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毛糸をほどくとき、私は「本当はこれが神様なのでは」と思う《週刊READING LIFE Vol.360「本当は“神様”だったのかも」》


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:マーガレット佐々木(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

1.アナタは今、間違った場所をほどいていないか

母は、編み物には洋裁にはない良さがあると、よく言っていた。

「辻褄を合わせられること、それが編み物のいいところよ」

確かにそうかもしれない。洋裁は、一旦布を裁ってしまえば修正がきかないが、毛糸ならほどかなくても段や目数はごまかせる。ちょっと手で引っ張れば、背中側と腹側の段数が多少違っていようと問題ない。右脇と左脇が線対称に仕上がっていなくても、着てしまえばわからない。失敗しても何とかなる。そういう意味で編み物は、手間と時間はかかるが「易しい」手芸だと言えるだろう。

でも私は、子どもの頃からずっと、その言葉に違和感を覚えていた。

私は、間違えたらほどく人間だった。

目数が合わなくなってきた、模様がどこかずれている。そう気づいた瞬間、躊躇なく棒針を抜き、毛糸を引いた。どれだけ時間をかけた段でも関係ない。母には「もったいない」と言われた。「少しくらいのずれ、着てしまえばわからないのに」とも。でも私には、できなかった。完成した作品を袖に通すたびに、「ああ、ここが間違っている」と思わなければならない。誰にも気づかれなかったとしても、私は知っている。その事実が、どうにも受け入れられなかったのだ。

ただ、後に私は気づく。「ほどく」という行為は、正しい場所に向けなければ、大切なものを壊すことがある、と。

 

2.「何とかなる」母と、「何とかしてきた」私

私と母は、水と油だった。

母は自己評価のむやみに高い人で、五月生まれであること、血液型がO型であること、自分のあらゆる属性を臆せず自慢できる人だった。そんな母を見ながら、すごいなと思うと同時に、よく恥ずかしくないものだと思っていた。そんな私とは正反対に、母には友人が多く、誰とでもすぐに打ち解けた。一方、懐手をして「一緒に遊ぼ」の一言すら言えなかった私には、母の持つあっけらかんとした明るさが、まぶしくも理解できないものだった。

母が「何とかなる」と思うところで、私は「何とかしなければ」と思う。母が流すところで、私は立ち止まる。編み物の辻褄合わせを平然とやってのける母と、どうしてもほどかずにいられない私。その違いは、生き方そのものの違いだった。

若い頃、こんなことがあった。女友達と海外旅行をしたときのこと。私が航空券を手配し、彼女がホテルを担当する、費用は折半。そのつもりで航空券を引き受けた。ところが帰国後、彼女が実際に支払っていたホテル代が、私の立て替えた航空券代の二割にも満たないことがわかった。本人に抗議したが埒が明かず、私は民事訴訟を起こすことにした。訴訟費用はさらにかかる。周囲の誰もが「割に合わない」を理由にやめておけと言った。だが私は、弁護士を立てた。お金の問題ではない。筋の問題だった。自分が舐められたから許さない、という問題ではない。他人を騙す人間は罰せられるべきだ。弱い者をいじめる人間が得をしたままなんてあり得ない。そういう信念で私は動いた。あの時引いていたら、自分の中の何かにずっと引っかかり続けていただろうと思う。

編み物のずれを放置できないのと、同じこと。損か得か、ではない。誰かが見ているかどうか、でもない。ただ、自分が知っている。自分の中の何かが、それを許さない。その感覚だけが、いつも私の行動の基準になっていた。

 

3.私は間違った場所をほどいていた

26歳で、私は結婚した。お見合いだった。相手は母が選んだ人だ。

私にとって、「円満に家を出る」には、それしか方法はなかった。母の呪縛から離れたかった。それには家を出るのが一番だったが、箱入り娘だった私には、一人暮らしを強行突破するだけの甲斐性もマインドも持ち合わせていなかった。だから、母の勧める人と見合い結婚することを選んだ。

