた仕事は3日前に終わる私の話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:雨宮さよ(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)
朝から、ちょっと面倒くさいことを考えてしまった。人は、誰かに求められることで動けるのかもしれない、という話だ。
自分のことを振り返ると、思い当たる場面は大なり小なり、いくつでもある。ひとりでやると決めたことは、だいたい途中で止まる。
読もうと思っていた本は三ページでしおりが定住し、枕元に積み上がっていく。運動は「今日はストレッチだけでいいか」と言いながら、そのまま床と一体化する。
ところが、誰かが関わると話は変わる。「来週までにこれお願いね」と言われた途端、急にちゃんとやる。この差はなんなのだろう。今朝、家を出るとき、ふと気になった。
別に脅されているわけでもないし、怒られるわけでもない。それでもやるのは、「あの人に頼まれたから」が効いているからだと思う。期待されている、任されている、そういう空気を感じると、それを裏切りたくない。
眠くてもやるし、ちょっとくらい面倒でもやる。ひとりだったらやらないのに、誰かがいるだけでやる。人は、求められると、割とちゃんと行動する。
実際、私は自分で決めたことは後回しにするのに、人から頼まれたことは、なんなら締切の三日前には終わっている。優等生なのか逃げ癖なのか、自分でもちょっと判断が難しい。
もやもやとした頭で駅に向かいながら思ったのは、なんだか、けっこう他人に支えられている、ということだ。
大人になって、自分の意思で立っているつもりでも、実際には、誰かの言葉や視線のおかげで踏ん張れているのかもしれない。完全に自分ひとりで完結している人なんて、たぶんそんなに多くない。と、自分がそうだから思いたい。
ここまで考えて、少しだけ納得しかけたところで、別の感覚が顔を出す。駅まではあと少し。早めに思考の着地点を見つけなければ。
その感覚とは、私はずっと求められていたいわけではない、自由でもいたい、という感覚だ。
好きなときに動いて、好きなときに休んで、誰にも縛られずに生きたいという気持ちも、同じくらいある。むしろ、そっちのほうが本音に近いかもしれない。ただ、ここで一度、現実に引き戻される。
昔、いわゆる「自由に生きている」人たちと関わる機会があった。アーティストと呼ばれる人たちだ。時間に縛られず、組織にも属さず、自分の感覚で仕事をしている人たち。話を聞いていると、たしかに楽しそうだし、かっこいいなとも思った。
でも、少し一緒にいると、別のものも見えてくる。締切はだいたい伸びるし、連絡は急に途絶えるし、「いまそれやる気じゃないんだよね」で全部が止まる。昨日はあんなに盛り上がっていた話が、翌日には存在ごと消えていることもある。悪気はないのがまたやっかいで、ただただ「いまの気分」が最優先される。
最初は面白がっていたけれど、だんだん疲れてくる。自由って、こういうことか、としみじみ思った。
あのとき一番印象に残っているのは、「自由って、こんなに自己管理がいるんだ」ということだった。時間に縛られないということは、逆に言えば、誰も止めてくれないということでもある。
朝起きる時間も、仕事を始めるタイミングも、全部自分で決める。そのぶん、調子がいい日はどこまでも進むけれど、崩れるときは一気に崩れる。
一度、打ち合わせの約束をしていた相手が、その日の朝になって「昨日徹夜で制作してて、いま起きた」と連絡してきたことがあった。時間をずらして会ったものの、話は半分夢の中みたいなテンションで進んでいく。
「これも自由のうちなのかな」と思いながら、私は内心で、明日もこの感じだったら、これから一緒に何かをやっていくには、ちょっときついなと冷静に観察していた。
私は、毎回それに付き合う体力も精神力もない。自由って、思っていたよりもだいぶハードなものだった。
だからやっぱり、安定も欲しいのだ。収入も生活も、ある程度は安心していたいし、将来のことも、できればぼんやりでも見えていたほうがいい。できれば不安は少ないほうがいいし、突然何かが崩れるような状態は避けたい。
こうして並べると、だいぶ注文が多い。つまり私は、求められたいし、自由でもいたいし、安定も欲しい。書いていて、ちょっと笑ってしまった。いい感じに、わがままだ。
求められるということは、それなりに責任がついてくるし、自由はそのぶん減る。安定を取ろうとすれば、なおさらだ。そんなことはわかっているのに、全部欲しいと思っている。都合がいいにもほどがある。
駅が見えてきて、周りにも通勤通学の人が増えてきた。ここまで来ると、問いの扱いもだんだん雑になってくる。つまり、じゃあどうしたいの、と聞かれても、「全部」としか言えない気がする。子どもか、と思うけど、わりと本気でそう思うのだ。
ただ、この感じ、完全に間違っているとも思えない。
現実のなかで、人はだいたい、何かを引き受けながら、どこかで抜きどころを探している。全部を完璧にやろうとすれば疲れるし、かといって何も引き受けなければ、どこにも関われなくなる。
そのあいだを行ったり来たりしながら、なんとかバランスを取っている。これが現代社会で生き抜くために必要なスキルなのよ、とか、うそぶきながら。
だとしたら、この都合のよさも、そこまで珍しいものではないのかもしれない。むしろ、普通なのかもしれない。だって、私の両親も祖父母も、そのまた先のご先祖様たちも、きっと似たようなことを思いながら生きていたはずだ。いま一緒に駅に向かっている見知らぬ人たちも、たぶん同じような矛盾を抱えている。
そう思うと、少しだけ気が楽になる。
それでもやっぱり、都合がいいことには変わりない。求められれば頑張れるし、求められすぎると逃げたくなる。自由でいたいと言いながら、不安になると誰かの枠に入りたくなる。忙しいなと思う。
そんなことを考えながら、今日もやるべきことをひとつずつ片づけるだろう。自分で決めたことはあと回しにして、人から頼まれたことはきっちり終わらせて、終わったあとに「今日はよくやった」と思っている。
そしてたぶん、明日もまた同じことを繰り返す。本は三ページで止まり、ストレッチは床と一体化し、「来週までにお願いね」と言われた仕事だけは、きっちり三日前に終わる。
それで一日が成立しているなら、まあ、とりあえずはうまくやっている、ということにしておこう。少なくとも、いまの私は、それでちゃんと回っている。
世の中も、たぶん似たようなものだと思っている。そんなことを考えているうちに、気づいたら改札を通り過ぎていた。
≪終わり≫
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