メディアグランプリ

引きこもり桃太郎


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

※この記事はフィクションです。

記事:よもぎもちもち(ライティングゼミ 2026年5月コース)

むかしむかし、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。

お爺さんは山へ峠を攻めに、お婆さんは川へサップをしに行きました。

お婆さんがサップをしていると、上流からそれは大きな桃が流れてきました。

お婆さんは多少衛生面を気にしましたが、好奇心に負けてその桃を持ち帰りました。

家に帰って桃を割ると、なんと中から男の子が出てきたのです。

二人はその子に桃太郎と名づけ、それはそれは大切に育てました。

中学生になった桃太郎は、恋をしました。

ユリの花が似合う子でした。

ある日、勇気を出して気持ちをうちあけると、相手は困った顔で言いました。

「ごめん……桃から生まれたって設定、普通にちょっとキモい」

翌日から、クラスの空気が変わりました。

「桃の中って居心地よかった?」

「衛生的にやばくね?」

男子はからかい、女子も「やめなよー」と言いながら笑いました。

みんな、桃から生まれた話を本気で信じていたわけでも、悪意があったわけでもありません。

でも、桃太郎は自分で思ってしまったのでした。

『桃から生まれたって、ちょっとキモいかもしれない』

それから、桃太郎は学校へ行けなくなりました。

それから数年。桃太郎はゲームばかりの引きこもりになっていたのでした。

……この部屋は朝も夜も暗くて、パソコンの排気音がする。

ここはいつものオンラインゲーム。

俺はもうずっとここの住人だ。

「あと一人、誰か入れる?」

よく喋るやつが言った。

「誰でもいいんじゃね?」

よく笑うやつが言った。

ここ数日くらい、この二人とチームを組んでいる。

ほんとの名前も年齢も知らないけど。

でもこれくらいの距離がちょうどいい。

数秒後、通知音が鳴った。

飛び入り参加のプレイヤー。今日は彼を加えて四人で戦いに出かける。

IDはOnichan、アイコンは角の生えた赤鬼。

「うーい、オレ野良だけど、よろしく」

やたら明るい声、初めて出会うプレイヤーだった。

「よろしく~。陣形、ボックスね」

ゲームが始まると、そいつはめちゃめちゃうまかった。

「右に二人いるよー」

「あ、後ろから来られた。ごめんごめん」

しかもよく喋る。

俺が前に出るより先に、そいつが回り込む。

『こいつ、見えてる場所が俺と同じだ』

今日初めて会ったばかりなのに、何度も一緒にプレーしたように感じる。

そんな不思議な感じの奴だった。

そのまま数戦したけど、相性良さそうなので、俺たちは今日は一緒に組むことにした。

「Onichanってさ、なんでそのIDなの?w」

ゲームの待機画面で、よく笑うやつが聞いた。

「お、気になる? 特別に見せてやるよ」

やつが、のんきに答える。しばらくたつと短い動画が送られてきた。

開いてみると、照明を落とした部屋に帽子とヘッドセットをつけた男が映っている。

顔は半分しか見えない。

意味ありげにカメラに近づき、帽子を取ると、前髪の奥から、ツノのようなものが二本、出ていた。

「!?」

「え、ガチ?」

「いや、どうなってんの?」

「……なんだよ、加工か?」

他の二人は、すぐそれがフェイク動画だと思ったようだ。

でも、俺は感じた。

薄暗い光に照らし出されたその角は妙にリアルだった。

もしかするとあれは、本物かもしれない。

胸の奥がざわつき、中学時代の記憶がよみがえってくる。

もし、桃から人が生まれるなら、画面の向こうに鬼がいてもおかしくない。

その考えを振り払うように、俺の口が動いた。

「いやさすがに作りものでしょ。まさかその角で敵の位置わかるの?」

二人が笑った。

「まあ、先に出しといた方がラクなんだよ」

Onichanも笑った。

「そうなの? 意味わからんw」

やつの言葉は、会話の中に流れていった。

それから数戦、誰かが口を開くたびに「角」が出るようになった。

「今の角で見えてただろw」

「特殊能力なw」

最初は、みんな笑えるただの冗談だった。

でも、次の試合でOnichanがミスしてから、徐々に向きが変わっていった。

「ミスっても鬼だから許されると思ってる?」

「反応遅いタイプ?」

Onichanはずっと笑っていた。

でも、なんとなく、笑い方がぎこちなくなっている。

「鬼レーダー、機能してないじゃんw」

「いやいや、発動してるし」

言い返して、笑う前、ほんの少し間が空く。

この笑い方、知ってる。

傷ついたと気づかれる前に、先に自分で笑う。

中学時代の俺と同じ笑い方。

最初に『角』をネタにしたのは、俺だ。

胃の奥が冷たくなった。

「その角って、お風呂の時どうしてるの?」

笑いがエスカレートしていく。

「……もう、やめないか? そのいじり」

勇気を出して言ってみたが、

「は? お前がいうの?」

何も言い返せなかった。最初に火をつけたのは、俺だ。

二人はかまわず続ける。

「お前の一族、みんな鬼なの?」

Onichanが反応しなくなる。

「鬼って、お前の親も、角生えてんの?w」

気のせいか荒い息が聞こえる。

「お前ら一族、この世に生きてていいわけ?w」

その一言で、キーボードの上の指が止まった。

その瞬間、何かが切れた音が聞こえた。

「オレがどこの生まれだろうが、関係あんのか!」

さっきまでと違う声だった。

荒い息遣いがヘッドセットを通して聞こえてくる。

全員があっけにとられて、場が静まり返った。

「いやいや、何キレてんの? 意味わかんな」

「だる! もう、抜けるわ」

通知音が二つ続いて、通話が急に軽くなった。

二人だけ残されても、まだ息遣いが聞こえる。

「ごめん。俺……止められなかった……」

Onichanは間を置いて言った。

「別にいいよ。慣れてるし」

その言い方が、妙に軽かった。

軽すぎて、俺も痛かった。

「慣れんなよ、そんなの」

「俺も……ずっと言われてきた」

「何を?」

「桃から生まれたことを」

言った瞬間、喉の奥が急に絞められたようになって、何も言えなくなってしまった。

PC画面の端に、自分のゲームIDが表示されている。

Momotaro。

ずっと捨てたいと思っていた名前。

でも、捨てきれていない名前。

そのIDをただ見つめていた。

「……なんとなく、同じ匂いがしたんだよ」

ヘッドセットの向こうから声。

「だから、見せた」

鬼はつづけた。

「どこから来たとか、関係ある?」

それは、あの日から俺がずっと考えてきたことだった。

OnichanとMomotaro、二つの名前が互いに点滅しあっていた。

桃から生まれたことも、この名前も、まだ好きではない。

でも、今日、少しだけ、またこの名前を好きになれるかもしれない。

そんな気がした。

「明日も、同じチームな」

俺はそれだけ伝えて、ゲームからログオフした。

気が付くと、カーテンから光が一筋差し込んでいる。

窓の外は少し白んでいた。

俺はゆっくりと立ち上がり、久しぶりに部屋の扉を開けた。

味噌汁の匂いがする。

食卓に茶碗が三つ並んでいる。

一つは長く使っていない俺の茶碗だった。

「……おはよう」

こちらに気づいたお婆さんは、湯気の向こうでしばらく固まっていた。

やがて、お婆さんは言った。

「おはよう、桃太郎」

俺は小さく笑った。

〈終わり〉

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