「それ変顔なん?」と言われた日のこと——合わない会社で”合わそうとした”私の話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:新沢雄治(2026年5月開講・通信・4ヶ月コース)
もっと、タヌキのように働けばよかった。と、今なら思う。
タヌキといっても化け狸。
森見登美彦さん原作のアニメ『有頂天家族』に出てくるようなタヌキだ。
タヌキで主人公の矢三郎は、人間に化け、京都で暮らしている。
10年前にアニメを見たときは、「人間の街で暮らすって大変そう……」としか思っていなかった。
でも、1社目を退職してから10年。フリーランスや転職を経験した今になって思う。あのタヌキたちを見習ったら良かったかもしれない、と。
今となっては苦い思い出なのだけれど、私は1社目を半年弱で退職した。
フリーランスが軌道に乗り始めていた。とか、要因は複数あった。
でも、結局のところは「合わなかった」に尽きると思う。
もう少し正確に言うと、合わそうとして失敗した。
今でも覚えているのは、入社してしばらく経った日のランチのことだ。
突然、変顔大会が開催されることになった。
参加者は4人。規模が小さな会社だったので、それでほぼ全社員だ。
言い出しっぺの社長は、楽しく働くことが好きな人だった。
私も楽しく働きたい人間で、その思いには共感していた。
ただ、変顔を求められることは、自分にとって全く面白いことではなかった。
それどころか、仮病を使って今すぐ帰宅したくなるような、本当に嫌なことだった。
「いちばん面白かったやつが優勝な」
と、自信げに話す社長の横で、私の体温はぐんぐんと上昇し、動悸がした。
同期の社員が先に変顔を披露している目の前で、私の頭のなかは「どうしよう……」で埋め尽くされていたと思う。
同期がどんな顔をしていたのか覚えていない。社長と、もう一人の参加者が自分より先に披露していたか、後に披露していたかも覚えていない。
ただただ順番が回ってきた時は、逃げ出したい思いでいっぱいだった。
でも、逃げるという選択肢もなかった。
結局、「これは、変顔なのか?」と、自分でもわからない表情を披露し、場を凍らせた。
全員がリアクションに困ったのだろう。
沈黙の後、「それ変顔なん?」「まだまだ殻やぶらなあかんな」とかなんとかコメントがあり、変顔大会は閉会した。
部屋はしっかりクーラーで冷えているはずなのに、私は一人汗でぐっしょりしていた。
当時の私はたぶん、「恥をかかされた」の気持ちでいっぱいだったと思う。
それから数ヶ月後、会社は辞めた。
誤解のないように補足すると、これが原因で辞めたわけではない。
一つの要因ではあったかもしれない、という程度だ。
この会社が思う「面白い、楽しい」と、私が思うそれは大きく乖離していた。それを日毎に感じるようになり、結果的に辞めた。
当時の判断としては、辞めてよかったと思うし、後悔も一切ない。
ただ、今、振り返ると、こうも思う。
有頂天家族に出てきたタヌキたちのように、働く選択肢もあったのかもしれない、と。
会社によって文化は違う。
言葉にすれば当たり前で、家族や結婚相手とでさえ価値観は違う。完全一致する相手なんて、世界中探しても自分一人しかいないと思う。
当時の私は、その当たり前に気づけていなかった。
だから、文化や価値観が相容れないとわかった瞬間、容易に退職を選んだ。
不思議なのは、この会社に勤める前にインドでインターンシップをしたときには、同じことが起きなかったということだ。
インドで働いていたときは、「価値観は違って当たり前」という前提で働いていたからだろうか。
価値観の違いでやりにくさを感じても、感情がネガティブに傾くことはなかった。むしろ、違いを面白いとさえ思っていた。
ところが日本の会社では、価値観の違いにぶち当たり、「自分と違う。面白くない」と結論づけ、退職した。
でも変顔大会が開かれたとき、「自分はやりません」と言葉にして断る選択肢もあった。
実際、社長も私に嫌なことをさせてしまったと思っていたのだと思う。変顔大会のことはその後一切話題に上げなかったし、ネタを披露しよう系の話も一切なかった。
もし当時、ちゃんと断れていたら、それはそれで一つの個性として受け入れられていたかもしれない。
ところが私は、あの場で、できないなりにやろうとした。
もしかしたら、社長たちには、「今はできないけど、成長したいと思っているのかも。もっとその機会を作った方がいいか?」と、勘違いもさせていたかもしれない。
新しい組織に入ると必ず文化の衝突がある。
化け狸が人間界に適応するために、タヌキ鍋を食べる必要はない。
でも、タヌキ鍋を食べないからといって、化け狸であることを疑われることはないだろう。まして、人間界から締め出されるなんてこともないと思う。
人間社会とタヌキ社会ほどの違いはないにせよ、価値観の土俵はそもそも違う、と思っておいたほうがいいのだと思う。
そのうえで、「自分はこうだから絶対に受け入れない」と頑なになるのでも、無理に合わせに行く必要もないと思う。
矢三郎のように自分と他者を観察しながら、やりたいと思ったらやる、やりたいと思わないならやらない。
そんな生き方や働き方でも、いいのかもしれない。
《終わり》
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