若い頃には、家に連れてくる程度のボーイフレンドが何人かいた。母はいつも彼らとすぐに仲良くなった。だから気に入っているのかと思いきや、彼が帰ると母は深いため息をつく。

「どんな素敵な人かと楽しみにしていたのに。大事な娘が、あの程度の男でいいなんてがっかり。何のために育ててきたのかしら」でも最後には必ずこう言うのだ。

「でもね、全然反対はしてないの。アナタの人生だもの。好きになさい」

母の思惑に乗せられた自覚はなかったが、結果的にそうなった。大人の目から見たら、いい所を見つけるのも大変な男性だったのか。自分にはまだまだ人を見る目がないのだ、と。そう思うと、自然と彼との仲も冷えていく。二十代も半ばになって、ようやくいつも同じパターンを繰り返していたことに気づいた。たとえ相手が誰だろうと、母の「理想」と違えばダメ出しを食う。私だって傷つきたくない。

 

ならば、相手を母に選んでもらえば反対はなかろう。「円満に家を出る」それが私の結婚の目的だった。

だが結婚20年目を過ぎた頃、私はずっと自分の気持ちに蓋をしてきたことに気づいてしまった。これ以上、自分の気持ちをごまかすのはやめよう。そうなれば、毛糸をほどく作業に入るしかなかった。私は夫に言った。

「私のことを愛していないんだから、別れるべきだと思う」「結婚してしまったからという理由で、責任を取ってもらおうなんて思ってない。貴方を自由にしてあげる」浮気も暴力も借金もない夫との離婚は難航したが、それでも私は、「愛されていない証拠」を集め続けた。自分が正しいと信じて。

離婚してしばらく経った頃、この離婚の動機の底に、もう一つ別の動機が隠れていたことに気づき、愕然とした。それは、母に「アナタは間違っていた」と証明すること。アナタのせいで、アナタが勧めた結婚をして、私は不幸になった。今振り返ると、自分が不幸でいることで、母に復讐していたように思う。なんと歪んだ動機だろう。

誰も見ていなくても間違いをほどき、割に合わなくても正しさを求めてきた。なのに、自分の人生の大きな選択の裏に、これほど歪んだ意地が隠れていたとは。私は、ほどくべきでない場所をほどいていた。

「ほどくこと」自体は正しくても、どこをほどくかを間違えると、大切な編地ごと、ほつれていく。

 

4.本当にほどくべきだったもの

その後、あるきっかけで心理ワークに取り組んだ。ワークの中で、母の立場に身を置く機会があった。そのとき初めて見えてきたものがあった。母が私に注いできたのは、憎しみでも支配欲でもなく、母なりの精一杯の愛情だった。「青天の霹靂」そんな言葉がしっくりくる体験だった。

「私が間違っていた。母は正しかった。私は愛されていた」

そう気づいた瞬間、半世紀近く抱えてきたものが、雲の子を散らすように飛んで行き、母への憎しみは感謝に変わった。私が本当にほどくべき毛糸のもつれは、ここに在ったのだと気づいた。

離婚したことを後悔している訳ではない。私の人生の中では、必要な選択だった。しかし、何の非もない息子たちにまで私の都合で迷惑をかけたことを思うと、何か別の選択ができなかったのかと今でも思い返すことがある。

母の愛情にようやく気づき、自分の思い込みを手放せた私は、長い婚活の末に、ようやく57歳で再婚した。

 

今、私は大人の婚活コーチをしている。結婚に迷っている人、過去の選択を後悔している人、どこで間違えたのかわからなくなっている人。そういう人たちの話を聞く仕事だ。

向き合っていると、ある共通点に気づく。多くの人が、どこかで「辻褄を合わせて」きているのだ。本当は違和感があったのに、流れに乗った。長いものに巻かれた。好きではなかったのに、条件が良かったから。本当は傷ついていたのに、自分のせいだと思い込み、気づかないふりをした。そういうことである。編み方のずれに気づいていながら見ないふりして編み続けてきた人たちが、ある日自分の作品を手にして「これが自分の作りたかったモノだったのか」と首を傾げる。だからこそ、私は問い続ける。アナタがほどくのは、本当にそこですか。ほどいてしまっていいですか。

