歩道橋から見た未来
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:麦本はるか(福岡7/11 ライティング・ゼミ1DAY)
私にとって歩道橋は、未来を見た場所だ。
誰しも一度は通ったことがあると思う。
車道をはさんで向かい合う2つの歩道。その歩道同士を道路上でつなぐ橋である。
無機質で、ものによっては錆びていて、用途は向かいの歩道に渡ることだけ。
それ以上でもそれ以下でもない、全国どこにでもあるただの橋である。
3年前、木々が桜色に染まる季節。
大学を卒業した私は晴れて社会人としての一歩を踏み出した。
生まれて初めての「社会人」
生まれて初めての「上司」
生まれて初めての「仕事」
ワクワクなんてものはこれっぽちもなかった。
実家を家出同然に飛び出し、頼れる人が誰一人としていない土地で働くことになった私にとって、生き抜くためには必死で働いていくしかない。
そんな思いを胸に社会人になった。
配属された部署にはA先輩がいた。
30代後半、冷徹でクールなベテラン社員。このA先輩が私にとって恐怖そのものであった。
「ねえ早くして」バン!
働き始めて2週間ほど。A先輩から、とある資料のコピーを渡してと言われた直後の出来事である。
強く机を叩かれ怒りをぶつけられた。
弁明しておくが、別に私が提出するのを忘れていたわけではない。そのとき初めて提出するように指示を受け「分かりました」と言った直後の話だ。
入社してまだ2週間。右も左も分からない新人社員に対してである。
資料を提出したら最初から100%完璧なものを求められ、それができないと怒られた。言い回し一つにつけ「これはどういうこと?」と厳しい目つきで睨んでくる(ように見える)。
ただし作成した資料のどこを直せばいいか具体的な指示はない。ただ「ここがダメ」とだけ無慈悲に告げられる。
よちよち歩きの新人が必死で仕事をこなし頑張っている。それでも具体的なフィードバックが何一つない。
部署の中で私は孤独だった。
辛かった。このしんどさから逃げたかった。
ただ周囲の上司も、A先輩が怖いのか手助けしてくれることは少なかった。
A先輩が退社してから、ようやくひと息つける。
A先輩が有給をとった日は気持ちが羽のように軽くなる。
昼休みにデスクにいるとき、なるべく音を立てないように過ごす。
怒られるきっかけをなるべく作らないよう、びくびくしながら毎日過ごしていた。
日曜の夜。
仕事が嫌で嫌でたまらなかった。
布団に入ってもA先輩に怒られる想像ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。明日急に休んでくれればいいのに…と願っていた。
中々寝付けず、家の近くの歩道橋の上に登り、眼下を走る車たちをぼうっと眺めた。
「あの車に乗っている人は家族の元へ帰る途中かな」
「あのタクシードライバーさんは今まさに仕事中だろうな」
「今信号で止まった車の人はもしかしたらこれから仕事なのかな」
「あのベテランドライバーみたいな人も自動車学校で学んだ新人時代があるんやろうな」
一瞬で何十台と流れていく車の波を見ながら運転している一人一人の人生を想像してみた。
たくさんの人。それぞれに生活があって仕事があって人生がある。
そうすると不思議なことに、頭の中を占めていたA先輩が少しずつ消えていった。
代わりに頭の中に浮かんできたのは別の部署にいる同期や優しい先輩、大学時代の仲間たちだった。
この社会は車の流れだ。
車道では普通車、軽自動車、大型バス、トラックにバイク…とにかく色んな車が走る。多種多様な車がいながらも、みんなで一つの大きな流れを作っている。
社会の中も同じだ。いじめてくる先輩もいれば、別部署の優しい先輩も、一緒に頑張っている同期も、別の場所で戦っている大学時代の仲間もいる。
ときには初心者マークをつけた車にあおり運転をしてくる車もあるだろう。A先輩のように新人社員を目の敵のように接する人もいるだろう。
でも、そんな車や人はこの社会においてはほんの一部でしかない。
今私を悩ませている人は、この広い世界の小さな小さな一人でしかないのだ。
私を苦しめる人だけで頭をいっぱいにするなんてもったいない!
もっと他の沢山の人のことを考えよう。その人達のために仕事を頑張ろう。
そして歩道橋の上で誓ったのだ。
もし将来私に後輩ができたら、そのときは思いっきり優しくしてやろうと。
今私が感じている苦しみは苦しみで返すのではなく、未来の後輩たちに優しさで返すのだ。私は将来絶対にそんな先輩になってやると。
それから3年がたった。
別の部署ではあるが私にも後輩ができた。あのときの自分と同じように真面目で一生懸命に働く後輩。食堂で会えば呼び止め、あめちゃんやお菓子をあげる。
「あなたの頑張りをちゃんと見てるよ。いつも頑張ってるね」
あのときの私自身がかけてほしかった優しい言葉をかけるように心がけている。
もう歩道橋の上から車を眺めることは無くなった。ただ歩道橋を渡るたびにふと自分に問う。
あの夜、歩道橋の上で誓った「未来の自分」に私はなれているだろうか。
《終わり》
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