大人の話には宝が詰まっている
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事: 福乃 玲 (ライティング・ゼミ名古屋会場)
「私がほかの先生と話していると、必ず聞きに来るんです! 先生同士の会話が気になるみたいです!」
息子の懇談会で先生からそう言われた。
息子について色々な話を聞いた中で、私にとって一番印象に残った言葉だった。
なぜなら、その光景があまりにも目に浮かんだからだ。
息子は、大人同士の会話が好きである。
先日、クラブチームの練習中にお茶休憩の時間があった。
子どもたちは思い思いにお茶を飲んだり、友達と話したりしている。
そんな中、息子はどこへ行ったかというと、保護者たちが話している輪の前だった。
走って行き、その輪の正面に立って話を聞いているのである。
普通なら、噂好きのおばちゃんが少し離れたところで聞き耳を立てる場面だ。
ところが息子は違う。
堂々と真正面に立ち、聞き耳を立てている。
その姿がおかしくて、思わず笑ってしまった。
そのときはすぐに練習が再開されたので、その場を離れた。
けれど、もし時間があったらどうなっていただろう。
きっとそのまま話に加わり、
「あのね、うちもそうだよ」
などと話し始めたに違いない。
家でも同じである。
夕食の席で夫と私が話していると、息子は一言一句聞いている。
そして突然、
「それってどういう意味?」
「それでどうなったの?」
と必ず会話に割って入ってくる。
息子に聞こえないように小さい声で話していると、
「なんて?」
と必ず聞かれる。
最初は驚いた。
しかし今では、息子は聞いているものだと思っている。
だから私は、夫との会話に気を付けるようになった。
人の悪口は言わない。
子どもをけなすようなことも言わない。
どうせ聞いているのだから、聞かれて困ることは話さない。
そんなことを意識するようになった。
考えてみれば、子どもにとって大人の会話は未知の世界なのかもしれない。
学校では聞かない言葉。
ニュースで見た出来事。
仕事の話。
世の中の仕組み。
子ども同士の会話にはないものが、大人の会話にはたくさん詰まっている。
息子にはそれが面白くてたまらないのだろう。
私自身も子どもの頃、親戚の集まりで大人たちの話を聞くのが好きだった。
意味はよく分からない。
けれど、自分の知らない世界がそこにあるような気がして、なんだかワクワクした記憶がある。
私は大人の話に割って入るような勇気はなかった。
けれど、息子も根っこの部分は同じなのかもしれない。
自分の知らない世界をのぞいてみたい。
大人たちはどんなことを考え、どんなことを話しているのだろう。
そんな好奇心が、息子を大人の輪の前まで走らせるのかもしれない。
あるとき、職場で児童虐待に関する研修を受けた。
その中で、子どもの自己肯定感を育てることの大切さについて学んだ。
講師の先生がおっしゃったことが印象的だった。
子どもを直接褒めるのももちろん大切だが、親同士が子どもを褒めている会話を聞かせることが最も効果的だというのだ。
私は思わず、
「これだ!」
と思った。
息子はどうせ大人の会話を聞いている。
それなら、その特性を活用しない手はない。
それ以来、私は夫との会話の中で、意識的に息子の良いところを話題にするようになった。
例えば、夫が習い事の送迎を担当した日は、
帰って来るなり
「今日、どうだった?」
と必ず聞く。
夫が、
「頑張っていたよ」
と答えると、私はすかさず、
「えらいよねぇ。疲れているだろうに」
と返す。
そのとき横を見ると、息子は本を読みながらニヤニヤしている。
聞いていないふりをしているが、聞いている。
実に分かりやすい。
そして私も夫に息子の様子を報告する。
「昨日、妹のお世話をしてくれて助かったよ」
そう言うと、息子は満足そうな顔をする。
本人に直接言うのもいいが、夫婦の会話として伝えると、また違った形で届くらしい。
そんなやり取りを、私は密かに楽しんでいる。
もっとも、予想外の形で会話が影響することもある。
ある日、友人の子どもが毎日夜九時から十時まで勉強しているという話になった。
私は、
「寝る前に勉強するのって大変じゃない?」
と言った。
すると夫が、
「寝る前だからいいんでしょ。寝ている間に記憶が定着するんだから」
と答えた。
私は、
「なるほど、そういうことか」
と感心した。
息子はその場にいたが、特に反応はなかった。
だから聞いていないと思っていた。
ところが一か月ほどたったある日。
突然、
「僕、寝る前に毎日百マス計算することにした!」
と言い出した。
私は思わず、
「えっ、なんで?」
と聞いた。
すると、
「だって寝ている間に記憶が定着するんでしょ?」
と当然のように答えた。
私は驚いた。
あの会話だ。
一か月前の、何気ない夫婦の会話である。
まさか覚えていたとは思わなかった。
そして、その言葉を自分なりに消化し、行動に移したのである。
子どもは親が思う以上によく聞いている。
そして親が思う以上によく覚えている。
息子を見ていると、それを痛感する。
子どもに何かを教えようと思うと、つい正面から話そうとしてしまう。
けれど案外、大切なことは横から伝わるのかもしれない。
夫婦の何気ない会話。
誰かを思いやる言葉。
仕事についての考え方。
感謝の気持ち。
そうしたものが、子どもの中に少しずつ積み重なっていく。
だからこそ、何を話すか、何を聞かせるかはとても大切なのだと思う。
今日も息子は、本を読みながら私たちの会話に耳を傾けているかもしれない。
そう思うと少し緊張する。
けれど同時に、それは私自身にとってもきっといいことだ。
言葉を選ぶことは、きっと私自身の心も豊かにしてくれる。
「言霊」という言葉があるが、私は案外本当なのではないかと思っている。
大人の話には、きっと宝が詰まっている。 そしてその宝を、息子は今日もせっせと拾い集めているのだろう。
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