でも同時に、こうも思う。こと結婚に於いては、辻褄を合わせながら編み続けられる人が、案外幸せそうにしているものだ。こういう「辻褄合わせ」が気にならない人の方が結婚に向いているのかもしれない、と。

結婚は、完成品を買うのではなく、二人で長い時間をかけて編んでいくものだ。ちょっと目数がずれても、多少模様が乱れても、編み続けていくうちに、それが味になることがある。間違えた、こんなはずはないと感じるたびにほどいていたら、きれいな編み込み模様は永遠に完成しない。

私の仕事は、どこで間違えたのかを一緒に見つけ、もう一度やり直す勇気を渡すことだ。そのまま編み進めたらきっと素敵な作品になりますよ、と背中を押すこともある。自分自身が、何度もほどき、一度は間違った場所をほどいて、大切なものを失った人間だから。

水と油は混じらない。でも、撹拌すれば乳化する。酢と油が、ドレッシングやマヨネーズになるように。

私と母も、そうだったのかもしれない。水と油のまま半世紀を過ごして何度も撹拌を繰り返し、いつの間にか乳化していた。

 

5.本当は神様だったのかも

私は、いわゆる神秘体験をしたことがない。運命的な出会いも、天啓のような閃きも、奇跡としか思えない偶然の一致や天の助けなど、記憶にある限り経験していない。スピリチュアルとは縁遠く、「天は自ら助くる者を助く」を文字通り実践して生きてきた。努力して、忍耐して、間違えたらほどいて、また編んで。それが私の人生なので、神様のような出会いや助けに巡り合えた人を羨ましがらないようにしている。

だから「本当は神様だったのかも」というテーマを渡されたとき、正直、困った。でも一つだけ、編み物のことを思い出したのだ。誰も見ていないのに、出来上がって着てしまえば誰にも分からないのに、なぜ私はほどくのだろう。誰にも強制されていない。辻褄を合わせてしまえば、気づかれない。なのにそれが、できなかった。居心地の悪さとでも言おうか。自分の中の何かが、それを許さなかった。

その「何か」の正体を、私はずっと「性格」だと思っていた。あるいは「こだわり」「気質」「信条」。でも今、少し違う言葉が浮かんでいる。

私はクリスチャンだ。聖書には、「神が人間を御自身のかたちに造った」と書かれている。といっても、神が人間に似た形状だという意味ではない。神学者たちはそれを「イマゴ・デイ」、神の「像」と呼ぶ。人間の内側に、神の何かが刻まれているという考え方だ。

私が「居心地が悪い」と感じるあの感覚は、もしかしたら、その刻印かもしれない。空から声が降ってきたわけではない。奇跡が起きたわけでもない。ただ、編み物の目数がずれたとき、私の中の何かが静かに言う。「仕方ない。ほどこう」 

その神様は、劇的な形では現れなかった。でも振り返れば、毛糸をほどくたびに、いつもそこにいた。私の中に、ずっと静かに。正しい場所をほどいている時も、間違った場所をほどいてしまった時も。

私が婚活に迷う人たちに「ほどいていい」「編みなおしましょう」と言えるのも、その声を知っているからだと思う。間違えることがいけないのではない。間違えたことに気づいているのに、そのままでいることが自分を傷つける。そして、どこをほどくべきか、ほどくべきか否かを、私たちは自分のどこかで分かっている。

その声に耳を澄ませ、感じてほしい。それが、人が誰でも本来持っている「本当は神様」なのではなかろうか。

母は今日も、辻褄を合わせながら元気に暮らしている。それはそれで、母の本来の生き方である。一方私は今日も、気になったらほどく。それが、私に刻まれたものだから。

神様かどうかはわからない。でも、その声に従って生きてきたこと、これからも生きていくことは、確かだ。

 

 

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