学校祭のカラオケ大会で出会った、新しい自分
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:國分厚彦 (ライティング・ゼミ、2026年5月開講・渋谷、4ヶ月コース)
この際だから言ってしまうが、俺は狂気的にカラオケが好きだ。
学生時代は多い時で週8回カラオケに通っていたし、コロナ禍前はよくカラオケ大会にエントリーしていた。今でも友人とのカラオケ会や近所のスナック通いは続いている。
ここまで俺が取り憑かれたようにカラオケに行くのは、間違いなく学生時代の経験のせいだ。
当時、俺は北海道のある中高一貫男子校に通っていた。
中学1年生の学校祭で、クラスの展示が終わった後、俺は閉会式に出席するために体育館へ向かった。
そこではまだ学校祭の企画が終わっておらず、「カラオケ大会 本戦」が行われていた。
「カラオケなんて興味ないけど、時間潰しに見てみるか」
なんて軽い気持ちで体育館の中に入ったが、入った瞬間、俺は会場に渦巻く熱気に魅了された。
見慣れた体育館に作られた特設ステージで、出場者たちは本気の歌を披露していた。
観客は熱狂し、勝負が決まるたびに地鳴りのような歓声が起きた。
勝者のガッツポーズも、敗者の悔しそうな顔も、眩しかった。
その熱気を引きずったまま、閉会式が始まった。
校長の話も、表彰の拍手も、ほとんど耳に入らなかった。頭の中ではずっと、歌声と歓声だけが鳴っていた。
家に着いた後、しわくちゃになった学校祭のパンフレットを読み返した。
「カラオケ大会」は、1日目に予選、2日目に本戦があるようだ。予選を抜けられるのはほんの一握りで、そこを勝ち上がった者だけがあの体育館の熱狂の中で歌える。
「俺もいつかはあのステージの上に立ちたい!」
と強く思った。
それから毎年学校祭が開催されるたび、俺はカラオケ大会を観に行き、年々ステージへの憧れを深めていった。
しかし、いざカラオケ大会に出場しようとすると、どうしても尻込みしてしまった。
歌は好きでも下手で、小学校の頃には「お前より歌下手なやついないんじゃない?」と笑われたこともある。学年内でも目立たない陰キャラで、出れば嘲笑される気しかしなかった。
そうして「出たい、でも怖い」と思い続けるうちに年月が過ぎ、いつしか高校3年生になっていた。この年の学校祭がカラオケ大会に出場する最後のチャンスだった。
どうしても一人で出る勇気がなかった俺は、意を決し友人Mに声をかけた。
バスケ部を退部して以降、退屈そうに学校生活を送っていた彼なら乗ってくれるかもしれない。
まだ雪の残る3月、帰りのスクールバスで隣の席に座っているMに、俺は声をかけた。
「あの、Mさ」
「ん? どうした?」
「俺とカラオケ大会でない?」
Mは一瞬目を丸くしたが、すぐ楽しそうな顔になり「いいね、やろう。面白そうだ」と乗ってきた。
その日から、時間を見つけては俺とMでカラオケボックスに入り浸り、練習に明け暮れた。練習を重ねるうちに、俺の歌も少しずつマシになり、「どうせなら勝ちたい」と思うようになった。
途中で同じくカラオケ大会出場を考えていたOも加わった。Oは普段から人当たりが良く、低音の響く声をしていた。
選曲には苦労したが、カラオケボックスで誰かが入れたORANGE RANGEの『花』を自然と3人で歌った瞬間、「これだ」と決まった。
受験勉強の合間を縫って3人で練習を重ね、それにつれて曲も段々と俺たちのものになっていった。1週間前には、「予選の組み合わせ次第だが、実力を発揮できれば本戦のいいところまで行ける」とメンバー全員が確信できていた。
しかし、ここで俺は最大の失敗をしてしまった。
本番3日前、俺は自主練のしすぎで風邪をひいてしまった。
出場はできそうだったが、少し歌うだけで咳き込む。
前日の歌合わせでソロパートを歌えなかった俺に、MとOは「なんでこのタイミングで風邪引くんだよ」と半ば呆れ、半ば心配した目を向けた。
喉に不安を抱えたまま、学校祭が開幕した。
予選の始まる11時まで、のど飴で喉の状態を整えたが、万全には程遠かった。
不安と緊張を胸に、憧れていたカラオケ大会のステージに上がった。
予選ということもあり、客席はまばらで、思ったより暗く見えた。
俺たちの出番になり、会場にORANGE RANGE『花』のカラオケ音源が流れ始めた。
イントロのクリック音が鳴り、俺は最初のソロパートを歌い出した。
咳き込みそうになる喉に鞭打ち、なんとか最初のパートを歌い切った。まばらながら、歌い終わったところで拍手が聞こえた。
MとOのラップパートも練習通りにできており、サビでは3人の声が重なった。OとMのハモリがちょうど良い声量で隣から聞こえてきて、心強かった。
俺もなんとか咳き込まずに歌い切り、大きなミスなく『花』を終えた。
結果は予選突破。気がつけば3人肩を組んで、一緒にガッツポーズをしていた。
憧れだった「カラオケ大会 本戦」のステージに立てることを、3人で喜んだ。
しかし、翌日の本戦を迎える頃には、俺の喉は限界だった。
本戦の自分のソロパートはOに代わってもらうしかなかった。
本戦のステージは予選とは別物だった。体育館の奥まで人の頭で埋まっていた。照明のせいで客席の顔はよく見えないのに、何百人分もの視線だけははっきり分かった。歓声や手拍子が体の芯に伝わってくる。
ここに立つために、6年間ずっとこの大会を見続けてきた。
なのに、自分のパートを自分で歌えない。
Oの声がマイクに乗るたび、ありがたいと思うのと同じくらい、胸の奥が苦しくなった。
Oの歌唱自体はとてもよかったが、相手が優勝候補だったこともあり、俺たちは1回戦で負けた。
悔しかった。喉を潰したことも、自分のパートを任せるしかなかったことも、全部が悔しかった。けれど、ステージを降りた後も体の奥には熱が残っていた。俺は確かに、6年間憧れ続けた場所に立つことができたのだ。
帰り道、友人たちが「お前、めっちゃカッコよかったぞ」「すごい良かった。正直びっくりした」と声をかけてくれた。
「ありがとう!」と俺は力強く返答した。
その時、俺はびっくりした。
普段なら、目線を合わせず「あぁありがと……」と力無く答えるはずだった。
俺は、新しい自分になったことに気づいた。
ウジウジしている陰キャラの自分ではなく、どんな困難にもめげず、憧れのカラオケ大会のステージに立ち、本戦まで堂々と戦い抜いた自分に。
あの学校祭から15年経った。俺は社会人になり、さまざまな経験をして、さらに別の自分に出会った。しかし、今でも時々引っ込み思案で陰気だった頃の俺が顔を出すことがある。
そんな時、俺はカラオケに行くのだ。憧れのカラオケ大会のステージに立ったあの日の自分に再会するために。
カラオケ大会のステージに立つために勇気を出してMを誘い、勝ち抜くため必死に努力し、直前の風邪にもめげずに堂々とあのステージに立った俺は、こんな卑屈で陰気じゃなかっただろう、と再確認するために。
なかなか自分のやりたいことに挑戦する勇気や機会がなくなってきたと思う方はいるかもしれない。
しかし、そんな方にも、勇気を出して新しい挑戦をしてほしいと思う。
才能がなくても、怖くても、困難があっても、やってみないと会えない自分がいる。勇気を出して一歩踏み出した先に、新しい自分という大きな『花』が咲くのだ。
《終わり》
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